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二十四章 重なる冷熱‐exposure‐(1)

「だから、あたくし達は〔ウロボロス連合〕を目の敵にしているのよ」
 常の飄々とした表情でも敵を屠る際の狂気的な表情でもなく、どこまでも真剣な表情でヌアークは言った。勿論それだけではないのだけど、と最後に付け加えて。
「それが、きみたちの……」
 その瞳の奥に自分の精霊に対する気持ちと同じものを感じ、マンスは思わず呟いていた。
 途端に常の顔付きに戻ったヌアークは催促する。
「ええ、解ってくれたかしら? それで、答えはどうするの?」
 そうは言われても、マンスは即答はできそうになかった。彼らの理念や背景には共感できたが、だからと言ってわざわざ駒にされたいとは思わなかったからだ。
 と、何やら外から聞こえてくる何人もの声を耳が拾う。何と言っているのかまでは判別できなかったが、それが喜びや楽しみなどの感情でない事は理解できた。
「あら、何だか外が騒がし――」
 いみたい、と続く前に空間自体を強い地響きが襲った。
「「!」」
 それは一瞬で終わったが、何事かと即座に全員が周囲を見回す。
「どうやら外みたいね」
 誰よりも速く、アシュレイがおおよその場所を特定した。
 その言葉を聞いて立ち上がろうとしたヌアークに気付き、エフレムがすばやく彼女の正面に回ってその両肩を押さえ、その場に留まらせた。
「ヌアーク様はここに居てください。貴女に何かあると、私達が困ります」
 言い聞かせるように彼がそう言えば、彼女は渋々と言った様子で動きを止める。
 彼女が一応は納得してくれたと知るや、エフレムは部屋の中に居る男達全員を見回した。全員が頷くのを確認してから、先陣をきって部屋を飛び出していく。
 男達もまた彼の後に続いた事で、室内にはヌアークと一行だけが残された。
「私達も行った方が良いかもしれないな」
「だな、もしもの場合だった時に何もしないのは胸糞わりぃしな」
 互いに頷き合うと、一行もまた部屋を飛び出した。
 そのまま外まで出た一行が目にしたのは、夕焼けを背にしてエスペランサの前に聳え立つかのように鎮座する二頭の龍と、その前に立つ一人のアルビノの青年と、彼に横抱きにされたメイド服の少女の姿だった。
「あれは――」
「テレル! カレル!」
「と、セアド!?」
 思わぬ相手にエマが名前を口にしかけ、それよりも速くマンスが嬉しそうに双子龍の名前を呼び、それに付け加えるようにターヤが驚きを顕にして青年の名を呼んだ。
(彼女はまさか――)
 そしてレオンスは、セアドに抱えられている少女に既視感を覚えていた。
 一方、彼らの正体を知らない〔暴君〕の面々は、警戒からエスペランサを護るような配置になりつつも、どういう訳か相手の青年の腕の中に仲間の少女が居る為、迂闊に動けずにいた。
 龍から降りて早々このような出迎えを受けたセアドはと言えば、困ったような予想通りと言うかのような表情をしている。どうしたものかと彼は視線を彷徨わせて、そこでようやく〔暴君〕の後方に居る一行に気付いた。
「おっ、久しぶりだなー!」
 彼が思わず手を上げて軽く振った事により、エフレム達の険しい視線が一行へと向けられた。
 はぁ、とアシュレイが呆れ顔で溜め息を零す。
「あのねぇ、あたし達に挨拶するよりも先に、こいつらにしといた方が良いと思うわよ」
「そう言やそうだったな、わりぃわりぃ」
 全く持ってそう思っているようには見えないセアドにアシュレイが更に呆れたのは言うまでもない。

 再び〔暴君〕の面々に向き直ったセアドは今度こそ名乗りを上げた。
「オレはセアド・スコット。〔方舟〕ギルドリーダーの孫で、フェーリエンの宿屋で、見ての通り《龍の友》だ」
「それで、私達にどのような用件ですか?」
 地味に複雑な彼の素情、そして特異なその外見に内心では驚きつつも、基本的にポーカーフェイスなエフレムはそれを億尾にも出そうとはしない。
 だが、会話のきっかけさえ掴めてしまえばセアドはいろいろな意味で無敵だった。
「ん、ああ、彼女を送り届けに来たんだ。あと、そのついでに〔君臨する女神〕自体にも用があってな」
 そう言いながら前方へと向かって彼は歩き出す。
 反射的に警戒を強めたエフレムだったが、相手が抱えていた少女ことユリアナを渡された事で思考が混乱の後停止した。それでも身体は無意識に反応して彼女を受け取っていたが。
「彼女、精神的に参ってるみたいだから休ませてやれよ」
 受け取った彼女の身体は軽く、寝息からも眠りに就いている事が解った。しかし、どのような経緯から現状に至ったのかエフレムには推測できない。
「いったい何が……」
「彼女とは、ちょっとした縁でペリフェーリカまで一緒に行く事になったんだよ。まともに受け答えもできねぇくれぇショックを受けてたから、そこで何があったのかはよく解んねぇけど、どうにも知り合いの墓を見ちまったみてぇでな。宥めて落ち着かせて、ようやく眠ってくれたとこなんだ」
 呟いたエフレムに答えるように声を潜めたセアドだったが、静かな空間では一行にもその声がぎりぎり届いていた。
 そして、決定的な情報は無かったと言うのに、その言葉でレオンスは確信してしまった。彼女こそが、レオカディオがよく言っていた『娘』なのだと。途端に罪悪感が胸中で渦巻き始めながら肥大していく。
「ところで、私達が何者なのか理解した上で龍で乗りつけてくるというのは、いささか非常識ではないかと思いますが?」
 さりげない気遣いのできる彼に感心すると同時に若干申し訳なさを感じもしたが、それでもエフレムはヌアークへの忠誠心を前面に押し出す事にした。あくまでも警戒は完全には解かぬままに、これが原因で〔教会〕にも目を付けられる事になったらどうしてくれるのかと非難する。
 けれどもセアドは指摘をされてようやく気付いたという様子も無く、あっけらかんとしたままだった。
「あぁ、それなら問題ねぇよ。オレはキミらに協力を持ちかけに来たんだからな。受けてくれりゃ、こいつらに交代でこの町を護らせるさ」
「は?」
 予想外すぎる発言には、流石のレフレムも表情を崩さずにはいられなかった。
 ちょうど彼からユリアナを受け取ろうと寄ってきていた同僚のメイドも唖然とし、男達もまた驚きからざわついている。
 そして、それは一行も同じ事だった。
「それはつまり、貴方方〔アクィリフェルの方舟〕が私達〔君臨する女神〕と協定を結ぶ、という事ですか?」
 驚愕による硬直からすぐに脱したエフレムは、確かめるように問う。
 世界随一の運搬ギルド〔アクィリフェルの方舟〕は、今現在どのギルドとも協定を結んではいなかった。無論〔ヨルムンガンド同盟〕には参加しているが、ギルド間での協定は結ばない路線なのだと認識されてしまってすらいる程だ。
 そのギルドの、しかもギルドリーダーの孫が協力を持ちかけてくるなど、異例の事態に等しかった。
「いーや、ギルドは関係ねぇよ。今回は、あくまでもオレ個人の、《龍の友》セアド・スコットの決定だからな」
 しかしセアドは否定し、エフレムは少しばかり落胆した。もしや自分達は、あの〔方舟〕に声をかけられるくらい強くなったのではないかと少しばかり期待してもいたからだ。
「――あら、面白いじゃないの」
 そこに割り込んできた第三者の声には、皆が弾かれるようにしてそちらを見た。

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