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二十三章 苦悩の正者‐fault‐(11)

「え、えっと、それで、わたし達に具体的には何をしてほしいの?」
 とにかく話題を逸らそうとしてターヤが口を挟めば、今度はヌアークの目が彼女を捉える。
 途中で有耶無耶にされてしまったマンスは若干不服な様子だった。
「別に、あたくし達の傘下に下れと言う訳じゃないわ。ただ、〔ウロボロス〕関連で遭遇した際には協力しましょうと言うだけなのよ」
「あたりまえよ。誰があんたの手駒なんぞになるか」
 けっ、と吐き捨てんばかりに言ったアシュレイを、鋭い目でエフレムが睨みつける。
 そちらは日常茶飯事であるかのようにスルーし、ヌアークは再びマンスを見た。
「どう? 悪い話ではないと思うのだけれど?」
 自分だけで決めて良いのかと不安になったマンスは、思わず困った顔をレオンスに向ける。
 彼に頼られた事が密かに嬉しかったレオンスだが、彼と同じく自分一人で決めて良い事ではないと考え、エマやアシュレイへと視線を送る。
 アイコンタクトを受け取った面々同士でも無言の会話が行われる光景を眺めながら、やはり彼らは超人なのではないかと真面目に考え始めそうなターヤである。そんな呑気な事を彼女が考えている間にも議論は終了したらしく、全員の視線がヌアークに戻る。
「話し合いは終わったみたいね」
「ええ、満場一致だったわ」
 皆を代表して答えたのはアシュレイだった。あの《女王陛下》を相手にするならば彼女が適任だと、ここでも全員の意見が一致したのだろう。
「悪いけど、あんたの申し出は却下ね」
 全く持って言葉通りには思っていない様子できっぱりとアシュレイが断れば、ヌアークの表情が不機嫌なものへと一変する。
「あら、あたくしからのせっかくの誘いを断るって言うの?」
 瞬間、どこからともなく現れた男達が武器を構えて一行を取り囲んだ。
 それを見たターヤとマンスは驚いて瞬時に警戒体勢となり、アクセルやエマ達は予期していたらしく逆に男達に武器を突きつけ、そしてアシュレイは呆れたらしく大きな溜め息を零してみせる。
「やっぱりね、あんたの事だから実力行使に出ると思ったわ。選択肢を用意してるように思えて、実際は自分の思うように進めたがるのがあんただし、そもそも部下を潜ませてるのなんて気配でばればれだったわよ」
「あら、よく解ってるじゃないの」
 くすくすと楽しそうにヌアークは嗤う。
 彼女とアシュレイはそういうところでも対局なのか、とターヤは場違いのような事をふと思う。それから、今回は男達が口を挟んでこない事を不思議に感じた。
「確かに、あんたはあたし達を表面上は部下扱いしないでしょうけど、上手く誘導して駒にしそうだもの。と言うか、絶対そうするわね」
 疑う余地など微塵も無いとばかりにアシュレイが言いきれば、ヌアークが正解だと言わんばかりにぱちぱちと両手を叩き合わせた。
「ええ、その通りよ。だってぇ、あたくしの大事な大事な部下達を捨て駒なんかにしたくないものぉ」
 小馬鹿にしたような笑みだった。アシュレイが相手だからなのかヌアークは本音を隠そうともしていない。
 そして、この発言には一行を包囲中だと言う事も忘れ、男達が感極まった表情となってヌアークを見つめた。どこまでもあなたについていきますとその顔には大きく書かれている。
 宗教ギルドも顔負けなこの崇拝っぷりには一行が唖然とする。
「その大事な大事な部下達を平伏させて嘲笑ってるのは、どこのどいつよ」
「あら、でもこいつらは嬉しそうだけど? ねぇ、あたくしに嘲笑わられるのなら本望でしょう?」
 切り返しには切り返しで対抗してからヌアークは男達へと視線をやる。
 彼らは両者の言葉をしっかりと理解した上で、それでもヌアークに心酔しきっただらしのない表情を浮かべたままだった。
「「はい、我らが《女王陛下》!」」
 しかも声を揃えて肯定するものだから、救いようがないと一行に思わせる結果となる。

