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二十五章 そして円は‐wendepunkt‐(5)

「と言うかあんたら、こんな所で何をしてる訳? どうせ碌でもない事なんでしょうけど」
 相手が〔騎士団〕という事もあってか、アシュレイは今朝までのどこか遠慮したような様子ではなく、普段通りの強気で偉そうな態度を取っている。
 セレスは気にしなかったが、オッフェンバックはわざとらしく乗ってきた。
「ああ、そうだとも。君のような軍人からしてみれば、自分達〔騎士団〕の行う事は全て碌でもない事なのだろうからな」
「相変わらず、よく回る口よね」
 吐き捨てるようにアシュレイが言い、アクセルが険しい顔付きで仮面の青年を眼で捉える。
「もし〈星水晶〉に用があるのってのなら、今すぐ帰れ」
「おや、その《守護龍》を殺した君が言うのか、《龍殺しの英雄》?」
「っ……!」
 胸を槍で刺されたような衝撃だった。自覚している事とは言え、やはり他人の手によって眼前に突きつけられるのとでは、襲ってくる痛みにはかなりの差があった。
 青年を庇うかのように、スラヴィが前に踏み出す。
「君達が〈星水晶〉に用があるとして、素人がそれを扱えるとは思えないけど?」
「実にありがたい事だが、その心配は無用だと言っておこう。こちらには水晶の娘が居るのだからな」
 皮肉には更なる皮肉で返すオッフェンバックの表情は、崩れる事も揺らぐ事も無い。
「……?」
「クラウディアさん、ですか」
 相手の言葉には意味を理解できずに眉を顰めたアシュレイだったが、その答えは自らの後方から齎された。
 言わずもがな、オーラである。彼女は無表情でオッフェンバックを見ていた。
 彼もまた彼女と真正面から向き合う。しかも驚いた事にそれだけではなく、奇術師の如く芝居がかった動作ながらも、彼女に対して丁寧に一礼すらしてみせたのである。
 これには先程までの疑問も忘れて、アシュレイが不審の眼を向けない筈が無かった。
「あんた――」
「さて、事をなす前にこうして《暴走豹》達が来てしまった訳だが、どうすれば良いのだろうな?」
 しかし、それを遮るかのようにオッフェンバックがセレスへと問いかけていた。
 都合の良い道具のように使われた事に気付いている彼女の眉根は益々寄る。
「知らないわよ。あんたが自分で何とかしたら?」
「おや、これは手厳しい事で」
 やはり嘘くさい様子で肩を軽く竦めてみせてから、オッフェンバックは懐からトランプを取り出した。
「では、期待に添えるよう努力するとしよう」
「! 来るわよ!」
 気になる点は多々あるアシュレイだったが、ひとまずは眼前の厄介な相手の方が先だと自制して皆に呼びかける。
 アクセルもいつまでも沈んでいる場合ではないと意識を取り戻し、大剣を鞘から引き抜く。
 そして、オーラは魔導書を構えていた。それは、まっすぐにオッフェンバックへと向けられている。
 仮面の青年は困ったように嘆息し、直後にトランプを何枚も飛ばしてきた。
「〈防護幕〉」
 けれども、無詠唱で発動されたオーラの防御魔術により阻まれる。
 その隙に攻撃に転じようと動いたアシュレイだったが、
「へぶっ」
 見事なまでに透明な膜に顔面から激突し、間の抜けた声を上げてしまった。しかもそれが空間内によく響き渡ったものだから、高速で顔が熱を持ち始めたのが自分でも解った。誰かにからかわれたり突っ込まれる前に、すばやくオーラを振り向く。
「ちょっとあんた! 何すんの――」
 だがしかし、相手の表情は真剣だった。そこに余計な感情の入り込む余地など無いかのように。
 思わず言葉を失ったアシュレイは、彼女の視線の先が変わっていないと知る。

「あんた、あいつとどういう関係な訳?」
 オーラは口を開かなかったが、肯定の意を示すかのように少しだけ視線を逸らした。
 何かあるのだと知るも、これ以上は訊き出せそうにないと悟り、アシュレイは追及しない。その代わりとばかりにもう一人へと視線を寄越した。
 だが、案の定相手も話す事は無いとばかりに無言を貫き通す。その片手は未だトランプを膜の周囲に展開させて攻撃を行ってはいたが、殆ど遊びにも等しい行為だった。
「〈蔦〉」
 また、この隙に〈星水晶〉に手を出そうとしていたセレスは、先読みしていたオーラが構築した魔術により腰の辺りまでを絡め取られ、身動きができなくなる。
 そうして皆が動きを封じられた状態となり、事態が膠着した時だった。
「!」
 何かが近付いてくる音が聞こえてきたかと思いきや、空間唯一の出入り口からエディットと、彼女に抱えられるかのような姿勢のフローランが入ってきた。
「やっぱりここに居たんだ」
「やっぱり居たのね……!」
 全員を見回すその姿を視認したアシュレイが殺気立つ。
 この場における力のバランスが崩れた事により、オーラもまた防御魔術を解除していた。
 唯一その中で魔術による拘束を解かれなかったセレスを目にして、彼女の近くまで来たフローランはおかしくて堪らないとばかりに笑う。
「あはは、良い格好だよ、アスロウム」
「……フロくんのけーち」
 恨めしそうにセレスは彼を睨みつけ、諦めたように息をついた。
 と、そこで更なる気配が近付いてきたかと思いきや、同じ場所から少女を横抱きにした青年が飛び込んでくる。
「ターヤ! レオン!」
「あれ、意外と速かったね」
 彼らを見てアクセルは驚き声を上げ、フローランは意外だと言わんばかりの声を出す。
 逆に二人は、オッフェンバックとセレスが居る事に驚いていた。
「これで〔騎士団〕の幹部級が、全員この場所に来ている事になるんだな」
 不敵な笑みを浮かべつつも苦々しげに冷や汗を垂らしながら、レオンスはオーラを見る。そして、彼女の視線の先に居るオッフェンバックをも。
 先に来ていた四人の許まで連れていってもらってから下ろされたターヤは、皆へと状況を問う。
「セレス達も〈星水晶〉狙いなの?」
「でしょうね。もしかしたら協力しているのかもしれないけど、クレッソン派とアンティガ派の仲自体はそこまで良くはないでしょうし」
 アシュレイが推論を述べれば、耳聡くその声を拾ったオッフェンバックが大げさに手を叩き合わせた。
「ああ、正解だ。流石は《暴走豹》と言うべきだな。我らが《副団長》は、《団長》がヴェルヌ達に〈星水晶〉を採りに行かせるだろうと予測し、自分達を先行させたのだから」
 あくまでも彼は芝居がかった大げさな動作を取り、アシュレイに対しての皮肉を忘れない。
 元から彼に対する苛立ちを覚えていた彼女は堂々と舌打ちをし、オーラに視線を寄越す。
「あんたはあいつを傷付けたくもされたくもないみたいだけど、あたしはもう好きにさせてもらうわよ」
 彼女は何も答えなかったが、止めもしなかった。
 それを確認した直後、アシュレイはレイピアを構えて前方――オッフェンバックへと特攻を仕掛けしていた。
 相手は自身の前に構築したトランプの盾でそれを防ぎ、愉快そうに嗤う。
「おや、弁解すらさせてくれないとはな」
「騎士が軍人に対して言う言葉とは思えないわね。そもそも〈星水晶〉を使おうとする事自体が間違いなのよ」
 通らないのは想定内故、構わずアシュレイは高速の刺突を繰り返す。

アイヴィー

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