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二十三章 苦悩の正者‐fault‐(7)

 これを聞いた面々はだいたいの事情を理解したが、マンスには解らなかったらしい。
「そうだけど、それとおにーちゃんとどういう関係があるの?」
 険しい顔付きをしているマンスは、先程の魔導機械兵が人工精霊への対応策であるのではないかという点が気になって仕方がないのだろう。何せエフレムはそこに関しては、まだ何も言ってはいないのだから。
 勿論そこについては忘れていないエフレムである。
「私達〔君臨する女神〕は〔ウロボロス連合〕と対立関係にあります。ですから、貴方が彼らを敵視しているのであれば協力した方が良いのではないかと思いまして、この度はお誘いに参りました。それに貴方が人工精霊の相手をしてくだされば私達は人間の方に集中できますし、貴方も邪魔者が居ない状態で人工精霊を助けられるのではないかと思われますが」
 それまでは〔暴君〕について知らなかったマンスもこの説明で理解し、そしてその利点を見いだせたようで、確かに、という顔になった。
 加えて中規模ギルドたる〔暴君〕と協力できれば、今までよりは早くマンスの望みである精霊達の解放が可能になる。逆に彼らの利点は少ないのではないかとも思ったが、おそらくは手駒が欲しいのだろうと一行は結論付けていた。
「どうでしょう、悪い話ではないと思うのですが」
 予想通りそこまで悪い返事にはならなさそうだと踏んで、エフレムは畳みかけるかのように押す。
 思わず彼に返答しようとしたマンスだったが、それよりも速くエマが言葉を滑り込ませていた。
「悪いが、マンスと私達は仲間なのだから、私達にも少し考える時間が必要だ」
 だから事を急くなと、彼は暗にエフレムを牽制していた。
 これも予測の範疇ではあったので、あっさりとエフレムは引いた。
「では、その代わりに頼みたい事があるのですが、宜しいでしょうか?」
 ただし、これだけは譲れないとばかりに彼は二つ目を持ち出す。一つ目が成功しなかった場合を想定して用意しておいた次の手だった。
 レオンスが目を細めた。
「頼み事、と言うのは何だ?」
「頼みと言うのは他でもありません。皆様には、私と一緒にエスペランサまで来ていただきたいのです」
 殆どの者にとっては予想外の内容だった。
 寂れた街エスペランサ。五年前の〈軍団戦争〉の影響を受けて、住人が減り町自体も寂れてしまった都市である。現在は孤児院が一つ細々と経営されているだけで、他には何も無いと言って良い。
「で、そこに行って何をする訳?」
「行けば解ります」
 探るような眼でアシュレイが問うも、案の定エフレムははぐらかすだけだった。
 今度はアクセルが重箱の隅を突っつこうとする。
「けどよ、今はまだ、俺らとおまえらは協力関係じゃねぇんだぜ? はいそうですかつって簡単に信じられる訳が無ぇだろーが」
「確かに貴方の言う通りですね」
 尤もだ、とエフレムは次の手を思案する。
「いいえ、行くわ」
 だが、それよりも早く彼を擁護する声が上がっていた。
 予想外の声に驚いて視線を動かした彼は、すぐにその声の主がアシュレイである事を知る。なぜ彼女が自分を支持するような発言をするのだろうか、と脳内を疑問が駆け巡った。
「行ってやろうじゃないの。あんた――いいえ、ヌアークの思惑に乗ってね」
 エフレムは素直に驚いた。
「気付いていらっしゃったのですね」
「あたりまえでしょ。あたしを誰だと思ってる訳?」
 ふん、と鼻を鳴らしてからアシュレイはエフレムに背を向ける。彼は彼女の発言に何事か言葉を返したげだったが、その内容が自分に対する皮肉だろう事を彼女は解りきっていた。故に無視しておいた。

