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二十五章 そして円は‐wendepunkt‐(6)

「前者に関しては違いないな」
 表情を一ミリも崩さずに言い返し、オッフェンバックは一部のトランプを攻撃に転じさせる。
 両側から襲いきたそれを上空に跳ぶ事で避け、そのままアシュレイは足を伸ばし降下する勢いに任せて蹴りを繰り出す。
 オッフェンバックは攻撃に回していたトランプを即座に戻して防御に回し、防がれ弾き返されたアシュレイはその反動を利用して跳躍し、一旦距離を取る。
 彼らの攻防をそこまで眺めてから、フローランは思い出したように一行を振り返る。
「あっちはあっちで勝手に始めちゃったけど、僕らも戦ろうか」
「その言い方には突っ込みてぇ気もするけど、おまえらに〈星水晶〉を好きにさせたくはねぇからな」
 呆れたように眉を顰めてから真剣な表情となって、アクセルはゆっくりと抜刀する。
 他の五人もそれに倣い、呼応するようにエディットもまたフローランの間で構えた。
「ブレーズの前でも同じことが言えるのかな? だって、それを護っていた《守護龍》を殺したのは君なんだよね?」
 相手の傷を抉るべく、フローランは意図的に容赦のない言葉を並べたてる。
 狙い通りアクセルは鋭利な刃物で腹部を串刺しにされたかのような表情となるが、歯を食いしばって堪えた。意地でも顔は下げず、目はフローランと合わせたまま、自身を奮い立たせるように言う。
「だから、だよ。だから俺は、ここを護るんだ」
 思うような反応が得られなかったフローランは途端につまらなさそうな顔になり、そこでもう一つの眼前の敵を揺さぶれそうな内容を思い出した。
「そう言えば、君って前にエディに押し負けてた人だよね? そっちの方こそ大丈夫なのかな?」
 話題を変えられた事で僅かに精神的なゆとりが生じたアクセルは、普段の偉そうで余裕そうな表情を面に貼り付ける。
「そう言やそんな事もあったな。けど、これがどっこい、今の俺は前の俺とは一味違うんだよな、これが」
「へぇ、そこまで言うのなら」
 またしても予想外だった事にフローランは不満を覚えつつ、視線だけは幼女へと向けて。
「エディ、やっちゃえ」
 自分勝手な意趣返しの意も込めて、彼女に率直な指示を出した。
 こくりと頷いた彼女はだらんと両側に下げていた手を、小さく動かす。
 直後、アクセルが上半の辺りまで持ち上げた大剣と、ワイヤーの如く横薙ぎに振られた糸とが甲高い金属音を立てて衝突した。
 今回もそこまでの動作が見えずに驚く事となったターヤをよそに、反動で弾き返された互いの武器が再度ぶつかり合う。その場に留まったままでは戦いにくいと判断したようで、アクセルもエディットもその場からは既に動いていた。
 以前とは異なり対等に戦えている相手に幼女は少なからず驚いているようだが、それにより隙を作る事は無く、また青年の方もアシュレイのスタミナを考慮して時に手を出しつつも、全力で彼女の相手をしていた。
 かくして勃発した二つの戦闘は拮抗し、全くどちら側に傾く様子も見られなかった。
「さて、それで〈星水晶〉の件なんだけど、君達はどうしてそこまで《守護龍》に肩入れするのかな?」
 その頃、戦闘はエディットに任せ、フローランは話術で相手をする事にしていた。
「実際に彼を殺したのは龍殺しだけみたいだし、別に君達がそこまで気にする事でもないんじゃないかと僕的には思うよ」
 ブレーズが居たならば喰ってかかりそうな物言いである。
 同じギルドの同じ派閥に所属しながらもこれとは、やはり彼はエディット意外には心を開いていないのではないかとターヤは思った。
「でも、俺も共犯者だから。トリフォノフにだけ投げるのは後味が悪いから」
 特に気にしたふうも無くスラヴィは答える。
 ふぅん、とフローランは自分で訊いておいて興味が無さそうだった。

