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二十四章 重なる冷熱‐exposure‐(9)

「最初はびっくりしちまったけど、こいつらは他種族と歩み寄ろうと主張してて、それで他の龍からは爪弾きにされちまってたからかな、変わり者同士、すぐに意気投合しちまったんだよ。まぁ、そのおかげで、アルビノなのに〔教会〕からは嫌われるようになっちまったんだけどな」
 わざとらしい仕草で肩を竦めてみせるセアドだったが、ユリアナは胸を締め付けられるように思いになっていた。
「だから、さっき、似た者同士だって言ってたんですね。スコットさんも、親に甘えた記憶が殆ど無かったから……」
「あぁ。とは言っても、オレにはジィサンが居たからな、キミに比べれば良い方なんだよ。ただ、何となくキミも似たような境遇だと知って、訊いてほしくなったんだ。……オレの過去なんて、こいつらとジィサンくらいしか知らないんだぜ」
 最後は誤魔化すかのように若干ふざけた声になってしまう。何となく気恥ずかしさを覚え始めたのだ。
「同じです……」
 しかし驚いたようなその言葉で、セアドは同じく驚きに襲われてユリアナを見る。彼女は丸くしたその瞳に彼を映していた。
「私も、ヌアーク様とエフレムさん以外には、自分のことなんて話した事が無かったので……」
 まるで更なる共通点に運命でも感じているかのようであった。
 セアドもまた、何か見えない力に導かれた出逢いだったのかもしれないと思い始めていた。
 そうして驚嘆に彩られた顔の青年と少女は互いに見つめ合っていたが、やがて揃ってその頬を綻ばせる。長年探していたものを、ようやく見つけられたかのように。
「それなら、オレ達は本当に似た者同士なんだな」
「はい、そうですね」
 そして、同時に微笑み合ったのだった。


 これまた同時刻、〔軍〕の《元帥》たるニールは自身の執務室にて、補佐のユベールからつい数時間程前に発布したばかりの命令についての報告を受けていた。無論、ソファに寝転がって頬杖をついている体勢で、だ。
「――報告は以上になります」
 少年の方も、何度も注意したところで全く聞き入れる様子の無い上司には半ば諦めを覚えているらしく、淡々と事務的に報告をし終えるとその書類を差し出した。姿勢について触れる事は無かった。
 受け取ったそれを、ニールは机の方へと振り向かずに投げる。慌てなかった補佐の様子からひらひらと舞った紙は見事に机上へと到達して着地した事は解ったが、その表情から御小言を言われるのだと察すれば、すばやく会話の主導権を握らんと口を開く。
「うん、ちゃんと命令通りにやってくれたみたいで良かったよ~。じゃあ、次はこっちをお願いね~」
 間を開けずに余計な思考を潰すが如く次の書類を渡しても、ユベールはあたりまえのように受け取った。呆れたような色を滲ませてはいるが、目の前の仕事を優先するのが彼という人物なのである。
 だが、今日の彼はそれを受け取ったところで、ふとその顔に疑問を浮かべてみせた。
「ところで、なぜクンスト橋を封鎖させたのですか? あそこが破損したなどという報告は受けていなかったかと思いますが……」
「んー、ユベールくんは気にしなくても良い事だよ~」
 元から答える気の無いニールは、普段通りのやる気があるんだか無いんだか判らない姿勢のまま、ひらひらと適当に片手を振るだけだ。
 益々ユベールは訝しげな顔付きになるものの、すぐに表情を仕事用のものに正した。
「それと、これはあくまでも小耳に挟んだ話なので、信憑性は低いのですが――」
 そこで一度彼が言葉を切った事により、ニールは上司からの許可が下りるのを待っているのだと知る。良くない内容なのだとも解ったが、普段通りに問うた。
「ん~、どうしたの?」

