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二十六章 裏切りの豹‐erosion‐(14)

 一行もまた迎え撃たんと構えるが、いかんせん三連続で一筋縄ではいかない戦闘を行ってきたばかり――特にヘカテー戦では一方的にいたぶられた為、幾ら回復したとは言っても疲労は隠せない。特にオーラの消耗が最も激しいようだったが、それでも退路は無いのだから戦うしかないと全員が割り切っていた。
 迷惑をかけてしまうかもしれないが双子龍を呼ぶべきか、とマンスが〈星笛〉を取り出しかけた時だった。
「うわっ!?」
 突如として、軍人達の中から悲鳴が上がる。
 何事かと軍人だけでなく一行もまた動きを止めてそちらを見て、その視界で軍服の数人が空を舞った。彼らが何者かの攻撃により吹き飛ばされたのだと皆が気付いた時には、更に数人が同じ結果を辿っていた。
「貴様っ、ヒューデック!」
「いきなり何をするのですか、兵長!」
 我に返り犯人を特定したらしき軍人達が次々と声を上げる。けれどもその間に、またしても数人が吹き飛んだ。
「ヒューデックって事は、もしかしてウィレム・ヒューデック兵長が反乱してるの? でも、何で彼が?」
 聞こえてきた名から人物を特定したらしきアシュレイが、訳が解らないとばかりに眉根を寄せる。
 彼女に解らなければ自分達にはそれ以上だろうと踏んだ一行の視界で、またしても軍人達が輪の外へと追いやられていった。
「後方に居る者はヒューデックを、前方に居る者は反逆者共を攻撃しろ!」
 この場では高位らしき男性の声が上がり、再び軍人達が一行へと向かって突撃してくる。
 だが、当初の半分くらいの数ならば、今の一行の敵としては少々足りないくらいだった。エマは後衛三人を護るべく彼女らを連れてなるべく後方へと下がり、残りの四人は軍人達の相手をするべく前方へと駆け出した。
 ターヤは皆を支援したかったが、先程闇魔に有利な場所にて万全ではない状態で自らニルヴァーナを召喚した反動か、疲労が全く抜けきれていないだけではなく、頭が上手く回らなかったり時おりふらついたりと、今になって軽い魔力酔いを起こし始めてもいた。故に、今回は何もできずに見守るしかない。
「――『大地の如く轟く土竜よ』――」
 三人の中では一番消耗していないマンスは既に巻物を広げ、精霊の召喚を試みていた。
 鈍い痛みを発している頭を押さえながら、ターヤは密かにオーラを窺う。
(オーラ、大丈夫かな)
 しばらくヘカテーに蹴られ続けていた彼女の顔には幾つかの痣ができていたが、その隙を作ってしまった時から彼女の身体には何らかの異変が起こっているようだった。イーホジオンを倒してからは徐々に回復しているようだが、それでもいっさい魔術を使わないところからして、未だ異変は続いているのだという事が窺える。
「!」
 と、前線組が捌ききれなかった軍人が、四人ほどターヤ達へと襲いかかってきた。
 即座にエマが対応し、盾で一人の攻撃を阻み、槍でもう一人を武器ごと横に薙ぎ払うが、もう二人はそれにより彼にできた僅かな隙を狙ってくる。
 思わずターヤは杖を鈍器代わりにすべく振り上げようとしたが、横合いから伸びてきた手に阻まれる。かと思いきや、残りの二人がそれぞれ腹部に本による打撃と膝蹴りを喰らって倒れ伏した。
「ターヤさんは御自身の回復に努めてください。貴女に何かあると回復手段が無くなってしまいますので」
 それ程動けたのかと呆気に取られたターヤに対し、エマを援護し終えたオーラは正論を述べてから、再度その場で蹲るかのように立ち止まった。
「――〈土精霊〉!」
 そこで、マンスの詠唱が完成した。少年の声と同時に土竜が姿を表し、足場を上空へと突き上げるように変形させ、そこに居た軍人達を吹き飛ばし、死なない程度に地面に叩き付けて戦闘不能にする。ただし制限解放の詠唱は行わなかったせいか、前線組に群がっていた者と後方に集っていた者の一部しか巻き込めなかったが。
 けれどもそれにより、皆の目に『ウィレム・ヒューデック』なる人物の姿が映るようになる。それは、以前ラ・モール湿原でアシュレイと何事かあったらしき軍人の男性だった。

