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二十四章 重なる冷熱‐exposure‐(5)

 一方、あっさりと種を暴かれてしまった《精霊使い》は、実につまらなさそうだった。
「はー、こうもあっさり気付かれるとは思ってなかったっすね。と言うか、もしかして、あんたが噂の《情報屋》っすか?」
「あら、私のことを御存じだったのですか?」
「あんたって結構有名じゃないっすか」
 茶化すかのようにオーラが問えば、当然の事のように淡々と《精霊使い》は返す。
 続いて魔道具の入手経路がふと気になったアクセルが、どうせ合法ではないのだろうと確信しつつも一応は問うてみる。
「にしても、どうやってそんな貴重そうな魔道具を入手したんだよ?」
「答える義理はないっすね」
 案の定、相手は答えようとはしなかった。
 予想できていただけにアクセルはそうかよとしか思えなかったが、これが逆にアシュレイの軍人魂を更に燃え上がらせたようだった。その眼が更に細められる。
「なら、力づくで吐かせるだけよ」
「やれるもんならやってみろって話っすよね」
 しかし、現状を理解している《精霊使い》はさらりと言い返すだけだ。そこにはアシュレイに対する嘲笑が含まれているようにすら読み取れる。
 逆に、ノープランの彼女は押し黙るかのように答えなかった。どのような攻撃をしても、相手は一定以上離れさせずにいる《鉄精霊》を盾にするだろうし、とは言え人工精霊の抑止力になれる四精霊は〈精霊壺〉により召還を封じられている。実のところ八方塞がりだった。
「あんた、何とかできない訳?」
 実に癪ではあったが、現状を打破するべくアシュレイは後方のオーラを一瞥する。
 けれども、予想外に彼女の反応は芳しくなかった。
「確かに『何とかする』事は可能ですが、その場合ですと《鉄精霊》さんの生命を保証できなくなってしまいますが?」
「! それはだめ!」
 お勧めしないと言わんばかりの顔になったオーラには、ぎょっとした顔でマンスが慌てて首を振る。
 アシュレイもまた、そうと解れば即座にその選択肢は消去するしかなかった。
「……って事は、もしかして膠着状態?」
「いや、相手の方が若干有利だろうな」
 ターヤの呟きにはレオンスが訂正を入れる。意味が判らなかったターヤだが、直後に理解する事となった。
 一行が動けなくなっている隙に《精霊使い》はまた宙に筆を走らせていた。描き終わると同時、前衛中衛組によって気絶させられていた〔ウロボロス〕のメンバーを囲むように魔法陣が出現し、そして淡い光で彼らを包みこんだ。全員を回復する上級治癒魔術〈全体治癒〉だ。
「うっわ、こりゃめんどくせぇなぁ」
「埒が明かないか」
 アクセルが言葉通りの表情になれば、エマは眉根を寄せた。
 明らかに打つ手無しといった状況下に置かれている一行を見て、《精霊使い》は内心ほくそ笑む。
「あんたらがなす術も無く困ってる様子を眺めるってのも、なかなか悦っすね」
 この言いようにはアシュレイの眼が更に据わっていくが、優位に立っている事を自覚している彼らには普段の効果は全く発揮されなかった。他のメンバーもまた、あの《暴走豹》をやり込めている事に、まるで自分の功績かのような優越感を抱いていたのだ。
 指を銜えているしかない現状を腹立たしく思うマンスの肩に、ふと重みが加算される。
『――オベロンさま!』
「モナト? どうしたの?」
 呼んだ覚えの無いモナトが現れた事に少年は驚くが、白猫はお構いなしに小声で続ける。
『オベロンさま、モナトに行かせてください。モナトは小さいですから、あの《精霊使い》に一泡吹かせられると思います』

「でも、あいつは空の〈精霊壺〉を持ってるんだよ? 危険すぎるよ!」
 思わぬ発言に面食らったマンスだが、咎めるにしても小声にする事は忘れない。そのくらいの理性と注意力はまだ彼の中には残っていた。
 それでも白猫は譲らない。
『でも、このままだとオベロンさまが危険なんです!』
 あくまでも彼を想うが故の真摯な言葉に、マンスは思わず言葉を失くす。
 と、少年が何やらこそこそしている事に気付いた《精霊使い》が視線を動かし、その視界に少年の肩に乗る白猫を捉えた。彼の眼が若干見開かれる。
「そこに居るのって、もしかしなくても《月精霊》っすか?」
「!」
 反射的に、マンスは慌ててモナトを抱き抱えるようにして彼らから隠そうとする。
 しかし寧ろその行動が仇となり、はっきりと姿を視認する事は叶わなかったものの《精霊使い》は少年が自身の身体を盾に隠したのが《月精霊》であると確信した。
「やっぱり《月精霊》っすか。結構前に逃げ出したって聞いてたんすけど、消滅してなかったんすね」
 まるでずっと追っていた獲物を発見したかのような狩人のような色を瞳に宿し始めた《精霊使い》に対し、言葉にできぬ悪寒を覚えたマンスは更に白猫を強く抱き締める。絶対に渡さない、とその全身が語っていた。
 しかし《精霊使い》の優勢な態度は変わらず、加えてこれを聞いた〔ウロボロス〕のメンバーが更に調子に乗る。
「はん、偉そうな事言ってたくせに、てめぇだって人工精霊を使ってんじゃねぇかよ!」
「そうだそうだ!」
「それに、そいつは元々俺らが造った物だろ? 返せよクソガキ!」
 瞬間、少年の両目が最大限まで動いた。この言葉により、今の今まで何とかぎりぎりのラインで保たれていたマンスの中の最後の砦は、あえなく一瞬で崩壊していた。
 彼らは未だ好き勝手に発言していたが、《精霊使い》だけはその眼に僅かながら怯えを覚えた。
「……ふざけないでよ!」
 最早理性の欠片など微塵も残っていないマンスは、ただ激情のままに叫ぶ。
 刹那、彼の背後に四つもの魔法陣が浮かび上がった。
「「!」」
 突然の異常事態には〔ウロボロス〕どころか、一行もまた驚きを顕にする。
 一人が一度に構築し、発動できる魔術は一つと決まっている。エルフや《神器》などともなればまた例外はあるのだろうが、基本的には前者が絶対的且つ常識的な法則だ。
 だが、現に眼前の少年は若干十二歳という齢でありながら、しかも無詠唱で、四つもの魔法陣を発動させているのだ。その色は――赤、青、黄緑、茶色。
 そして《精霊使い》はと言えば、初めて表情を崩して両目を見開いていた。
「あれは――」
「モナトたち精霊は『物』なんかじゃない!」
 少年の主張に同調するかのように魔法陣が光ったかと思えば、次の瞬間にはそれは消え去り、代わりに四つの影が顕れていた。赤き火龍、青き巨魚、黄緑の巨鳥、茶色の土竜――彼らが四大元素を司る者達である事は、初めて目にする者でも解る程だった。
「〈四精霊〉か……!」
 思わずレオンスが口にした言葉には〔ウロボロス〕側がざわつく。
「なっ、何だと!?」
「あのガキ、無詠唱で四精霊を召喚したのかよ!?」
「あ、ありえねぇ……!」
 〈四精霊〉。それは四精霊全員を一度に召還する上級以上の魔術であり、消費する〈マナ〉の量は半端ではない。しかしその代わり、非常に強力な威力と効果を誇る、精霊術最大の魔術でもあった。

エレメンタル

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