「どうも、ウィレム・ヒューデック兵長が度々人の目を盗むように外部と連絡を取っているようでして……他勢力の密偵ではないのかと私は懸念しております」
「ああ、ウィレムくんか~。確かに、どうにも怪しい行動が目立つよねぇ……? とりあえず、彼の動向には気を付けておいて」
 ユベールが挙げた人物の名に、ニールは合点がいった顔となる。それから《元帥》の顔となって命を下せば、ユベールはしっかりと頭を下げてきた。
「それでは、失礼いたします」
 きちんと椅子に座ってくださいねとだけ形骸的に言い残して、少年は退室していった。
 彼を見送ってから、御目付役が居なくなったのを良い事にニールはソファ上で完全に伏す。真面目な姿勢を取る気など毛頭無かったのである。
 顔だけはすぐにうつ伏せ状態から持ち上げると、ふと思い出しように彼は呟く。
「そう言えば、そろそろあっちゃんはアジャーニくんと会ってる頃だよね~」
 投げ出すようにして伸ばされていた両腕を動かした、肘はソファについたまま再び頬に手を当てる。
「ちゃーんとアジャーニくんも焚きつけたし」
 ぺろり、とその舌が唇を撫でた。
「あっちゃんがどんな顔をするのか、とーっても楽しみだなぁ」
 その顔はいつの間にか、狂気的な方向に歪んでいた。
 そのように自身の楽しみの事で頭が埋められていたからか、ニールが扉の外で聞き耳を立てている人物、そして離れた場所で盗聴している人物に気付く事は無かった。


 あの後、ターヤが治療した男にアシュレイが言伝を命じて帰らせてから、一行は再びレオンスに導かれるがままに謎の目的地へと向かう事にしていた。
 途中クンストの近くを通ると聞いてメイジェルに会うべく寄ってもらったターヤだったが、生憎と彼女は留守だった。その事を残念に思いつつも、また機会があれば会いにいこうと考えて頭を切り替える。
 ちなみにカンビオの傍も通ったのだが、レオンスは寄ろうなどとは言い出さなかった。
 ところが、彼がルートとして選んだレングスィヒトン大河川にかかるクンスト橋は、運悪く通行止めになっていた。どうやら一部が破損したらしく、修理が終わるまでの間は〔軍〕が封鎖するようだ、とはアシュレイが訊き出してくれた情報である。
 そんなこんなで現在、一行はラ・モール湿原を通り抜けるルートを選ばされていた。レオンスが行きたい場所に向かうには、橋が封鎖されている今はここしか道がなかったのである。とは言え、あちらのルートを通っても結局はここを通る事になった訳で、違うのは滞在時間が長くなるか短くなるかという点くらいだったのだが。
「ムッライマー沼程じゃないけど、ここも大変だよね、主に道が」
 足元に気を配りながら、少しだけ困ったようにターヤは呟く。
 一応道が整備されている事にはされていたが、いかんせん狭い上、人の往来が多い訳でもないので保全の手が回らないらしく、所々古びた辺りに沼の端が入り込んでいた。故に足元を疎かにしていると、水溜りに足を突っ込んでしまう恐れがあったのだ。
「軽やかに行けば大丈夫だよ」
 爪先立ちで歩いて難無く危険を回避するスラヴィにそう言われても、ターヤは苦笑いを浮かべるしかなかった。
「スラヴィは身軽だからできるんだろうけど、わたしにはちょっと無理だと思うよ」
 実際は『ちょっと』どころではないのだが、そこは言葉のあやだと考えたターヤは訂正を付け加える事はしなかった。
「いや、スラヴィ意外には無理なんじゃね?」
 口を挟んできたアクセルをターヤは不思議そうに見る。
「アシュレイとオーラにも無理なの? あの二人は軽やかそうな気がするけど」
「アシュレイは軽やかっつーよりは、何つーか、すばやく安全な所だけを的確に移動しそうな感じだろ」
 言われた通りの光景を想像する事は簡単にできたので、確かにとターヤは相槌を打った。

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