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二十六章 裏切りの豹‐erosion‐(16)

 ムッライマー沼でのオーラの行為を肯定する訳ではなかったが、ターヤにはどうしても、彼女があの行動を選んだ事を非難する気にはなれなかったのである。アジャーニについては殆ど知らない上、彼と彼女の関係も解らず仕舞いだが、それでもあの方法しかなかったのだろうと感じていたからだ。
(オーラも、あの時と言い、さっきのハーディとの会話と言い、逃げずにちゃんと向き合えば良かったんじゃないのかな)
 そうすれば、このような事にはならなかったのではないだろうかとターヤは考える。そのような心中に合わせて視線を動かすと、いつの間にかオーラの隣には腕を組むアシュレイが立っていた。反射的に大丈夫なのかと案じてしまったターヤだが、二人の様子は普段と何ら変わらないようだったので密かに安堵する。
 ただし周囲に対する意識の張り方は疎かになっているのか、第三者に見られている事には気付いていないようだった。
「そう言えば、訊きたい事が一つあるんだけど」
「はい、何でしょうか?」
 質問しておきながら相手に向き直ろうともしないアシュレイだったが、自分に対してはよくある事なので、オーラは気にせず先に行くよう彼女を促す。
 質問した方はと言えば、ほんの一瞬だけ間を開けてから続ける。
「消滅した闇魔に眷属が居た場合、その闇魔はどうなる訳?」
 直接名称を出されなくとも、オーラには彼女が何を問いたいのかすぐに解った。
「《地獄の番犬》ケルベロスの事ですか?」
「ええ、主人を失ったペット同士だからなのかしらね、少し気になるのよ」
 自嘲気味に口の端を持ち上げたアシュレイをオーラは一瞥する。
「さて、いったいどうなるのでしょうね」
 それから少し間を開けて、彼女は答えをはぐらかした。そこにからかうような色は無く、あるのは真剣味を帯びた色だけだ。
 少しは答えを期待していたようで、途端にアシュレイは眉根を寄せて憮然とした表情になる。
「あっそ」
 ふてくされたようにあらぬ方向へと顔を背けてしまった彼女を、オーラは普段通りの微笑みを湛えて追ってから、自身もまた前方へと視線を移した。
 そんな彼女達を――と言うよりはアシュレイ一人を、エマもまたターヤとは別に見ていた。
(これで、一応、アシュレイにとっての問題は解決したと言って良いのだろうな)
 これまでずっと抱えてきた柵が嘘であったかのように、彼女は深くまで突き刺さっていた楔を、完全ではないにしても抜き取ってしまったのだ。仲間に支えられた部分も大きかったのだろうが、それでも自らの手で。そうして普段通りに戻ったアシュレイは、誰が見てももう大丈夫という様子だった。
 彼女を見て、そしてエマは視線を下方へと逸らす。ゆっくりと息を吐き出した。
「……潮時だな」

  2013.12.09
  2018.03.14加筆修正

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