The Quest of Means∞
‐サークルの世界‐
二十五章 そして円は‐wendepunkt‐(2)
「おそらくは、今もまだ待っているのだろうな」
つまり彼は一睡もしていないのだ、と気付いたターヤは慌てて部屋を飛び出す。背後でエマに呼ばれた気がしたが、その言葉を拾い上げて理解する事は頭が放棄していたのですぐに忘れた。幾らレオンスが丈夫だとは言え、少しくらい寝た方が良いのではないかと思うターヤは、そのまま宿屋を飛び出して街の入り口まで向かう。目的地が見えてきたところで、青年の横に居る人物に気付いて足が止まった。
(オーラ、帰ってきてたんだ)
眼前では、今し方来たらしき銀髪の少女と緑髪の青年が言葉を交わしていた。望んでいた事ではあったがタイミングが意外すぎて、ターヤは間の抜けたような顔付きになる。
と、気配で気付いたのか二人が彼女の方を振り向いた。そして互いに一旦顔を見合わせてから、彼女の方へと歩いてくる。
ぽかんとしたままだったターヤに声をかけてきたのはレオンスだった。
「どうしたんだ、ターヤ?」
彼に問われて、そう言えばレオンスにオーラを待つのは一度止めて少しでも寝るように進言しに来たのだったと思い出すが、当の本人が居るのならば言う必要も無いだろうと結論付ける。故に首を横に振った。
「ううん、何でもない。レオンに用があったんだけど、オーラが戻ってきてるならもう良いかなって」
「もしかして、エスコフィエさんに睡眠をとるよう進言されに来たのですか?」
だが、オーラは鋭かった。この分だとレオンスが一晩中彼女を待っていた事も知っているのだろう。
気圧されるようにして、思わず頷いてしまうターヤである。
「う、うん。少しくらいは寝た方が良いんじゃないかって」
途端にオーラがレオンスを見た。ほれ見ろとでも言うかのような表情である。
「エスコフィエさん、ターヤさんもこう仰っているのですから、宿屋に御戻りになり次第、充分な睡眠をとってください」
「解ったよ。ただし、君も一緒に戻ってくる事が条件だからな」
これには降参だと言わんばかりに両手を上げてみせたレオンスだったが、その代わりにとオーラを言いくるめようとする。
彼女は少々面食らったようだったが、仕方がないというふうに嘆息しつつも承諾した。
そうして宿屋に戻った三人を見て、室内に居た四人は驚いたようだった。まさかオーラが戻ってくるとは思わなかったのだろう。
「ただいま戻りました」
礼儀正しく一礼して顔を上げたオーラと、ついついそちらを見てしまっていたマンスの目が合う。途端に彼は弾かれるように視線を逸らし、彼女は申し訳なさそうに笑みを浮かべた。
一応この場に皆が揃ったのを見計らって、ターヤは口を開く。
「ねぇ、ここって採掘所と近いの?」
「そこまで近いという訳ではないが、行けない距離ではないな」
唐突な問いに何事かと驚きつつもエマは答える。
ならば大丈夫かと踏んだターヤは、昨夜から考えていた考えを皆に提示する。
「その、スラヴィが世界樹の街で倒れた時に、採掘所に張ってもらってた〈結界〉が消滅しちゃったって、ユグドラシルから聞いたの」
「!」
この言葉にはアクセルがすばやく反応を示し、確認するようにスラヴィを見た。
対して、彼は神妙な様子でこくりと頷いてみせる。
途端に顔色を変えたアクセルを視界の端に収めてから、ターヤは表情を引き締めて皆をしっかりと見回した。
「だから、わたしを採掘所に行かせてほしいの。アストライオスに報いる為にも〈星水晶〉は誰かの手に渡しちゃいけないし、それに、あの時あそこに居た闇魔の事も気になるし」
言いながら既にスラヴィの手に渡ってしまった事を思い出すが、彼がそれを使って造った剣は今は世界樹の街に、つまりは《世界樹》の御膝元にあるのだから大丈夫だろうと、そちらについては奥の方に仕舞い込む。
ターヤの発言を受けた皆はと言えば、顔を見合わせてから、またすぐに彼女を見た。
「ならば、私達も行こう」
「うん。俺にも他人事じゃないし、気になるからね」
エマが口火を切れば、スラヴィやレオンス、オーラもまた首肯して同意する。
そしてアクセルが大きく息を吐き出した。
「元はと言えば、俺が先に言うべきだったんだよな。さんきゅ、ターヤ」
ターヤは首を横に振り、気にしなくていいと彼に告げる。それから心配そうにレオンスを見た。
「レオンは寝てた方が良いと思うんだけど、大丈夫なの?」
「問題無いさ。俺は丈夫な上に慣れているし、一夜くらい寝なかったところで体調は崩さないからな」
「それは良いなぁ」
得意げな様子の彼を思わず羨ましがり、しかしすぐ、そのような事を言っている場合ではなかったと我に返る。こほんと軽く咳払いのような行為をしてから、未だ顔を背けているマンスに気付いた。
「マンスは、どうする?」
奇しくもターヤのかけた声が合図となって、少年に視線が集中する。
注目を浴びる事となったマンスは驚くが、ぷいとそっぽを向いた。けれども答えはきちんと寄越す。
「ぼくも、行く」
「後はアシュレイだけか」
マンスからも確認を得たところで、エマが今この場には居ない少女を思い浮かべた。
だが、彼がそこについて何か言うよりも速く、アクセルは扉の方へと顔を向けた。
「おいアシュレイ、そこに居るんだろ?」
「「!」」
突然の発言には皆が驚きを示し、彼を見るグループと扉を見るグループとに二分した。
まさかと思ったターヤだったが、応えるようにゆっくりとドアノブが回されて扉が開き、そこからアシュレイが入ってきた事で間違いではなかったのだと知る。思わずアクセルの方へと首が動いていた。
アシュレイもまた、驚きと疑問とを含んだ顔で彼を見ている。
「いつから気付いてたの?」
「レオンとオーラの奴らが戻ってきた後、おまえもこっそり戻ってきて聞き耳を立ててただろ?」
「最初からじゃない……」
確信を持った彼の声を聞くや、脱力するように彼女は息をついた。
そんな彼女に対し、アクセルは問いかけ直す。
「で、おまえはどうするんだ? 行くか? 行かねぇのか?」
「あたしは……」
言い淀んだアシュレイは、そこでターヤへと視線を寄越した。
思わず目を丸くしたものの彼女としっかりと視線を合わせたターヤだが、相手の方からすぐに逸らされてしまった。ちょっぴり悲しくなった。
(やっぱりアシュレイ、まだ気にしてるんだなぁ)
アジャーニの言葉の意味を全くもって理解できていないターヤは、そう思う。アシュレイが自分を避けているような点については、今まで黙っていた事への負い目からなのかと考えていた。そんなに気にしなくても良いのに、と呑気なことを思う。
一方、アシュレイは全く気にしていない様子のターヤを見て、彼女が勘違いしている事に気付いてはいたが、やはり負い目からまだ正面きって顔は合わせられそうになかった。その為、再びアクセルと視線を交わらせる。
「あたしも、念の為行くわ」
完全に立ち直れた訳ではなかったが、確かにエマの言う通り、今はまだ未遂なのだからそこまで気張る事もないと自身に言い聞かせる。また皆に不審だと思われていても、ここから取り返せば良いと彼女は思っていた。ニールの命令に従う気は起こらなかった。