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二十四章 重なる冷熱‐exposure‐(12)

「オーラは、どうするんだい?」
 見越していたレオンスが優しく問いかければ、彼女はようやく言葉を紡いだ。
「私は、この方を葬ってきます」
 彼女の隣に、と付け加えられたようにターヤは錯覚したが、すぐに気のせいだったと知る。
 そうか、レオンスが返そうとした時だった。
「――何で!」
 突然の叫び声にオーラ以外の視線が動き、声の主であるマンスを捉える。彼はまっすぐに彼女だけを見ていた。
「何でそんな簡単に人を殺せちゃうの!? 何でそんなに淡々としてられるの!? 何で何も言わないの!? 何で、自分で殺したくせに、自分で葬ろうとするの!?」
 抑えられない感情の奔流に導かれるがままにマンスは叫ぶ。それでも答えようとはしないオーラに業を煮やしたのか、少年の顔が裏切られたように歪む。
「……おねーちゃんは、そんな人じゃないって信じてたのに……ひとごろし!」
「!」
 びくり、とその肩が揺れた。表情は未だ誰の目にも見えなかったが、強い衝撃を受けた顔をしているのであろう事は容易に想像できた。
 続けようとしたマンスだったが、レオンスが間に割って入った事で口を噤まされる。
「とにかく一旦落ち着くんだ、マンスール」
 そうは言われても、膨れ上がってしまった激情を簡単に抑制する事などできる筈も無く、またレオンスはオーラには甘いからそんな事が言えるんだとも思ったが、先程彼に正しい説教をされてしまった身であるマンスは渋々黙るしかなかった。
 場が再び静かになると、今度こそオーラはその場に屈み込み、そっと丁寧にアジャーニを抱え上げた。この前の砂漠の時と同様、服や髪などが汚れる事も厭わないという姿勢だった。
 そこまでできるのならばどうして殺したんだと言う顔をしたマンスの目の前で、彼女は捻じ曲げた空間の中に自ら入っていった。
「行こうか」
 その背中を見送ってから、レオンスは皆に声をかける。
 それでもターヤはオーラが消えた場所を見ていたが、すぐに皆に続いて歩き出した。
 悪くなってしまった重苦しい空気の中で話そうとする者など居なかったが、ふとレオンスが後方に視線を寄越してくる。
「ところで、元帥の命令がどうのというアジャーニの発言は、いったいどういう意味だったんだい?」
 そう問うたレオンスの顔付きには何ら変わった様子はなかったが、その眼はまるでアシュレイが如く探るように鋭くなっていた。
 そしてこの質問により、皆もまた先度のアジャーニの発言を思い出す。
 逆に彼女の方がはっと気付いたような表情になり、視線を合わせないとするかのように逸らした。
「守秘義務ですから、答えられません」
 彼女らしくもない軍人としての口上しか、その口からは出てこなかった。
 レオンスが何を言っているのかすぐには理解できなかったターヤだが、少ししてから先程のアジャーニの言葉を思い出した。
(そう言えばあの人、アシュレイの代わりに元帥の命令で『みこ』を連れに来た、って言ってたような……。もしかしなくても、多分わたしのことだよね?)
 以前《世界樹の神子》はその力を利用する者に狙われると聞き、実際にエルシリアに担ぎ上げられそうになったターヤとしては、そういう事なのかと解釈した。
 けれども、なぜ〔軍〕の《元帥》ともあろう者が《世界樹》の加護の力を欲するのかは解らなかった。二大ギルドの片翼ならばエルシリアのような目的ではないのだろうから、もしや闇魔絡みなのかと考える。
(それなら直接言ってくれれば、わたしにできる範囲で力を貸すんだけどなぁ)
 ターヤは話の中心人物でありながら、事態を全くもって予測できていなかった。

 対して、闇魔関連で協力を仰ぎたいだけならば、何もアシュレイを『裏切り者』呼ばわりまでする筈が無いし、彼女が躊躇う事も無いだろうと推測できた面々は、悪い方向に想像していた。
 しかし、アシュレイに『守秘義務』だと突っぱねられてしまえば無理にでも訊き出せそうにはなかったし、オーラの事もあったのでそれ以上その話題に触れる者は居なかった。
 アクセルは、最後まで何も言わなかった。
 辺りは、すっかりと夜になっていた。


 同時刻、男性は巨大な水槽の前に立っていた。無言で見上げる彼の視線の先には、緑色の液体で満たされた水槽の中に閉じ込められた一人の女性の姿がある。
「……どうして、俺はあんたに会いにきたんすかね」
 無意識のうちに口から言葉が零れ落ちた。帰還して早々、どうしてか導かれるようにこの場所へと足が動いたのである。それは、ほぼ無自覚な行為だった。
 けれども、その呟きに女性が応える筈も無かった。彼女の瞼は未だに固く閉ざされたままだ。
 最初から答えを期待していた訳でもない男性は落胆する事も無かった。
「何で、あのガキはあんなに怒ってたんすかね」
 独白するかのように男性は質問めいた独り言を続ける。
「精霊なんて、使役する為の存在じゃないっすか。人の姿にはなれるけど、結局はちょっとばかし人格が芽生えただけの、単なる各〈元素〉を司るだけに存在するものじゃないっすか」
 片手を伸ばし、ゆっくりと押し当てるようにして硝子に触れる。
「人工精霊だって同じっすよ。あんなの、ただの紛い物、精霊の代替品にすぎないじゃないっすか」
 無機物に触れた掌には冷たい感触しか感じられなかったが、男性はそうすれば女性に触れられるような気がしていた。
「……なのに、どうしてあのガキは、あんなに精霊のことで一喜一憂するんすかね」
 それでも、やはり女性は遠かった。厚い硝子一枚と液体とに隔たれているからという訳ではなく、彼女と自分の距離がひどく遠いように男性は錯覚したのだ。そうしてすぐにその通りかと気付き、視線を落として自嘲する。
 その時、女性が動いたような気がして男性は弾かれるように目を上げた。それは気のせいだったようだが、不覚にも口が動く。
「……《鉱精霊》」
 その唇が、どこか躊躇しながらも、静かに女性の名を紡いだ。

  2013.11.12
  2018.03.18加筆修正

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