 振り返ったアシュレイにはターヤが声をかける。
「アシュレイ、何で良いって言ったの?」
 アクセルの言葉を尤もとだと感じ、アシュレイは率先して反対しそうだと思っていた彼女には、正しく寝耳に水状態だったのである。
 この問いにはアシュレイが声を潜めた。
「これはまだ予測の段階でしかないんだけど、エスペランサには〔暴君〕の本拠地がある可能性が高いのよ。それに、あいつらは何をしてでも協力関係にこぎつけたいみたいだし、後回しにすると面倒な事になりそうなんだから、それに乗ってやるのも一興じゃない」
 最後は不敵な笑みを浮かべてみせたアシュレイである。
 彼女らしいと思いつつも、決意の変わらぬうちに用事を済ませてしまいたいレオンスは本音を隠して苦言を呈してみる。
「けど、幾ら可能性が高いとは言っても、予測の域を出ないんだろう?」
「いえ、スタントンさんの予測は当たっておられますよ」
「「!」」
 それまで何も言わずに成り行きを見守っていたオーラが突如として口を開いた上、さらりとアシュレイの言を肯定したものだから、ターヤとマンスは跳び上がりそうになってしまった。
 逆にアクセルやエマなどは驚かなかったが、《情報屋》の肯定には表情を動かしていた。
「貴女がそう言うという事は、事実なのだろうな」
「なら、アシュレイの案に乗ってみるか。これが終わったらちゃんと行くから、レオンもそれで良いか?」
 自分以外の皆は基本的には賛成派なのだと察し、渋々ながらもレオンスは承諾した。
 かくして全員の意見が概ね一致したところで、アシュレイはエフレムを首だけで振り返る。
「こっちの意見は纏まったわよ。で、案内してくれる訳? それともしてくれない訳?」
 そこには明らかな挑発の意図も少しばかり含まれていたが、エフレムは気にしないよう努めた。きっかり四十五度になるまで腰を曲げて礼をする。
「勿論、案内させていただきます」
 あくまでも変わらぬ様子で応じたエフレムを見て、アシュレイはそうでないと面白くないという笑みを浮かべた。そして一行を率先するかのように彼の後についていく。
 皆もまた彼女の後に続いた。
(そう言えば、レオンはどこに行きたいんだろ?)
 そしてターヤはと言えば。彼の用事が後回しにされた事に関連して、ふと今更な疑問を覚えていた。それは今考えるべき内容ではないと彼女自身も解っていたが、気になってしまったからには仕方がない。
(もしかして、ペリフェーリカでの一件と何か関係あるのかな?)
 結局レオンスが〔ウロボロス連合〕のメンバーを殺したのかどうかは解らなかったが、あの後から宿屋に戻ってくるまでは様子がおかしかった事と言い、彼の突然の発言の裏にはその一件が関わっているようにターヤには思えてならなかった。
 そっとその横顔を窺ってみても、今は少しばかり不満そうな色が浮かんでいるだけだ。
(それにレオン、何だかマンスのことを気にかけてるみたいだし、もしかしてマンスに関係がある事だったりとか?)
 何気に鋭いターヤは、アシュレイに次いで二人の関係性に薄々気付き始めてもいた。
 だが、やはり疑問だけが次々と生じてくるだけで彼女の中では何も解決しなかった。寧ろ軽く混乱しただけだ。
 そうこうしているうちに、一行はエスペランサへと辿り着く。町の入口付近には見張り番らしき男が居たが、エフレムの姿を見ると逆に頭を下げて通してくれた。
「ここが、エスペランサ……」
 そうして目にした光景に――想像していた以上の寂れ具合に、ターヤは目を瞬かせて唖然とした。
 今は使われていないのであろう幾つかの建物は放置され、その窓硝子にはヒビが走り、壁には植物が伝い、窓や扉などが破損している物もある。町の周囲ではモンスター避けの為なのか男達が塀を建設しているが、完成までは時間がかかりそうな様子だった。
 皆も同じ感想を抱いているようで、口は開かず視線を四方八方へと向けている。

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