The Quest of Means∞
‐サークルの世界‐
二十五章 そして円は‐wendepunkt‐(7)
加えて、ターヤにはもう一つ気になる事があった。
(フローランは、アシュレイと同じくらい……ううん、それ以上にオーラを嫌ってる気がする)
アシュレイを嫌う理由ならば察しがつく。騎士と軍人たる二人は対立関係にあるのだし、もしかすると〈軍団戦争〉で刃を交えていたのかもしれないのだから。
(でも、どうして?)
フローランがオーラを嫌う理由は解らない。けれどもどうしてかギルド絡みではなく、私情のようにターヤには感じられた。
出入り口の方が再び騒がしくなったのは、その時だった。
唐突に、出入り口から繋がる通路からまたしても喧騒が聞こえてきたかと思いきや、そこから新たに二人の人物が飛び込んできた。
「エマとマンス!? どうしてここに――」
彼らを目にした一行は驚きを顕にし、ターヤは思わず名を呼び問いかける。
その途中で遮るようにエマはすばやく言葉を被せた。
「すまない、ブレーズとクラウディアだけならば私達だけで問題無かったのだが、途中で増援が来てしまい、やむなくこちらに非難してきたのだ」
なぜ彼は急いているのかという点と、増援という単語を頭がきちんと理解するよりも先に、同じ場所から幾つもの足音が聞こえてくる。
今度は何かと出入り口の向こう側に視線を戻し、そしてターヤは顔色を変えた。
次の瞬間、瞬く間に彼女が目にした大勢の騎士達が、通路から空間の中へと雪崩れ込んでくる。彼らは一行を取り囲むような配置になると、ようやくその足を止めた。
離れた場所ではアシュレイとアクセルもまた包囲されていた。
「わざわざ自分から袋小路に逃げ込むとは、愚かな奴らめ!」
おそらくは二人を追ってきたのであろう騎士達が、彼らを見て得意げな顔になる。
けれどもあのエマが何も考え無しという訳ではないらしく、彼は眉一つ動かさなかった。寧ろ周囲の様子を確認しながら状況を認識する事に努めている。
皆もそれは解っているようで、アクセル以外は文句を口にはしなかった。
とにかく下手に動かない方が良いだろうとして杖を握り締めたまま軽く身を竦ませたターヤだったが、その前方に居た一人の騎士が彼女に目を向けるや顔色を変えた。
「! 貴様はあの時の侵入者か!」
え、と思わず声を上げてしまったターヤだが、すぐに以前〔騎士団〕本部に潜入した事があったのだと思い出す。その時遭遇した騎士の顔は覚えていなかったが、この発言からおそらくは彼がそのうちの一人なのだろうと考える。
変化した彼女の表情から気付いたと知ったようで、その騎士は親の仇とばかりに睨みつけてきた。
(え、ええ!? そこまで恨まれてたの!?)
