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二十四章 重なる冷熱‐exposure‐(2)

 いつの間にか外まで出てきていたらしいヌアークは、ズラトロクに腰かけながら、興味深いと言わんばかりの表情でセアドへと近付いていく。叱責の声を上げそうになったエフレムを事前に上げた片手で制しながら。
 まさかの《女王陛下》の登場にはセアドも驚いていた。
「まさか《女王陛下》自ら出てきてくれるなんてな」
「ええ、光栄に思う事ね。それで、あたくし達に個人的に協力したいそうだけど、どうしてそうしようと思ったの?」
 顔は微笑んでいるが、目付きはアシュレイ程ではないにしても探るような鋭さを持っていた。
「何でか彼女をほっとけない気がするから、という理由じゃダメか?」
 未だエフレムの腕の中に居るユリアナに視線を寄越しながら、セアドは恥ずかしがる様子も無く言ってのける。
 この告白とも取れそうな発言には思わず感嘆の声を上げて、まるで自分の事のように頬を僅かに赤らめてしまったターヤである。他の面々も揶揄するような表情、驚きの表情とさまざまな変化を見せていた。
 だが、すぐにセアドはおどけたような表情になる。
「それに、元々オレのとこに〔方舟〕の仕事は殆ど回ってこねぇからな」
 ふぅん、とヌアークは興味深そうに喉を鳴らした。面白いと言わんばかりの顔である。
「良いわ。その言葉、試してあげる」
 それから彼女は、ようやくエフレムからユリアナを受け取ったメイドに彼女を介抱するように指示して下がらせ、再びセアドを見た。
「ところで、ユリアのどこがお気に召したのかしら? くだらない理由だったら、あたくしが容赦しなくてよ?」
「キミはまるで彼女の母親だよな」
 セアドが苦笑したところで、ふとターヤは自分達には『嬢ちゃん』という呼称を使っていたセアドが、ユリアと呼ばれたメイド服の少女には『彼女』という呼称を使っている事に気付いた。
(えっと……これって、やっぱり『特別』って事なのかな?)
 そのように考えた瞬間、なぜかエマの顔が思い浮かび、思わずターヤは首をぶんぶんと横に激しく振った。同時に顔が熱くなっている気もした。
「お気に召したと言うか、いろいろと危なっかしいから近くで見ててやらねぇとと思っただけさ。どうにも庇護欲をかきたてられるんでな」
 隅の方でそんな事を考えられているとは露知らず、セアドはまたも羞恥に頬を染める様子も言い淀む様子も無く、さらりと答えた。造りものでも嘘っぱちでも弛んだ感情でもない、本心からの言葉だった。
 何と言うか、いろいろな意味で圧巻だ。エマの顔を何とか振り払った直後ではあったが、そうとしか思えなかったターヤはぽかんと菱形に口を開けるしかなかった。
 流石のヌアークもこの答えには面食らっているようで、珍しく目を丸くしている。
「なら、ちゃんとあの子を見護ってあげる事ね」
 だが、すぐに元の表情に戻り、続いて部下達を見回した。
「そう言う訳で、あたくし達〔君臨する女神〕はセアド・スコットと手を結ぶ事にしたわ」
 宜しくて? と《女王陛下》に言われてしまえば、男やメイド達はともかく、エフレムですら異論を唱える事はできなかった。それでも完全な同意ではない事を示すべく、渋々と言った様子で跪いてみせるだけだ。
「「女王陛下の御心のままに」」
 それからすぐに立ち上がった男達はそれぞれの持ち場に戻り、エフレムはそのままヌアークの傍に控える。
 彼女はセアドに視線を戻して話しかけていた。
「龍にこの町を護らせてくれるそうだけど、勿論、それは今日からやってくれるのよね?」
「ああ。とっくにこいつらとの話し合いも済んでっからな、問題ねぇよ」
「なら、後はあなた達の判断に任せるわ。でも、子ども達や神父様を怖がらせたら、あたくしが黙っていなくてよ」
 表情は変わらぬものの、言葉の端々から本気の色を感じ取ったセアドは肩を竦めてみせる。
「肝に命じとくよ。ま、こいつらなら大丈夫だろ」
 それから、なぁ? と同意を求めるように彼が後方に視線を寄越せば、双子龍は鳴き声で答えた。

