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二十四章 重なる冷熱‐exposure‐(4)

 けれど、それを聞いたところで《精霊使い》の顔色には何ら変化は起こらなかった。
「それがどうしたって言うんすか」
「っ……! おにーちゃんは、精霊を何だと思ってるのさ!」
 感情のままに叫ぶや否や、そのままマンスは巻物を取り出して開いていた。
「『火の化身よ』――」
「マンス!」
 その衝動的で感情的としか思えない少年の行動を制そうとターヤは名を叫ぶが、彼には全く届かなかった。
 ならばと今度はレオンスがマンスを止めようとするが、少年の行動を完全な敵対行動だと見なした〔ウロボロス連合〕の面々が襲いかかってきた為、急遽そちらへの方向転換を余儀なくされる。
 残りの面子とターヤもまた、それを受けて戦闘態勢に移行した。
 前線で先手を打つ形となったのは〔ウロボロス〕側だった。彼らは各々の武器を手に一行へと突撃していく。
 同じく一行の前衛組と中衛組もまた、迎え撃たんと前方目がけて走っていく。今回からはオーラが後衛組の護衛を引き受けた為、後方の事はさほど気に留めずとも良くなったのである。
 即座に前線にて交戦が開始される。〔ウロボロス〕側の方が人数は多かったが、個々人だと一行の敵ではなかった。何せ彼らには〔軍〕の《暴走豹》に〔屋形船〕のギルドリーダーに《旅人》と言った、戦闘の熟練者達が揃っているのだから。かくして、次々と相手は沈黙させられていく。
 その間にもマンスは《火精霊》を召喚し終え、続いて制限から解き放とうとしていた。
「『火の化身よ』――」
「そうはさせないっすよ」
 と、それまでは人工精霊を喚び出す事もなく、同僚が無効化されていく事にも動じず、ただ事態を静観しているだけだった《精霊使い》が、そこで動いた。彼はそう言うと同時に右腕のブレスレットをマンスへと見せつけるかのように翳す。それは、以前《羽精霊プルーマ》が閉じ込められていた魔道具だった。
「!」
 驚き動揺してマンスの詠唱が止まった隙に、《精霊使い》は右腕のそれを《火精霊》へと向ける。
 この行動には何をするつもりなのかと前線に居る者達の意識もそちらに割かれ、そしてマンスは彼がしようとしている事を瞬時に理解した。
「サラマンダー!」
 慌てて火龍を帰らせる。何をしているのかと驚く仲間達には気付かず、マンスは《精霊使い》を睨みつけた。
 逆に《精霊使い》はどこか得意げにも見える。
「人が召還した精霊を捕まえようとするなんて、何を考えてるのさ!」
「「!」」
 マンスの抗議で一行もようやく《精霊使い》の先程せんとしていた行動の意味を知る。
 彼は《火精霊》を捕縛する姿勢を提示する事で危機感を覚えたマンスに精霊を帰らせ、連鎖的に他の精霊の召還をも封じたのだ。
 まさかあの魔道具は人工精霊だけでなく精霊にも効く物だったとは、と詠唱を止められる結果となってしまっていたターヤは声には出さずに驚嘆していた。
「四精霊は一角だけでも厄介っすからね。これで俺も気楽に《鉄精霊》を使役できるって訳っすよ」
 瞬間、彼の左腕のブレスレットから《鉄精霊》が姿を顕し、一行は警戒する。人工精霊を相手にするには人数差など殆ど意味をなさない事を、既に彼らは身をもって体感していた。
 顕現したアルマジロは《精霊使い》の指示を受け、手始めにマンスへと向かって一直線に突進するかのような勢いで転がっていく。
「通しません」
 だが、案の定オーラの防御魔術によって阻まれる。それでもマンスには強い震動が伝わってきていた。
 その隙にターヤは構築しておいた魔術を《精霊使い》へと向けて放つべく、杖の先端を彼へと向ける。
「――〈光槍〉!」

