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二十四章 重なる冷熱‐exposure‐(8)

「……あの、私……甘えるっていう事が、どうすれば良いのか、全く解らないんです。お父さんはずっとお仕事で、お母さんはずっと寝たきりで、私はずっと、弟や妹達を甘えさせる立場じゃないといけなかったから……」
 フィロメーラにでさえ未だ話せないでいる自分が、なぜセアドにはこんなにも簡単に話せているのだろうか、とユリアナは自らの事を喋りながら思う。それでも、言葉は口をついて出てきてしまっていた。どうしてか、彼相手ならば心の内を全て曝け出せるような気もしていた。ヌアークやエフレムも親身になってくれてはいるが、あの二人には孤児院の子達も居るし、ただでさえ大変な彼らを頼ってはいけない気がしているのだから。けれども眼前の青年にならば、少しくらい寄りかかっても許されるような気がしたのだ。
 そんな彼女の思考など知らず、セアドはあくまでも普段通りに提案する。
「なら、オレが教えてやるよ。これでも結構人の面倒を見るのは好きな方だし、キミを任されたような感じにもなってるからな」
 そう言えば皆はそう誤認していたのだったとユリアナは気付くも、自分が訂正しても結局は直されずそのままの見解でいそうな気がして、もう今のままでも良いのかもしれないなどと思い始めてきた。
「あ、別にそんな身構えるような事はしねぇよ。《女王陛下》に誓って、な」
 彼女の沈黙を不安と受け取ったらしく、セアドは慌てて身体の前で両手を振ってみせる。
 別に彼を疑ってもそちらの意味で自らの身を案じてもいなかったが、ちょうどタイミングが良かったのでユリアナはそこで返答した。無論、遠慮がちにではあるが。
「え、えっと……じゃあ、その……よろしくお願いします……」
「あぁ、任せとけよ」
 一応彼女が頭を下げてもみれば、彼はそこを優しく撫でる。
「ところで、キミん家は何人家族だったんだ?」
「え、えっと……お父さんとお母さんと私と、弟が二人と妹が一人だったので、六人家族、でした。……お父さんとお母さんは、もう居ないですけれど」
 突然の質問に目を瞬かせながらも、律儀にユリアナは答える。両親の事を口にしても先程のような恐怖はもう起こらなかったが、強い感傷には襲われた。
 それを見たセアドは慌てて手を離して謝りながら、申し訳無さそうに苦笑する。
「おっと、わりぃ、嫌な事思い出させちまったな。さっきから地雷ばっかり踏んでんな、オレ」
「あ、いえ、良いんです! スコットさんは、優しい人ですから……」
 胸の前で両手をぎゅっと握りしめてから、ユリアナは慌てて彼は悪くないのだと本人に伝えようとする。
「本当は、〔機械仕掛けの神〕が全滅したって聞いて、お父さんからの連絡が途絶えた時から、何となく解っていたんです。もうお父さんには会えないんだ、って。だけど、その……遺体を確認した訳じゃないから、もしかしたら、まだどこかで生きているんじゃないか、今まで以上に忙しい仕事になったから連絡できないだけなんじゃないか、って、心のどこかでは信じてもいたんです……信じて、いたかったんです」
 その過程でついつい自分のことを喋ってしまっていたが、言葉を紡ぐのに必死な彼女はその事には気付いていなかった。顔は俯きがちにしてしまっているので、相手がどのような表情をしているのかも知らなかった。
「近所の人達は、私達一家の事なんて見て見ぬふりで、でもあの人達の生活も大変だったから、それも仕方がない事なのかもしれないと思えて……それでも、少しは恨まずにはいられなかったんです。私達が住んでいた地域は、ザリーフのすぐ近くの小さな集落で、十年前まではそこからいろいろな物を仕入れていたそうなんですけど、〈竜神の逆鱗〉が起こってからは物資が足りなくて、潰れる集落も少なくはなかったそうですから……」
 かつては北大陸と中央大陸を結ぶ貿易拠点として栄えていた[港町ザリーフ]は、周りをリンクシャンヌ山脈に囲まれている。そこにはさまざまな物資が入ってきていた為、山脈内部にあった幾つかの小さな集落にも利用されていたようだ。しかし〈竜神の逆鱗〉により人の住めぬ地と化してからは急速に寂れ、今ではモンスターの巣窟[棄てられた町ザリーフ]に成り果ててしまっていた。
 また、それにより他所へと移住する者も多く現れ、集落は次々と潰れていったそうだ。

