The Quest of Means∞
‐サークルの世界‐
二十七章 燃え立つ炎‐zeichen‐(10)
「アシュレイ、少し良いだろうか?」
悶々と思考を巡らせているところで当の本人の名前が聞こえ、弾かれるようにしてそちらを見てしまう。
そんなターヤに近くに居た面子は驚いたようだったが、すぐにエマが本題に入った。
「前から気になっていたのだが、なぜ〔軍〕の人達は私達……と言うよりは、貴女の居る場所が解っていたのだろうか? 死灰の森で貴女が召還されたのも、クンスト橋を迂回させられてムッライマー沼に誘導されたのも、貴女の現在位置を《元帥》が特定できていたからなのだろう?」
エマの言葉で、ターヤ達もまた気付く。
確かに、クンスト橋が〔軍〕に閉鎖されていたので通る事になったムッライマー沼では、なぜかアジャーニが待ち構えていた。彼はおそらく《元帥》からアシュレイが裏切ったという類の話を聞かされ、そのような行動に移ったのだろう。
どうやら《元帥》という人物は策士な面も持ち合わせているようだ、と彼をよく知らなかった者の中でも、彼に対する警戒心が強まった。
一方、エマからそのような問いを向けられたアシュレイは申し訳無さそうに笑う。
「すみません、これが原因です」
そう言って彼女が懐から取り出したのは、壊れた通信用魔道具だった。その中央部分には、まるで剣の如き先の尖った物体で突き刺されたかのような傷ができている。
それが壊れた理由は、ターヤにもすぐに予測できた。
「アシュレイ、それ……」
「ええ、新しい服に着替えた時に、思い出して壊したの。もう、あたしには必要の無い物だから」
そうは言いながらも、手にした通信機を見る彼女の顔からは懐かしさが拭いきれていなかった。壊したそれを今の今まで持ち歩いているところからも、それは窺える。
「そうやって、あいつとの関わりを全部断ち切ろうとしてるんだな」
けれども、続けるようにアクセルがその言葉に込められた意図を指摘すると、アシュレイは正解だと言わんばかりに頷いてみせた。
「そうよ。あたしはもう、ニールじゃなくて、あんたに寄りかからせてもらう事にしたから」
え、と思わぬ爆弾発言に硬直したアクセルは放置し、アシュレイはオーラを見た。
「これを、塵も残さないくらいに消してほしいの。頼めるわよね?」
「はい、御任せください」
青年同様に固まる面々は置いておき、二人は言葉を交わす。
そして、オーラはアシュレイから壊れた通信用魔道具を受け取ると、それを掌に乗せたまま呟く。
「〈消去〉」
瞬間、水を布で綺麗に拭き取ったかのように、魔道具は跡形も無く消え失せた。塵一つ残さないその様子は、まるで最初から存在していなかったかのようだ。
それを見たアシュレイの眉尻が悲しそうに下がるが、それも一瞬の事だった。
「ありがとう、オーラ」
「いえ、どういたしまして」
以前よりは近い距離で会話をしてから、アシュレイは再びエマを見た。
「ニールに私の居場所が特定できていたのも、あの通信用魔道具に組み込まれていた、現在位置を特定する術式のせいなんです。最初は、私の居場所が解った方が、有事の際に対処しやすいからという理由だったのですが……」
先程の問いに対する答えを彼女はようやく口にするも、その言葉は途中で途切れてしまう。
払拭しようとして、ターヤはちょうど思い浮かんだ疑問を口にした。
「それって、発信器ってこと?」
思い浮かんだままに問うてみると、その言葉が聞き慣れないのか、アシュレイはターヤの方を向きながら怪訝そうに眉を寄せた。この世界には『発信器』という概念が無いのか、とターヤは目をぱちぱち開閉させる。
応えられない彼女の代わりか、スラヴィが口を挟んできた。
「うん。機械だとそういうパーツを内蔵するらしいけど、魔導機械だと術式になるんだ」
「へぇ、ターヤの世界ではそう呼ぶのね」
彼の言葉でようやく理解したらしく、若干興味深そうにアシュレイが相槌を打った。
「でも、それなら、ヴェルニーはどうしてトリフォノフの行く先々に現れるんだろうね」
しかし何気無くスラヴィが放った一言で、一転してアシュレイから変な音が聞こえた。
慌てて皆は彼を止めにかかる。主にターヤとマンスとエマが。
「スラヴィ!」
「おにーちゃん、それはだめだよ!」
「わざとなのか!?」
「おそらくは、アクセルに対する愛の力なんだろうな」
けれどもレオンスが悪乗りして便乗した為、アシュレイの周囲の温度ががくりと急激に下がったような錯覚を皆は覚えた。
アクセルに至っては、どうすれば良いのか解らない間に次々と事態が悪化しているようで、すっかりと困惑してしまっている。若干肩身が狭そうにアシュレイをちらちらと窺うその様子は、情けなさを通り越していっそ哀れだった。
そんな事などお構い無しに、スラヴィは納得した様子だった。
「なるほど、非科学的だけど興味深いよね」
「納得しちゃうの……」
「なら、エスコフィエも愛の力で何かできるの?」
ターヤが思わず呆れたところで、またしても爆弾が投下される。
今度はレオンスへと視線が移動し、次いでオーラへと移る。だが、彼女の纏う空気がアシュレイ同様氷点下へと急速に下降したので、皆は即座に目を逸らした。
「さあ、どうなんだろうな」
当のレオンスは、軽く肩を竦めて曖昧に笑ってみせるだけだった。その表情がどこか残念そうなのは、ターヤの気のせいなのだろうか。
「ここだよ」
と、目的地に到着したようでレオンスが声を上げた。
どのような場所なのかと気になっていたターヤだったが、後方に居た為に他の面子の背に隠されて見えなかったので、首を動かして誰も居ないところから前方を見る。
ところが、そこにあるのはリンクシャンヌ山脈の一部であろう岩壁だけだった。アウスグウェルター採掘所やプレスューズ鉱山に繋がる坑道のような、ぽっかりと口を開けた出入り口すら見当たらない。
「レオン、本当にここなの?」
「ああ、ここだよ」
何かの間違いや勘違いではないのかと訝しげにターヤは尋ねるが、レオンスの態度は変化しなかった。
「けど、何も無いよね」
そう言いながら周囲を見回すスラヴィの言葉には、皆が動作や脳内で同意する。
「ちょっと待って」
だが、アシュレイがそんな面子を制す。そして岩壁に歩み寄ると、その一部に耳を当てた。集中するように両方の瞼を下ろし、何かを聞き取ろうとする。
邪魔すると後が怖いと踏んだ皆が黙った為、周囲を静寂が支配する。
「風の音……道があるのね。けど、途切れ途切れって事は、どこかで道が塞がれてる?」
何かを聞き取ったようで、アシュレイがぶつぶつと独り言を口にした。
岩壁の裏側に道があるのか、と皆は驚く。その発想は無かった。
彼女の呟きを耳にしたレオンスは困ったように肩を落とした。
「ここ数年の間に崩落していたのか……となると、採掘所か鉱山から行った方が良いだろうな」
「採掘所か鉱山からも行ける場所なのか?」
「ああ。少し遠回りになるけど、一番の近道は途中で崩落しているようだからな」
驚き半分疑問半分といった様子でアクセルが問えば、相変わらず詳しい事は何も言わないままにレオンスは肯定した。