top of page

二十三章 苦悩の正者‐fault‐(9)

「既に気付いておられるかとは思いますが、現在この町は私達〔君臨する女神〕の統治下にあります。ですが、資金も人手も足りておらず、なかなか復興は進んでいないのが現状です」
 一行の反応に気付いたのか先頭のエフレムが解説してくれた。
「〔軍〕でも、この町の状況は度々議論に上がってるわ。けど、今は手も資金も殆ど裂けないのが現状ね」
「でしょうね。〔軍〕も犯罪者や〔騎士団〕のお守で精一杯のようですから」
 エフレムの皮肉には、返す言葉も無いと言わんばかりに小さく肩を竦めてみせたアシュレイである。彼女もエスペランサの現状を憂いてはいるのだろう。
 ただ単に〔ウロボロス連合〕を敵視し排斥しようとしているだけのギルドではなかったのか、と〔暴君〕への認識を改め始めたところで、ターヤは子どもの姿が目立つ事に気付いた。なぜ、このような町に子どもがあんなにも居るのだろうかと考えて、この町に孤児院があった事を思い出す。
 ディルファー孤児院という名のその施設は、名前通りラフィタ・ディルファーという人物が経営している孤児院だ。種族も出自も問わず、身寄りの無い子どもなら誰でも引き取る事で知られている施設である。その思想に共感する人々からの寄付もある事にはあるが、他種族や異端視される人々を受け入れるその姿勢を嫌う者も少なくはないそうだ。
 それでも、かの〔暴君〕によって護られているのならば、過激な人々による被害などの心配は無さそうだとターヤは密かに安堵を覚えた。罪の無い子どもが死ぬのは想像するだけでも嫌だった。
 と、一行が向かっていると思しき正面の建物から数人分の人影が出てくる。その中心で子ども達に囲まれ引っ張られる形となっている初老の男性は、エフレムに気付くとにこやかな顔で声をかけてきた。
「おかえり、エフレムくん。おや、その子達はお客さんかな?」
 それからその後ろに居た一行に気付いたようで、不思議そうな表情になる。
 エフレムもまた彼へと一礼して答える。
「ただいま戻りました、ディルファー様。この方々はヌアーク様の客人です」
「そうか、ヌアークちゃんのお客さんか。ゆっくりしていきなさい」
 あの《女王陛下》を事もあろうに『ちゃん』付けで呼んだ事に一行が唖然としている間に、初老の男性は子ども達と共にどこかに行ってしまった。
 取り残されたような形になっている一行を、エフレムは呆れたような目で見る。
「こちらです」
 そう言ってずかずかと先に行ってしまう彼を、我に返った一行は慌てず追いかけた。そのまま正面の孤児院らしき建物へと入るかと思いきや、迂回して裏側へと回らされる。そこには人二人が通れるくらいの大きく頑丈な扉があった。
「なるほど、孤児院が〔君臨する女神〕の本拠地をも兼ね備えているという事か」
「はい。その方が子ども達とディルファー様を護りやすいので」
 エマの呟きに応え、エフレムは扉を何度かノックする。それは決まったリズムで行われており、どうやら中に入る為の合言葉の役割を努めているようだ。
 ノックが終わると同時に内側から扉が開かれる。
「どうぞ」
 自らはドア番を引き受けて一行を中へと入らせてから、エフレム自身は最後に滑り込むように入って扉を閉めた。それから再び先頭に立ち、廊下を進んでいく。
 その間に、ふと疑問を思い立ったアクセルは先導役へと声を放った。
「なぁ、何でおまえらは堂々とこの町に本拠地を構えねぇんだよ?」
 ターヤも内心で彼に同意する。〔君臨する女神〕の《女王陛下》という名だけでもかなりの効力はあるだろうし、何よりヌアークは一般人ならば強制的に平伏させる事ができるからだ。あの《精霊使い》は無理だとしても、それ以外の〔ウロボロス連合〕のメンバーならば従えさせられるのではないのだろうか。
「エスコフィエ様のギルドとは異なり、この町自体には相手への完全な抑止力となるものは何もありません。ある意味では、ヌアーク様だけで成り立っているギルドなのですから」
 エフレムはレオンスを一瞥してから皮肉気に答えた。

