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二十四章 重なる冷熱‐exposure‐(3)

 けれど、それを聞いてもセアドがしまったと言う顔になる事はなかった。
「ところがどっこい、〔教会〕の奴らはオレを襲えねぇんだな、これが。何たってオレはフェーリエンの宿屋を一人で回す敏腕で、こいつらはそもそも龍だからな。あと隣のアグハの林が[聖域]だからってのもある。宿屋を襲撃すれば、隣のあそこも無事じゃ済まねぇからな」
「おまえ、やっぱり結構腹黒いだろ」
 唖然としたような顔付きでアクセルが指摘すれば、続いてレオンスが口を挟む。
「ところで、おまえは〔方舟〕の方にはこの事は話したのかい?」
 ギルドに関わる者として、彼はその点が気になっていたようだ。所属ギルドとは無関係な協力関係の締結を個人が結び、しかも相手が〔暴君〕ともなれば。
 だが、相手のリアクションは予想外のものだった。
「ん? あぁ、そう言や何も言ってねぇなぁ。ま、どーせじーさんもオレの勝手にしろっつーだろ」
 言われて初めて気付いたという態度のセアドには、訊いたレオンスだけでなくターヤ達もまた驚き呆れるしかない。しかも彼は慌てる様子も反省する様子も見せずにあっけらかんとしているのだから、アシュレイが反応しない訳がなかった。
「呆れた。〔方舟〕のメンバーのくせに、ギルドには何も言ってない訳? 迷惑がかかるとは思わなかったの?」
 案の定彼女は大きな溜め息を零し、馬鹿じゃないのと言わんばかりの顔になる。
 それでもセアドの振る舞いが変わる事はなかった。
「元々オレは殆どフェーリエンの宿屋ばっかりで、ギルドには全く関わってねぇからなぁ、じーさん達も気にしねぇだろ。寧ろどっかから難癖つけられても、オレはギルドメンバーじゃなかったっつって、しらばっくれるくらいはしそーだな」
 何でもないかのように問題発言にも等しい言葉を口にしたセアドである。
「それはなかなかに薄情だな」
 無論ターヤやアクセル辺りは益々唖然としていたが、この話題を振った張本人であるレオンスは発言内容とは裏腹に面白いとでも言うかのような笑みを浮かべていた。
 そんな彼を一瞥してから、アシュレイは再びセアドにちくちくとツッコミを入れる。
「けど、その宿屋も今この瞬間は閉めてるんでしょ? 休憩地点フェーリエンでそんな事をして大丈夫な訳?」
「夜までには戻るから大丈夫だろ」
 あくまでも緊張感の感じられない言葉ばかりを返される為、溜め息をつくしかないアシュレイである。
「よくもまぁ、そんな適当な理由で今までやってこれたわね」
「まぁ、意外とフェーリエンは宿泊してく客が居ねぇってのもあるんだけどな」
 思っていたものとは正反対な事実に、へー、とターヤは声を出す。それから話題が途切れたと知るや、先程から生じていた疑問をセアドへと向けた。
「ところで、聖域って何?」
 途端に反応を示したのはアクセルだった。
「おま、そこからかよ。つーかこの言葉自体、前にアグハの林で出てきただろーが」
「あれ? そうだっけ?」
 全くもって覚えが無かったので首を傾げてみれば、呆れ顔のままアクセルが脱力した。ターヤは何だか自分が悪いような気がして申し訳なくなってくる。だが、説明された訳ではないそうなので謝る事はしなかった。
 彼女と同じく誰もアクセルには共感を見せず、いつものようにエマが説明を引き受けた。
「聖域と言うのは〈マナ〉の濃度が通常よりも高い場所の事だ。〈マナ〉の濃度が高いという事は、闇魔を寄せつけないという事だからな。アグハの林や聖都の傍に位置する[カタフィギオ湖]、霊峰ポッセドゥートなどがこれに当たる」
 スルーされた青年が恨めしそうにターヤを見ていたが、彼女は気付かないふりをする。
 そこにオーラが補足を入れてきた。
「〔聖譚教会〕――と言いましても初代《教皇》ですが、彼の人は聖域であるが故にカタフィギオ湖の傍に聖都を造ったそうです」
「へー、そうなんだ」
 彼女が言うならばそうなのだろうと疑いもしないターヤである。
「へぇ、嬢ちゃんは詳しいなぁ」
「それが御仕事ですから」
 セアドの声には含みがあるように感じられたターヤだったが、オーラは笑い返すだけだ。
「そう言や、キミらはどうしてこんな所に居るんだ?」
 そこで思い出したようにセアドが問うた瞬間、あ、とスラヴィが声を上げた。
「そう言えば、〔君臨する女神〕との話はどうなったの?」
「あ」
 それから彼が小首を傾げれば、ターヤを筆頭に皆が固まる。
 言われてみれば確かに、当初ヌアークが持ちかけてきていた協力関係の話は有耶無耶になってしまっていた。相手方の事情を聞いてしまった後では綺麗さっぱり忘れる事はできそうにないが、セアドと双子龍というより強大な協力者を得た〔暴君〕にこの話をぶり返す気は、一行の誰にも起きなかった。
 それでも仲間達の意思を確認するべく、アイコンタクトが飛び交う。全員が理解できるか否かはまた別として。
「……ずらかるか」
 口火を切ったアクセルの意見は、満場一致で可決されたのだった。
 この場所に居ると罪悪感ばかりが先行してしまうと感じたレオンスもまた、異論は唱えなかった。
 そして遂に疑問には答えてもらえなかったセアドは訝しげな顔をしていたが、そちらには誰も応えなかった。