 信頼し合っている事が判る彼らの様子を見てから、ヌアークはズラトロクに孤児院に戻るよう方向を転換させた。そして軽く目だけで後ろを見やる。
「これから宜しく頼むわね、セアド・スコット」
 そう言ってエフレムを伴い去っていくヌアークを、セアドは軽い様子でひらひらと片手を振りながら見送った。その背中が建物内に消えたところで、彼は再び一行を見る。
「よぉ、久しぶりだな。今度……も、また一人増えてんのな」
 その眼が動いてオーラを捉えれば、それを待っていたとばかりに彼女はスカートの裾を軽く掴んで一礼する。
「御初御目にかかります、セアド・スコットさん。不詳私オーラと申します。宜しければ、以後御見知りおきを」

 以前、オーラの姿を目にした際にセアドが複雑そうな表情になっていた事を思い出し、自らの事でないというのにターヤの心臓の鼓動が速くなった。

 けれどもセアドは普段通りの様子で、オーラの挨拶へと片手を上げてみせた。
「おぅ、宜しくな、嬢ちゃん」

 その事には、ついつい胸を撫で下ろしたターヤである。

「しっかし、今度はやけに丁寧な奴が来たもんだな。真面目な兄ちゃんと並べてみっと面白そうだよな」
 以前の経験を踏まえてか、セアドはエマを『馬鹿正直』などとは言い表さなかった。が、後半部分でまたしてもアシュレイの地雷を半分踏んでいる事には全く気付いていない。
 即座に察していたアクセルは話題を変えるべく、また相手を茶化すべく口を開く。
「そう言えばおまえ、随分と大胆な発言してたよなぁ。何だ、そんなにあのメイドの子が気に入ったのかよ?」
 相手を肘で小突きながら、ふざける意図を全開にして問う。
 エマが咎めるような視線を送るも効果は無かった。
「ん、あぁ、それか」
 だがしかしセアドの反応は、何かが違うようにターヤには感じられた。それだけが理由ではない気がしたのだ。
「実のとこを言や、彼女の傍に落ちてた鞄から覗いてた包みに、ご丁寧にも《女王陛下》宛てって書いてあってな、彼女が〔暴君〕のメンバーだって気付いたんだ。んで、彼女を送り届けるついでに、これを機にお近付きになってみようかと思ったんだよ。オレら〔方舟〕も、商売敵になりそうな《違法仲介人》の居る〔ウロボロス〕のことは警戒してっからな」
 そしてターヤの直感は見事に当たり、セアドが声を潜めて明かしたのは、彼の何気に腹黒い部分が垣間見える今回の行動の真の理由であった。
 まさかの事実には、アシュレイでさえも呆れた表情を隠せない。
「あんた、それがあいつらの耳に入ったら大変な事になるわよ?」
 これを聞いたセアドは顔の前にすばやく両の掌を上げ、早まるなと言わんばかりに彼女を制止する。
「おっと、勘違いすんなよ? 何もそれだけじゃなくて、何か危なっかしそうな彼女をほっとけなかったってのも、ちゃんとした理由のうちだからな。しかもここが孤児院ときちゃあ、益々ほっとけねぇってもんだろ?」
「貴方は子どもが好きだったのだな」
 納得したようにエマが呟く。セアドの面倒見が良い事を既に一行は知っていた為、こちらの理由にも今度こそ合点がいったのだ。
 彼の言葉にセアドは頷いていた。
「あぁ、子どもは好きだぜ。あと、何かほっとけねぇ奴も好きだな」
「まるで母親のようだね」
 スラヴィの一言は本人からしてみれば何気ないものであったが、これにはセアドが喰いつくかのように反応した。
「おっ、よく解ったなぁ。面倒見が良いだのおかんみてぇだの、よく言われてるぜ。けど、そうでもないと宿屋のおにーさんなんかやってらんねぇよ」
 と、そこでマンスが不安そうな顔となりセアドを見上げた。
「でもおにーちゃん、カレルとテレルを堂々と人前に出しちゃって、だいじょぶなの?」
 龍である双子を人前に出すという行為が〔教会〕に彼を襲わせる原因になるのではないか、と不安に思ったようだ。確かにその通りだとターヤも思う。

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