 気付かれていたのかと彼は肩を竦めてみせる。
「確かに、俺達の場合は本拠地カンビオが流通の主要地で、そこに何かあると惑星全体が機能しなくなる恐れがあるからな」
「それと、カソヴィッツさんが出かけたところを狙って襲撃されてしまう場合も考慮しているのでしょう。彼女の性格からして、常にギルドに籠っているだけというのは許容されないでしょうから」
 オーラの説明も加わって、なるほど、とターヤは思う。あれだけ畏怖されたり対応に困られたりもしていた〔暴君〕にも、そこまで力がある訳でもないようだ。
 その後は会話が無くなるも、すぐに一行は建物の奥――一つの扉の前へと辿り着いた。
「こちらです」
 再びドア番を務めたエフレムが扉を開け、一行を中に入らせる。
 広めの室内の奥には豪奢な椅子が鎮座しており、そこには一人の幼女が偉そうに腰かけていた。
「あら、思っていたより速かったのね。もっと遅いかと思ってたわぁ」
「《女王陛下》に招かれたからには急がなくちゃいけないと思ったのよ」

 彼女が揶揄すれば、アシュレイが受けて立つ。二人の間で火花が散ったようにターヤには見えた。
 扉を閉めてから傍に来たエフレムへと、ひとまずヌアークは視線を移す。
「ごくろうさま、エフレム。そうそう、ちょうどついさっきユリアが出かけたのだけど、その様子だとすれ違わなかったようね」
 途端にその表情が動く。
「いえ、見てもいませんが……彼女だけで行かせたのですか?」
「ええ、本人たっての希望でね。あいつらは今殆ど出払っているから護衛も一人しかつけられなかったけど、すぐそこだから大丈夫だとは思うわ。あたくしとアリアネも危ないと言ったのだけど、あの一生懸命な顔で押し切られてしまうと、ねぇ」
 ふぅ、とそこでヌアークは頬に手を添えて溜め息をつく。わざとらしさの欠片も無い、純粋に心の底から心配しているような顔と声だった。
 エフレムもまた同様の顔付きになる。そうして今度は二人揃って息を吐き出す。
「何してんのよ、あいつら」
 アシュレイがそれを見て、訳が解らないと言わんばかりに呆れ顔で眉根を寄せた。


 その頃、ヌアークとエフレムから密かに心配されている件の人物ことユリアナ・コルテーゼは、一人で機械都市ペリフェーリカに向かっていた。本拠地を出る際に一人護衛をつけてもらっていたのだが、ムッライマー沼を抜けたところで〔ウロボロス連合〕のメンバーらしき怪しい挙動を取る人影を見つけてしまい、渋る護衛を説き伏せて行ってもらった。そして彼女は一人で、あと数十メートルもない目的地へと向かったのだ。
 だが、目的地も目前というところでユリアナはモンスターに襲われた。狼が二匹と数はそこまで多くはなかったが、非戦闘員の彼女には最悪とも言っても過言ではない事態であった。思わず足が竦む。
「っ……!」
 口からは声にならない悲鳴が上がった。
 モンスターの方は見つけた獲物に舌舐めずりし、そして彼女目がけて跳びかかる。
 反射的に目を閉じる。おとうさん、と少女は心の中で叫んだ。
 しかし、狼の鋭い爪や牙が少女の柔肌を引き裂くよりも速く、その間に発生した突風が吹き飛ばすようにして狼達を元の位置まで押し返していた。
 何事かと驚いて目を開けて上空を見上げたユリアナの視界に映ったのは、二頭の巨大な赤き龍と、その片方の背に乗っている青年の姿だった。
 最強の種族たる龍に驚いた狼達は、即座に踵を返して一目散に逃げていく。
 ユリアナもまた龍に気を取られ、つい先程まで自分を狙っていたモンスターの事などすっかりと忘れていた。初めて目にする龍に驚き、ただただ茫然と見上げるだけだ。その桃色の瞳は、普段とは異なり丸くなっていた。
「――大丈夫か?」
「っ!?」
 声をかけられて、ユリアナはその場で跳びはねんばかりに驚いた。そこでようやく、いつの間にか龍が地に足を付けており、自分の傍には青年が立っている事に気付く。

ページ下部
bottom of page