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二十五章 そして円は‐wendepunkt‐(4)

 弾かれるようにして戦闘態勢になった一行へと、高所から真っすぐに落とされた槍が如く、一直線に龍と龍騎士が襲いかかる。
 正面から受けるべきではないと判断したエマとレオンスは左右に避け、後方に下がっていたターヤはマンスと共に詠唱を開始する。
「ここは彼らに任せて僕らは行かせてもらおうか、エディ」
「……了承」
「!」
 しかし、その隙にフローランとエディットが採掘所の中に入っていくところを見てしまった為、彼女は慌てて詠唱を中断して後を追うように駆け出す。
「ターヤ!」
「ごめん、行かせて!」
 後ろからエマに名を呼ばれたが、立ち止まる訳にはいかなかった。アクセルに責任があるのなら、自分にも同じ責任があるのだと内心で言い聞かせて、フローランとエディットを追いかける。
 だが、すぐにその隣にはレオンスが並んだ。
「なら、俺がついていくよ。それならば良いだろう?」
「頼む。マンスのことは任せておいてくれ」
 彼が同行するならばエマも異議は無くなるようだ。
 二人は互いに一言だけを背中を向けたまま交わすと、それ以上は何も言わなかった。
 交戦の音と詠唱の声とを背後に、ターヤとレオンスは採掘所の中へと突入する。フローランとエディットは歩いていたので、すぐに追いつけた。
 彼らはそれを知りつつも、立ち止まろうとも走り出そうともしない。あくまでも自分達のペースを貫いていた。
「何だ、追ってきたんだ」
「これ以上、この先に行かないで」
 一定の距離を開ける事も詰める事もせずに追いながら、ターヤは要求を突きつける。
 レオンスは彼女を護るように先を歩いていたが、彼女同様エディットの間合いに入る事を警戒してか距離を保っていた。
 ふむ、とフローランは向けられた言葉の意味を推察し始める。
「龍殺し達が居るから、って訳じゃなさそうだね。って事は、この奥に何があるのか知ってるって事だよね?」
「!」
 確認するような言葉がきっかけとなり、ターヤの思考が急速に回転し出す。
(そう言うって事は、この先に何があるのか知ってるって事で、それにアストライオスの意に反するって事は、そういう事をするって事で……もしかして〔騎士団〕の狙いって――)
「〈星水晶〉なの?」
 最後の重要な部分だけは意識せずとも声に出ていた。
「うん、正解だよ」
 あっさりと、先程とは異なり、隠さずにフローランは肯定を返した。あくまでも振り向く事はなく、普段通りの調子だった。
 瞬間、ターヤの中で燻ぶっていた嫌な予感が爆発的に肥大した。
「っ……絶対、させない!」
 感情に突き動かされて、ターヤはそれまでは保持できていた距離を自ら侵す。
 だが、引っ張り戻されたかと思えばレオンスの腕の中に居た。
 その事を認識すると同時、眼前で彼の持つ短剣と糸とが衝突している事を知る。彼が助けてくれなければエディットの糸が自分を刻んでいたのかと思うと、途端に寒気がした。
 彼女の反応に気を良くしたらしく、後方に視線を寄越していたフローランが楽しそうに嗤う。
「あはは、エディの前に出てくるからそうなるんだよ。僕に手を出そうとしたからなのかもしれないけどね」
「なるほど、噂通り《殺戮兵器》は《死神》にご執心という訳なんだな」
 茶化すように言うレオンスだが、その身体はターヤを抱えたまま構えを解かない。そもそも糸と短剣は未だ押し合ったままなのだから、それも無理のない事だった。

「へぇ、エディの糸と触れ合ったままなのに切れない武器もあるんだね」
 逆にフローランはレオンスの武器に興味を引かれたようで、無遠慮に観察している。
 言われてみれば確かに、とターヤも遅れてその事実を認識する。ロヴィン遺跡でエディットの糸とアクセルの持つ未完成の大剣がぶつかり合った時には彼の刃が徐々に削られていたというのに、今は拮抗しているだけだ。
「特別製だから、な!」
 一瞬のうちに多くの力を込めてレオンスが短剣を相手の方へと押しやれば、その刃を紫電が奔り、即座にエディットが距離を取るように後退した。勿論、途中でフローランも連れていく事は忘れない。
 何が起こったのかと目を瞬かせたターヤと同じく、エディットもまた前髪の裏側では驚きを表に出しているようだった。
「……電流?」
「ああ、その通りだよ。この剣は電流の奔る特別製なんだ」
 相手が幼いとはいえ女性だからなのか、レオンスはさらりと答える。ただし、その声はどこかふざけているようにも感じられたが。
「どこで入手したのかまでは内緒だけどな」
「別に良いよ。エディは糸しか使わないし、僕は武器の扱いは専門外だからね」
 関心はすぐに消え失せたようで、フローランは視線を元に戻した。
「けど、まさかエディの糸を防げる武器を持ってる人が居るとは思わなかったな。ちょっと予想外だね。うん、逃げちゃおうか」
 は? とターヤが言うよりも速かった。
 フローランがそう言うと同時、エディットが彼の腕を掴んで糸で跳び出したのだ。まるで魔導機械兵の太いアームの如く、彼女の糸は狭い通路や遠くの壁、その他の地面などを足場にし、ついたと思いきや強く跳ぶ事で推進力をつけて加速しながら進んでいく。しかもフローランを抱えるようにして連れたたまま、だ。
「! 待って!」
「っと、凄いな」
 我に返ったターヤとレオンスも、慌ててその後を追ったのだった。


 その頃、アクセル達は騎士に遭遇する事も見かける事も無く、オーラの先導によって落下しない場合での最短距離で最深部まで辿り着いていた。
 しかし、そこに居た人物を目にした瞬間、彼らの緊張は一気に高まる。
「《道化師》……!」
「セレスもかよ!」
 開けた空間の中、その奥で煌々と美しく輝いている〈星水晶〉の前に立っていたオッフェンバックとセレスは、第三者の気配と声を受けて振り返った。
「ああ、君達か。このような良いタイミングで来るという事は、よほど《暴走豹》の鼻は効くようだな」
 不敵な笑顔でアシュレイに皮肉を放る事も忘れず、オッフェンバックは一行と相対するように身体の向きを変えた。その眼が一瞬、オーラだけを捉えたように見えた。
 対照的にセレスは嫌そうな表情だ。身体こそこちらに向けたものの普段の明るさは無く、声をかけてくる事もしない。
 彼女のハイテンションを知っているが故に訝しげな顔となった一行を見て、オッフェンバックは更にくつくつと嗤う。
「ああ、アスロウムのことならば気にしなくとも良い。自分と二人きりというのが死ぬ程嫌というだけのようだからな」
 一瞥した彼に対抗するかのように、彼女は鋭い視線をぶつけ返した。
 彼の言う通りなのだと知り、あのセレスにも嫌いな奴が居るのかと変なところで感心するアクセルである。

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