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二十五章 そして円は‐wendepunkt‐(3)

 揺らぎつつも決意を色が見える眼に、アクセルは不敵な笑みを返す。
「なら、とっとと行こうぜ。部屋の鍵は受付に預けとけば良いだろうし、善は急げって言うからな」
 アクセルの言葉には、ターヤも皆も頷いたのだった。


 だが、採掘所の近くまで赴いた一行の目に映ったのは、その入り口を固めている青い制服を身に纏った面々だった。咄嗟に近くの茂みへと隠れる。
「〔月夜騎士団〕……!」
 染み込んだ習慣故か、その姿を眼で捉えたアシュレイが小声で苦々しげに名を呼ぶ。
 予想外の一団を目にしたレオンスは、他にもメンバーが居ないかどうかを確認しながら呟きを零した。
「これは着いてきて正解だったな」
「ヴェルヌさんやアズナブールさんといった幹部級の方々が居ないとも限りませんからね」
 オーラの発言で、皆の警戒もまたいっそう高まる。
「とりあえず、入口に居る奴らを蹴散らしがてら、中の様子でも見てくるか」
 思い立ったら即行動とばかりにアクセルが立ち上がろうとしたので、慌ててターヤはその片腕を両手で掴んだ。
「ちょ、ちょっと待って! もしかしたらブレーズが居るかもしれないんだから、アクセルは行かない方が良いんじゃないかな?」
 なるべく声は顰めながら忠告する。
 周囲では皆もまた神妙な顔で同意の色を示してした。
 けれども、アクセルは複雑そうな顔をするだけだ。彼も本当は理解しているのだろうが、それでも自ら現状を何とかしたいのだろう。
「けどよ……」
「なら、あたしが一緒に行くわ」
 渋るアクセルだったが、そこにアシュレイが助け船を出した。
「どうせこいつは何を言ったって聞かないんだろうし、それなら一人にしない方が良いんじゃないかしら?」
 途端に救いの手を差し伸べられたかのような顔でアクセルがアシュレイを見る。
 まるでアジャーニを想起させるかのようなその表情に驚いて硬直した彼女に続き、同調するかのようにスラヴィもまた口を開いた。
「なら、〈結界〉の使える俺がついていった方が良いよね」
「でしたら、私も御一緒させていただきます。何かと御役に立つかと自負しておりますが?」
 更にはオーラまでもが支援するものだから、その勢いに押し負けたターヤの手から力が抜けて、自然と掴んでいた腕を離す結果となっていた。
 エマはアシュレイがそこまで言うのならばという顔をしており、レオンスとマンスも異論は無いらしい。
 全体的な空気が肯定側に傾けば、ターヤには口を挟む余地が無かった。
「わりぃな、ターヤ。心配してくれてんのは解ってんだけどよ、けど、やっぱり自分で何とかしてぇんだ。それが俺の責任だと思うからな」
 アクセルが申し訳無さそうに見てきたので、気にしないでと首を振る。
「ううん。わたしだって、きっとアクセルの立場だったら同じことを言ってたと思うから。でも、気を付けてね」
 それでも心配しているという事実は隠さず、念を押すように言う。
 すると彼は普段通りの調子で笑ってみせた。
「心配すんなって。いざって時はオーラが何とかしてくれるんだろ?」
「はい、御任せくださいな」
 冗談めかして視線を寄越したアクセルに応えるように、オーラもまた微笑みを浮かべる。

 かくして、アクセルとアシュレイとスラヴィとオーラの四人は採掘所の中へと向かったのだった。無論、堂々と正面から行き、見張りの騎士達を全員昏倒させたのは言うまでもない。
 彼らはそのまま脇に寄せられて放置される事となり、その場所に今度は残りのターヤ達四人が陣取った。中には既に騎士が居ると仮定して、これ以上相手の戦力をアクセル達に負担させない為である。
「でも、そう考えるとスラヴィを行かせたのは間違いだった気がするんだよなぁ」
 ターヤが正直なところを呟けば、レオンスが同意するように苦笑する。
「はは、確かにそうだな。ここでスラヴィに〈結界〉を張らせて、エマニュエルを行かせた方が得策だったかもな」
「過ぎた事をあれこれと言っていても仕方がないだろう。ともかく、私達がここを――」
 窘めるように言いかけて、しかし口を噤んだエマがすばやく横合いへと視線を動かす。
 レオンスもまた同様の行動を取っていた事から増援だと判断したターヤもそちらを見て、思わず緊張して硬直しかけた。
 採掘所へと向かうようにして一行の横側に現れたのは、他でもないフローランとエディットだったからである。彼らは驚いた様子も無く近くまで来て、数メートルの距離を開けて立ち止まった。
「誰か違うのが居ると思ったら、何だ、君達だったんだ」
「フローラン! エディット!」
「やはり幹部級も来ていたか」
 驚いたターヤが名を呼び、エマが警戒を強め、レオンスとマンスも構えた傍ら、フローランは一行を見回した。それからついでとばかりに倒れ伏している騎士達をも。
「数人足りないみたいだけど、残りはもしかして採掘所の中かな?」
「逆にこちらからも問うが、おまえ達はここでいったい何をしようとしているんだ?」
 フローランの問いにはレオンスが問いで返した為、誰からも声は紡がれなくなり目での探り合いが始まる。
 だが、それは少しもしないうちに聞こえてきた大きな羽音と突風により流される事となる。
 反射的にそちらを見た一行の視界に映ったのは、青い龍とその背に跨る青年の姿だった。
「ブレーズ……!」
 無意識のうちに名を呼んだエマには気付かず、クラウディアを着陸させてから彼もまた地に足を付けた。
 彼を目にしたフローランは呆れと嘲笑が入り混じったように顔になる。
「何だ、結局来たんだ」
 そう言われたブレーズはどこか気まずそうに、言い訳をするかのように口を開いた。
「アストライオスの意に反するとも思ったが、《団長》にも考えがあるのだろうと思った」
「ふぅん、その判断を後で後悔する事にならないと良いけどね」
 暗に《団長》を信頼しているのだと告げたブレーズだったが、フローランは意味深な笑みを浮かべるだけだ。
 彼に寄り添うようにして立つクラウディアが、心配そうに小さく鳴いた。
 その頭を大丈夫だと言うかのように撫でてから、そこでようやくブレーズは一行に気付いたようだった。
「! 貴様ら――」
 すばやく構えて、しかしアクセルが居ないと知ったようで怪訝そうに眉を寄せる。
 一方ターヤは、今の今まで気付かれていなかった事に驚いていた。しかし、すぐに彼と彼女が《守護龍》アストライオスの子である事を思い出し、それ故に採掘所の方にばかり気が向いていたのだろうかと推測する。
「槍使い、龍殺しはどこに居る」
 ブレーズが問いかける相手として選んだのはエマだった。命令するような詰問するような声だ。
 問われた方はと言えば、極力表情を引っ込めていた。
「それを、私が素直に教えるとでも思っているのか?」
「ならば、力づくで訊き出すまでだ!」
 叫んだ彼と同時にクラウディアが動き、瞬く間に彼らは上空へと舞い戻っていた。

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