反射的に縮こまってしまったターヤである。
余談だが、その騎士は〔騎士団〕本部にてターヤからIDを受け取った人物であり、専用の機械に通す事でようやく彼女達が侵入者だと気付いた人物でもある。IDを見てすぐに気付けなかった事で同僚には糾弾された揚句、散々引っかき回されただけで結局は捕まえられなかった為、彼は彼女を一方的に逆恨みしているのだ。
無論、そんな事など露とも知らないターヤは戸惑うばかりだ。
「何だ、ようやく追いついてきたんだ。アンティガ派の人達も混ざってるみたいだけど」
騎士達を一通り見回したフローランの発言を受けて、アシュレイが未だ対峙したままのオッフェンバックを鋭く睨む。
「こんな大人数まで連れてくるなんて、本当に何を考えてる訳?」
「さて、な。それは《団長》と《副団長》に訊いてみると良い」
やはり答える気などさらさら無いオッフェンバックにアシュレイが舌打ちした時だった。
聞き覚えのある鳴き声と共に、龍に乗った龍騎士もが空間の中に入ってきたのは。
途端にターヤの全身を嫌な予感が駆け抜け、直後に思考はパニックへと陥る。
(ど、どうしよう! アクセルに気付くのも時間の問題だし――)
そこで唐突に、先日契約したニルヴァーナのことを思い出した。彼女は龍の中でも特別であるらしい上にクラウディアよりも強そうなのだから、彼女を喚び出せば彼らを牽制できるのではないかと思いつく。
だが、この場が聖域とは言え絶対に召喚できると言う保証も無く、また何分初めてなのでこのタイミングで彼女を喚んでも良いのだろうかと迷う。
「アスロウム殿! こいつらは私達に任せて、とっとと目的の物を採ってください!」
「何を! 貴様らアンティガ派になど渡すものか! それは我らが使ってこそ、価値を見いだせるというものだ!」
けれどもこれらの発言を耳にした瞬間、ターヤの中で感情が先走っていた。ぷつりと、糸が切れたのだ。
「! 龍殺し――」
「『汝が名は審判』――」
同時にブレーズとクラウディアがアクセルの存在に気付くが、それを遮るかのような大きく力強い怒声で詠唱が開始されていた。
「――『汝が司るは光、汝が行うは断罪、我が古き友よ、我にその大いなる力を貸し与え給え』!」
突如として始まった聞いた事の無い文言で紡がれる早口詠唱に、一行の視線が彼女へと集中する。彼女が何をしようとしているのか、彼らは瞬時に察していた。
知らぬ〔騎士団〕の面々もまた、突然の事なのでそちらに気を取られる。
一行は認識せず、ターヤはただ眼前の騎士達だけを睨みつけ、杖を高々と掲げて叫ぶ。
「〈光の審判龍〉!」
瞬間、突如として杖の先端の遥か真上で、光が生じた。
「「!」」
この眩い光には、思わず一行も〔騎士団〕も目を覆ったり背けたりする。
そして光が収まり、騎士達が何事かと視線を戻した時、彼らは強い驚きに両目を見開いた。
少女の上空に現れていたのは、一頭の龍だった。その全身は雪のように白く儚げだが、周囲を取り巻く空気はそのような可愛らしいものではない。紛れも無く、圧倒的な力を肌で感じさせるような強者のものだった。
「光の審判龍、ニルヴァーナ……!」
ブレーズが驚愕と畏怖とを露出させた面持ちで、震える声でその正体を口にする。つい今し方まで脳内を占めかけていた親の仇を討たねばという意思は、すっかりと脇に除けられてしまっていた。
そうすれば、その名と存在を知っている騎士達が途端に動揺を顕にした。
フローランもまた知っているようで、その顔から笑みを消していた。
対して、一行はターヤがニルヴァーナを召喚できた事に、それぞれ内心で賞賛を送っていた。無論、数人はこの場が聖域だからだという事を承知の上ではあったが。
そして、外ならぬターヤは。背後に白龍を従えたような光景のまま、静かな怒りを含んだ顔で〔騎士団〕の面々を視界に捉えていた。
「これ以上、この聖域で《世界樹》の意に反する事をしようとするのなら、今代《世界樹の神子》として相手になるよ」
それは無意識の宣言だった。
しかし、この言葉を聞いた面々はいっせいにざわつく。特に、その事を知らなかった存在である騎士達は。
無論、それまでは優勢ムードに傾きかけていた一行自体も例外ではない。アシュレイは眼を最大限まで見開いていた。
「ターヤ!」
咎めるようにエマが名を呼ぶが、感情に突き動かされていた彼女には届かない。
一方、以前本部にフローランが呼び込み、散々引っかき回してくれた侵入者が――大して強くもなさそうなただの小娘が《世界樹》の代理人で、しかも《審判龍》を召喚したのだから、それを知る騎士達は内心穏やかではいられなかった。
「この、小娘如きが!」
先程彼女を睨みつけた騎士を筆頭とした彼らはフローランが呆れている事にも気付かず、感情に任せて龍への恐怖を忘れる事で彼女へと突進していく。
ニルヴァーナ