「なら、どうして《神器》は何もしなかったの? だって君も世界樹の民と似たようなものなんだから、〈星水晶〉を悪用されたくないっていう《世界樹》の意思には従うんだよね?」
 次にその矛先が向けられたのは、オーラだった。しかし先程のアクセルの時とは違い、そこに明確な悪意が潜んでいるように感じられた。
「君程の力の持ち主なら、《守護龍》が亡くなった時点で、ここに半永久的な〈結界〉を張る事だってできたよね? なのに、君はしなかった。その理由を訊けば、君はまた運命がどうのこうの良い出すの?」
(運命って、こうなると決まってるっていう事だよね?)
 ターヤは咄嗟に元から知っている意味で解釈したが、もしかするとこちらの世界では違う意味合いを持つのかもしれないと気付いて疑問符を付属させた。
 言葉を向けられたオーラはと言えば、黙ってフローランを見ている。けれども、その表情がどこか強張っているように見えたのはターヤだけではないだろう。
「ああ、それとも、君が『出来損ない』だから――」
 言い終わるより速く、レオンスがフローランへと向かって突撃していた。
 しかし、すばやくエディットが放った糸が短剣に絡み付いて攻撃を阻む。
 彼女に一瞥をくれてから、フローランは立ち尽くす少女に視線を戻した。
「君は彼みたいな人を誑かして自分の思うように動かして、そして最後は不幸にするのが昔から得意だよね。君が家族だと思っていた彼らと同じように」
 びくり、とまるで肯定するかのようにオーラの肩が揺れた。
「違う! 俺は自分の意思で彼女の傍に居る事を決めたんだ!」
 即座に怒りも顕にレオンスが反論するが、フローランの余裕に満ちた笑みは揺るがない。
「そう思う事自体が『運命』によって決められている事なんだよ。だから、僕達が今こうしている事もまた運命なんだ。そう言う君だって、一度くらいは運命っていう言葉を意識した事があるんじゃないのかな?」
 図星だったようでレオンスが押し黙る。
 ターヤもまたオーラのことが気にかかりつつも、フローランの言葉が頭の中をぐるぐると回っていた。記憶は戻っていないのでその言葉を意識した事の有無は不明だが、言われてみれば確かに一度くらいは思いそうな言葉だと思ったのだ。
 そこで、ふと疑問が生じる。
(もしかして、運命も《世界樹》が決めてたりするの……?)
「《世界樹》も誰もそんな事を決めた覚えは無いし、俺はそんなものは信じてないよ」
 まるでターヤの思考を読んでいたかのようなタイミングでスラヴィが反論した為、彼女は思わず驚きで跳び上がりそうになった。
「そうだね。けど、人智では理解できない不思議な力っていうのがあって、それが『運命』と呼ばれているのだけは確かだよ」
 フローランは頷きつつも、結局はスラヴィの意見には否定的だった。
 正論とも思える発言を受けて窮したスラヴィはオーラに視線をやるが、彼の言う通りとでも言うかのように彼女は顔を下げ気味にしていた。その顔色は、蒼白い。
 そして術者たる彼女が呆然自失となった為か、セレスの拘束は解けていた。
「フロくん、君……」
「貸しにしておくよ、アスロウム」
 まさかこの為にとでも言いたげな顔をしている彼女に対し、フローランは肯定と否定の判別がつかない様子で追及をさりげなく避けた。
 そちらには気付かず、なぜオーラはそこまで衝撃を受けているのだろうか、とターヤは訝しげな顔で思案する。
(もしかして、アジャーニの言葉が本当は堪えてたの?)
 あの時は動じていないように見えたオーラだったが、実際はダメージを受けていたのかもしれない。そこにマンスの発言もあってじわじわと浸透してきていたところに、先刻のフローランの発言が止めを刺したという事なのだろうか。

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