 元々受けている筈だった加護を遅くなりながらも得る事ができた結果、徐々にではあるが、ターヤは今のところ光属性の中級までに限ってのみ攻撃魔術を扱えるようになっていたのだ。無論《世界樹の神子》の固有魔術についてはまた別であったが。
 ようやく使用可能になったそれらに慣れるべく今回は防御面を全てオーラに任せ、ターヤは《精霊使い》の頭上に出現させた光で形どられた槍を真下へと一気に落とす。
 だが、高速で戻ってきたアルマジロが、自らの身体をその間に滑り込ませて盾となった。悲鳴にも似た声が周囲に響き渡る。
「!」
 何もできず歯痒い状況下に収められているマンスが、弾かれるようにして《精霊使い》を見開いた目で捉えた。
 彼は予想通りと言わんばかりの満足気な様子になり、右手に持った筆を動かす。
「〈渦潮〉」
 直後、あらかた敵勢を叩き伏せていた前線メンバーを取り囲むように渦潮が発生した。言わずもがな、その周囲で倒れ伏している〔ウロボロス〕メンバーをも容赦なく飲み込んで。
 突然襲いきた激しい水流に呑まれた面々は負けないようにと踏ん張るばかりだ。
 ただ一人驚異的な反応で回避したアシュレイは《精霊使い》を狙うが、やはりひどく疲弊している《鉄精霊》を盾にされては無意識に手加減してしまっていた。
「――〈睡眠付加〉!」
「〈反魔術〉」
 次くようにターヤが《精霊使い》と《鉄精霊》の片方――あわよくば両方を眠らせようと企むが、相手がまた筆で何事かを描けば、それは最初から何もしなかったかのように効果を発しなかった。
「え? 今何したの?」
 事態が飲み込めなかったマンスは、ターヤやオーラへと首ごと驚き顔を向ける。
 少年の質問にはオーラが答えた。
「今彼が使われたのは〈反魔術〉と言いまして、古代の支援魔術です。その名の通り、魔術を打ち消す――無効化する効果があります」
「古代魔術だと?」
 オーラの回答には、エマを筆頭に皆が驚きを顕にする。
 現在使われている固有ではない魔術は殆どが古代に思案されたものだそうだが、詠唱文言が古代語からミスティア語に換えられており、ルーン文字を使わなくても良くなっていたりと魔術自体も簡略化されている。だからこそ術師《職業》ならば使用可能な訳だ。
 反対に、古代に使われていた魔術は、現在のものと比べると非常に扱いが難しい。そもそも詠唱文言自体が古代文字なのだから、現代で扱えるのは魔術の祖とされるエルフや、後はせいぜい《神器》や世界樹の民くらいなものだろう。天才の中の天才ならば人間でも使えるかもしれないが、そのような人物など極々一部でしかない。
 だが、眼前の《精霊使い》はその古代魔術を一つとは言え使ってみせたのだ。驚かない筈がなかった。
「と言う事は、あの《精霊使い》はかなりの術師という事になるのかい?」
 確認するべく視線だけをオーラに寄越したレオンスだったが、それに答えたのはスラヴィだった。彼の視線は一直線に《精霊使い》の持つ筆へと向けられている。
「ううん、多分あの魔道具の力だと思う。〈星水晶〉をコアにして、そこにエルフがルーン文字を刻んだんじゃないかな」
 魔道具は専門外とは言えども、かの《鍛冶場の名工》の言葉には信憑性があった。
「ええ、ラセターさんの言う通り、おそらくあの魔道具にはルーン文字の刻まれた〈星水晶〉がコアとして使用されているのでしょう。〈星水晶〉が少ないマナで強大な力を発揮できる事は〈第二次終末大戦〉で実証済みですし、そこにエルフが直々に刻んだルーン文字がこれ以上はない要因となり、例え術師ではなくとも古代魔術を扱えるようになるかと」
 しかも、かの《情報屋》が彼の言葉を全面的に肯定したものだから、今度こそスラヴィの仮説が正解にも等しいのだと皆が知る。

レイランス

トーリィヨ

アンチマジック

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