「! トラヴォルタさん!」
 彼を目にした瞬間、オーラが驚愕の声を上げた。
 その人物に何となく見覚えがある気がした他の面々もまた、彼女の言葉で彼の正体を知る。
「トラヴォルタ、ってまさか――」
 一度だけとは言え間近で話した事のあるターヤだったが、そこで初めて気付き、思わず彼をまじまじと見つめてしまった。変装しているらしく確信は持てなかったが、ようやく以前覚えた既視感の正体を理解できた。
「《隠遁の獅子座》ハーディ・トラヴォルタ!?」
 まさか、かの〔十二星座〕のメンバーと部下の一人とが同一人物だとは思ってもいなかったアシュレイの声は、どことなく素っ頓狂でもあった。
 その間もウィレムは、周囲を取り巻く軍人達を手にした戦斧で吹き飛ばしたり叩き伏せたりしていた。隙が多くなりやすい重く大きな武器だと言うのに、彼の戦う姿を見る限り、なるべく大振りにならないように気を付けているからなのか、それは殆ど見受けられなかった。
 しかし、幾ら元最強ギルドの頂点者《獅子座》であっても、一対多ではまさに多勢に無勢な様子だった。しかも先程一気に数が減ったとは言え、彼は最初から大勢の軍人を相手取ってもいたのだ。着々と敵の数は減らしつつも、目に見えて徐々に彼は劣勢に転換していた。
 加勢しようにも、前線組はまだ相手が残っている上に消耗も激しく、マンスも今の召喚で消耗が限界まで来たのか《土精霊》は姿を消してしまっていた。しかし召喚士系《職業》の〈マナ〉保有量でも、四精霊ともなると一日に一人を召喚するだけでも精一杯なのだそうだから、やはり今日だけで既に三回も召喚を行っているマンスは異常な方だ。
 とにもかくにも、一行は彼に加勢する事は叶いそうになかった。
「ハーディさん!」
 それを黙って見ていられなかったようで、消耗と疲労が激しい事も忘れて、心の赴くままにオーラは飛び出していた。
 彼女らしくない突然の変貌ぶりに驚く一行だったが、彼女は気付いていないのか、邪魔する軍人は力任せに退かせて一直線にウィレムの下へと向かうや否、魔導書を構える。
「〈鉱〉!」
 ウィレムを取り囲むグループの軍人がそれに気付いて構えるよりも早く、直線に放たれた鋭く尖った鉱物が彼女の前方に居た軍人を一掃するか避けるかさせ、ほぼ一瞬で彼の下へと続く道を形成していた。
「!」
 突然の乱入者に驚いたウィレムだったが、その間にも目的地に到達したオーラは彼に背中を預ける形で陣取り、昔と変わらぬ魔導書を前面の敵へと突き付ける戦闘スタイルを取る。
「加勢します! 〈治癒〉!」
 気迫の籠った言葉と共に、先程までに負ったウィレムの怪我が完治する。その相手が相手だけに彼は複雑な心境になるも、非常事態だと内心で割り切った。
「今だけ、背中は預けといてやる!」
「はい!」
 きびきびと応えるや否、オーラは――オリーナは自身の状況も省みずに次々と魔術を発動し、ウィレムは――ハーディは今度は些か大振りに戦斧を振るい、先程までの比ではない速度と破壊力で残った軍人を地に伏せさせていく。
 その付け焼刃とは思えない洗練されたコンビネーションを、同様に敵を倒しながらも一行はただ呆然と見つめるしかなかった。
 男性は斧で敵を力任せに叩き伏せ、少女は無詠唱で間を開けずに放つ数々の魔術により彼の隙を狙わせない。それは一行どころか他者の介入の余地など無い、完璧且つ培われたコンビネーションだった。
 気付けば、あれ程居た筈の軍人達は、どちらのグループとも一人残らず鎮圧されていた。
「ハーディさん、怪我はありませんか?」
 仲が悪そうだった筈の二人が見せた阿吽の呼吸に唖然とする一行の前で、もう敵が居ない事を確認した少女は男性の方を振り向き、心配そうに眉尻を下げて問いかける。
 彼は少々面食らったようだったが、素直に首を振った。
「いや、掠り傷くらいしかねぇよ」

ホリッツァ

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