「だからこいつらは苦手なんだよ」
 はぁ、と隠す事無くアクセルは溜め息をつけば、スラヴィが首肯で同意の意を示す。
「俺が言うのもなんだけど、まるで操り人形みたいだよね」
「あら、それは言い得て妙ね」
 まるでそれがあたりまえだと言うかのように――否、それをあたりまえの事として認識しているヌアークは、もう男達など居ないかのようにスラヴィの言葉に反応している。
 話が進まないどころか脱線していると気付き、アシュレイは話題を変えた。
「だいたい、どうしてあんた達はそこまで〔ウロボロス連合〕に拘る訳? マンスみたいに精霊絡みって訳でもなさそうだし、そもそもの理由も解らないのに協力できるとでも思ってた訳? そんなの、理由を持ってるあたし達からしてみれば、ただの迫害と同じじゃない」
 侮蔑するかのようなアシュレイの言い分には男達が表情を一転させるが、事前にヌアークから何かを言われていたのか押し黙る。
 エフレムは険しい目付きでアシュレイを睨んだまま、やはり無言を貫き通していた。
 ヌアークに至ってはそれすらも愉快だとばかりに嗤っている。
「あら、言うじゃないの。でも、それもそうね。良いわ、特別に教えてあげる」
 あくまでも上から目線な彼女には、けっ、と再び吐き捨てたアシュレイであった。
「〔ウロボロス〕には《禁忌研究者》――世間では違法とされる研究に手を染めている奴らが居るのは知っているでしょう? 奴らはね、精霊から人工精霊を造り出すだけじゃ飽き足らず、攫ってきた何の罪も無い子達を……特に護ってくれる者の居ない孤児を人体実験に使っているのよ」
 瞬間的にヌアークからそれまでは不動に等しかった笑みが消失し、代わりに凍てつく冷たさが前面へと押し出される。
 ある程度は予想できていた事実とは言え、ターヤは自身の顔から血の気が引いていくのに気付いても止める事はできなかった。想像しただけで恐ろしい。人が、同じ人をモルモットのように扱うと言うのか。
 ふとヌアークは表情を変えた。懐かしそうに追想するかのような顔で、壁の外に広がっているであろう空を見上げるかのように視線ごと首を横へと動かす。
「あたくしはここの神父様と子ども達にね、一生をかけても返しきれない程の大きな恩があるの。この子達の人生を脅かしかねない奴らを許す訳にはいかないわ」
 首が再び動き、今度は男達を見回した。
「彼らもね、それぞれに〔ウロボロス〕の連中に対する恨みがあるのよ。何より、こんな厳つい顔に反して大の子ども好きばかりだもの、あたくしの考えにはすぐに同調してくれたわ」
 彼女がそう言えば、そうだと力強く肯定せんばかりに男達が大きく首を縦に振る。
 けれども疑い深いアシュレイにはそう易々と信じられる筈もなく、その眼がヌアークを突き刺そうとする。
「強制的に従わせたの間違いじゃなくて?」
「確かに最初は強制的に平伏させてしまったけど、あたくしの理念を知った後は自ら賛同してくれたのよ。自分の意思であたくしに同意してくれる人には、この能力も効果が無いようだもの」
 憤慨する様子もなくヌアークは事実だけを述べる。
 それを聞いたアシュレイは《女王陛下》らしい能力ね、と独り言を口にした。
 皮肉の意が込められた呟きをヌアークは最初から聴覚で認識しなかったかのように聞き流す。そうして、顔を元の場所へと戻した。
「だから、あたくし達は〔ウロボロス連合〕を目の敵にしているのよ」
 常の飄々とした表情でも敵を屠る際の狂気的な表情でもなく、どこまでも真剣な表情でヌアークは言った。勿論それだけではないのだけど、と最後に付け加えて。

 

  2013.10.28
  2018.03.14加筆修正

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