 そのまま彼らと別れ、なるべく静かにエスペランサを後にした一行だったが、数メートル進んだところでアクセルやアシュレイと言った気配を読める面々が素早く警戒体勢になった。
 それによりターヤとマンスが同様に気を引き締めたところで、それを待っていたかのように、どこからともなく何人もの男性達が飛び出してきて一行を取り囲む。一見何の変哲もない一般人のような格好をした彼らだったが、一行に向けるその眼にはありありと敵意が浮かんでいた。
「この人達、誰?」
 こそりと耳打ちしたターヤにエマが答えようとするよりも速く、眼前の開いた空間から一人の人物が数歩分進み出てきた。彼は一行を目にすると、無表情の中に驚きを含ませる。
「〔暴君〕の隠れ家から出てきたと思ったら、何だ、あんた達だったんすか」
「《精霊使い》……!」
 彼を目にした瞬間、マンスの中でエンドゥリオ海底洞窟での一件が鮮明に蘇った。同時に心の奥底に仕舞い込んでいた怒りが沸々と浮上してくる。
 一行もまた相手が〔ウロボロス連合〕だと知るや、武器に手をかけた。
 そのような状況下で、ターヤはなぜ秘匿されている筈の〔君臨する女神〕の本拠地を彼らが知っているのかと気になった。しかしすぐに輪から離れた場所に一人の男性と、その足元に拘束されて転がされている男を見つける。彼は大怪我を負ってか気を失っているようだった。
(もしかしてあの人、〔暴君〕の……?)
 彼女が思った通り、彼は〔暴君〕のメンバーで、当初ユリアナの護衛として選ばれた人物だった。〔ウロボロス〕を見つけて追いかけたは良いものの逆に捕えられてしまい、《鉄精霊》を使った拷問の末に〔暴君〕の本拠地がある地域を吐かされてしまったのだ。それでも意地で町の名は吐かなかったのだが、それは余談である。
 一方で、少年を目にした《精霊使い》は呆れたように息をついていた。
「その様子だと、《羽精霊》は役に立たなかったみたいっすね」
「――っ!」
 その言葉で耐えきれなくなった。
「何でそんなことが言えるの!? プルーマは、笑ってたんだよ!? 最期まで死ぬ事に怯えたり、おにーちゃんを恨む事もしないで……笑ってたんだよ?」
 口を突くようにして言葉が飛び出すのをマンスは抑えられなかった。

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