top of page

二十四章 重なる冷熱‐exposure‐(11)

 当の本人は、蒼白なまま無言を貫いている。その脳内では、まだ連絡を入れてからそれ程時間は経っていないのに、どうして、何でなのニール、などと言った言葉がぐるぐると回っていた。
「……信じていたのに」
 思うところがあるのか、ぽつりと独り言を口にしたアジャーニは彼女から目を逸らすように一行の方へ顔ごと逸らす。
「!」
 と、彼の眼が限界まで見開かれた。その視線の先に居るのは、他でもないオーラだった。
 彼と目が合った途端、彼女の顔から笑みが消失する。その足が動き、先頭であったアシュレイの横をも通り過ぎて、彼と真正面から対峙するかのように一行からは離れた位置まで出てきた。
「おまえは……!」
 同時にアジャーニの表情が憤怒の形相へと変わる。
 またしても発生した事態に、情報が少なく理解まで至れない面々は驚いたままでいるしかなかった。大半の面子の脳内で、先刻の驚きが塗り替えられていた。
「メディの仇!」
 アシュレイの事などすっかりと頭から吹き飛んでしまったようで、アジャーニはオーラだけを睨みつけて感情的に叫ぶ。
「「!」」
 続けて想像を上回る言葉が飛び出した為、更なる驚きが一行を襲った。呆然としていたアシュレイでさえも、その言葉を耳にして弾かれるようにオーラを見る。
 だがしかし、彼女はあくまでも感情を失くした顔のままだ。その眉はぴくりとも動かない。
 その態度が気に食わなかったらしく、アジャーニは益々感情を前面に押し出す。
「何も……言うことは無いのかよ!」
「私は、貴方に言う事など何一つとしてございません」
 きっぱりとオーラは相手を切り捨てる。その声は初めて聞く冷たさだった。
 瞬間、アジャーニが息を飲み、これ以上は無いと言って良い程の激情を顕にした。
「っ……ふざっ、けんなぁぁぁ!!」
 感情を爆発させるや否や、彼は彼女に向かって突撃していく。
 反射的にオーラを護ろうとしたレオンスだったが、見越していた彼女により出された右腕で制された。
 その間にもアジャーニは懐から武器を取り出し、オーラへと襲いかかる。手元ですばやくそれを振り回して回転させ、十分に勢いがついたところで彼女目がけて投げつけた。
 ボーラ。ロープの先端に球状の重りを取り付けた投擲武器で、元々は狩猟用だからなのか殺傷能力はそれ程高くない代物である。
 軍から支給された剣を使っている彼しか知らないアシュレイは驚く。
「〈盾〉」
 しかし、それはあっさりとオーラの防御魔術によって阻まれる。
「くそっ!」
 彼としては渾身の攻撃を、眉一つ動かさないどころか下級魔術で防がれた事で、アジャーニの苛立ちの加速は止まるところを知らなかった。まるで抑えきれない怒りをぶつけるかのように、悪態をつきながら何度も何度も同じ攻撃を繰り返す。
 対照的にオーラは冷めた目をしていた。相手の攻撃に合わせて既に発動している〈盾〉の位置を動かすだけで、その場からは一歩たりとも移動していない。
「愚かですね。なぜ、より殺傷能力の高い方である剣を使われないのですか? それとも、腰に帯刀されているそれは飾りなのですか?」
 顔色を微塵も変えぬまま、オーラは淡々とアジャーニに指摘を入れる。ターヤには、わざと火に油を注ごうとしているようにしか思えなかった。
 案の定アジャーニはいっそう激昂し、尚の事がむしゃらに攻撃を行うようになる。
(オーラ、何を考えてるの……?)
 彼女の意図が解らず、けれども声をかける事もできずに、ただターヤは突っ立っていた。

 そのまま同じような状態がしばらく継続されたが、唐突にアジャーニが攻撃を止めてすばやく後退した。オーラを睨みつけたままボーラを懐に仕舞い込み、そして躊躇うように腰の剣へと手を伸ばした。
 とうとう本気で殺す意思を突き付けられてもオーラは何も言わなかったが、彼女がそれで良いと言っているようにターヤには感じられた。
(……もしかして、オーラは本気で戦わせようとしてるの?)
 そう思い付いた瞬間、嫌な予感が胸中を渦巻く。止めなきゃ、と思った時には遅かった。
「――あぁぁぁぁぁぁ!!」
 剣を手にしたアジャーニは雄叫びを上げながらオーラへと突進していく。構えも何もあったものではない、激情に任せた無謀な一撃だった。
 ところが、何を思ったのかオーラは防御魔術を消す。
「! オーラ!」
 彼女の意図に気付いたレオンスが、制止するかのように鋭く名前を呼んだ。
 まさか殺されるつもりなのかと察した他の面々も止めようと動く。彼女が採掘所前で命を捨てようとした事を知っているからこそ、尚更だった。
 それよりも速く凶刃が少女へと迫り、そして吐血したのは青年の方だった。
「「!?」」
 予想とは正反対の事態に皆が驚く。
 刃の先端がオーラの左胸まであと少しというところで、アジャーニは上空から降ってきた幾つもの太く鋭い氷の槍に刺されていた。術者本人をも巻き添えにしたそれが致命傷を与えたのは、幸か不幸かアジャーニに対してだけだった。
 からん、と音を立てて彼の手から剣が落ちると同時、氷の槍もまた消え失せる。
「く、そっ……!」
 悪態と共に血を吐き出しながら、アジャーニが地へと倒れ伏した。
 そんな彼の様子を、止めを刺した張本人であるオーラは凍えた表情で見下ろす。
「――私は、決して貴方と『彼女』に謝罪はいたしません」
「っ……!」
 その言葉に更に激昂したようで、アジャーニは何事かを叫んだ。だが、既に死の淵に立っていた彼の声は言葉にはならず、空気に溶けて消える。
 そしてそのまま、今度こそアジャーニは地へと顔を突っ伏して死亡したのだった。
 青年の死体を見下ろしながら、まるで黙祷を捧げるかのようにオーラは目を閉じる。しかし数秒も経たないうちに開けてしまう。
 眼前で瞬く間に行われた殺人行為にマンスは唖然とし、ターヤは口元を押さえるしかない。状況としては以前採掘所前でブレーズを殺そうとした時のようでもあったが、あの時とはオーラの様子がまるで別人のようだ。
 アシュレイが、一歩進み出た。
「……あんた、何でアジャーニ中将を殺したのよ」
 発言内容こそ咎めているように聞こえたが、その声に含まれていたのは非難ではなく疑問や悲哀や後悔といった感情だった。
「ただ、このまま復讐に囚われて生き続けているよりは、死んで彼女の許へ行かれた方が彼にとっては良いのではないかと思っただけです」
 オーラは振り向かなかった。ただ物言わぬ死体と化した青年だけを見下ろしていた。
 けれど、ターヤには彼女が悔やんでいるように見えた。
(オーラ……)
 何の意味も無い事は解っていても、その名を呼ぶしかターヤにはできない。
 しばらくはその空気のまま誰もが黙り込んでいたが、レオンスがゆっくりと口火を切る。
「とにかく、まずはここを出て[鉱山の麓ベアグバオ]に行こうか。いろいろとあったからな、町で休んだ方が良いんじゃないのかい?」
 思うところはあったものの、このままこの場に居続けても仕方がないと思った皆は彼に賛同する。
 しかし、オーラだけは無言のままだった。

ページ下部
bottom of page