「私達一家も他に移り住もうと思っていたんですけど、重病の母を動かすのは危険でしたから……。だから、父は〔機械仕掛けの神〕に入って、私達の為に働くようになって、それで忙しくなって、なかなか帰ってこれなくなったんです。その間はおまえが母親代わりになってくれって父に言われたので、私が家族を護らなきゃいけないって、そう思ったんです。……でも、結局母も、看病の甲斐無く亡くなってしまって……でも、やっぱり周りが助けてくれる筈なんかなくて……その時、ヌアーク様に拾っていただいたんです。だから、私は例え世間から〔君臨する女神〕があまり良く思われていなくても、このギルドが大好きですし、ヌアーク様が大好きなんです」
 そこまで話したところで、ユリアナはすっかりと当初言おうとしていた本題を忘れていた事に気付き、慌てて補足する。
「あ、それで、だから、ここを護ってくれると言ってくれたスコットさんも、優しい人ですから……だから、その、好き、です……」
 けれども、結局は言葉が上手く纏まらずにその一言を使う事にするも、セアドに対して使用すれば途端に真っ赤になってしまう。声もそれに比例して徐々に小さくなっていった。
 そんな彼女にセアドはまた別の意味で苦笑する。
「話してくれてありがとな、ユリアナ」
「あ、いえ……。何だか、スコットさんには……その、どうしてか、話しやすくて……」
 言いながら、またしても羞恥を覚えてしまうユリアナだったが、彼女はそういう人物なのだと理解したセアドは気にしない。寧ろ、この言葉に嬉しくなっていた程だ。
「おっ、そりゃあ嬉しいな! つまり頼もしいって事なんだろ? オレのことはどんどん頼ってくれて良いんだぜ!」
 軽く自らの胸元を叩いてみせた彼に、彼女は遠慮がちなままの笑みではあったが、了承の意を表すべくしっかりと頷いてみせる。今はこれが、彼女なりの精一杯だったからだ。
 あくまでも素直な彼女を見て、そしてセアドは一つ決意した。
「じゃあ、オレもちょっと自分のことについて話させてもらうぜ。オレがキミのことを知ってて、キミがオレのことを知らないってのも、何かフェアじゃねぇ気がするしな」
「え、でも……」
「良いって、話させてくれよ。オレとキミは似た者同士だからな、訊いといてほしいんだよ」
 唐突な申し出にユリアナは目を丸くするが、セアドの真剣且つ嬉しさと寂しさが混ざったような表情に気圧されるようにして、思わず頷いてしまっていた。
 彼女の了解を確認すると、彼は口を開く。
「オレな、見ての通りアルビノだろ? けど、そのせいで死にたくなった事があるんだよ」
 どこか達観してしまったかのような声でもあり、ユリアナは言葉を失いかけた。
 白い髪と赤い目を持つ《アルビノ》は、瞳と髪の色が違う点では《マレフィクス》と同じながら、異端視される彼らとは正反対に神聖視されていた。これは〔聖譚教会〕による昔から続く認識なのだか、このギルドの創立者がアルビノだった為のようである。また、全ての色の中では『白』が最も神聖さを持っているように感じられるからでもあるのだそうだ。しかもアルビノは種族を問わず誕生するが、その出生率は実に低い為、それが益々神聖視を強めているとも言えた。
「オレはまだ十歳にもなってなかったらしいから覚えてないんだけどな、オレがアルビノだったから、親は死んだそうなんだ」
 何ともないかのように彼が口にした言葉に、思わずユリアナは顔から血の気を引かせていた。両手は思わずエプロンを握り締めてもいる。
「十三年前に〈アトキンソン内乱〉が起こるまでは、平気で奴隷を飼ってる貴族も居たくらいだからな。アルビノなんていう珍しい存在は金になるって、目が眩んだ馬鹿が居たんだろ。……そいつに、オレの親は殺されたんだ」
 ユリアナは、声も上げられなかった。
 対して、セアドはまるで他人事のように淡々とした様子で語る。
「結局はジィサン……オレの祖父、タイロ・スコットに助けられたんだけどな。けど、オレはその時のショックで心を閉ざしちまったらしくてな、見かねたジィサンに連れられていろんな所に行ったみてぇだな。そんな時、こいつらと出会ったんだ」
 懐かしそうにそう言いながら、セアドは傍に佇んでいる二頭の龍を見上げた。
 彼に応えるかのように、双子龍は一度だけゆっくりと瞼を閉じてから開いてみせる。

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