The Quest of Means∞
‐サークルの世界‐
二十三章 苦悩の正者‐fault‐(10)
彼女の反応には青年の方も少しばかり驚いたようだった。
「っと、悪ぃな。驚かせちまったか」
「あ、い、いえ……大丈夫です」
「そっか、なら良かったよ。んで、キミはこんな所で何してんだ?」
青年としては戦えなさそうな少女が一人でフィールドに居る事が気になっての質問だったのだが、この問いにはユリアナの方が大いに慌てた。彼女は自分達〔君臨する女神〕が一部からあまり良くは思われていない事を知っており、その一員だと知られるとギルドに迷惑をかけてしまうと思ったのだ。
彼女の様子から名乗りたくないのだろう心情を察した青年は、すぐに言い直す。
「あー、いや、キミがどこの誰で、何をしようとしてるのか知りたい訳じゃないんだ。ただ、困ってんなら目的地まで送ろうと思ったんだよ。いつもは殆ど仕事はしてないけど、オレも一応は〔方舟〕のメンバーだしな」
名乗らなくて良いと言われた事に安心すると同時、青年の素性にユリアナは目を丸くした。
「〔アクィリフェルの方舟〕の人なんですか?」
「あぁ、オレはセアド・スコットっつってな、いつもはフェーリエンで宿屋を経営してるんだよ。今日は久々に〔方舟〕の方の仕事を引き受けてな、今からそこのフェーリエンに行くとこなんだ」
その青年ことセアドがそう言ったところで、少女が目を見開いた。どうしたのかとセアドは考えて、そこで普通ならば目にする事は殆ど無い龍を連れていた事に気付く。
「ん? あぁ、あいつらが気になんのか? オレと契約してるから人は襲わねぇし、ペリフェーリカで用事を済ませたらとっととずらかるから大丈――」
「い、いえ! そうではなくて、その……」
勘違いをされている事を知ったユリアナは慌てて口を挟む。それから説明しようとするが、このような事を口にするのは厚かましくないだろうか、という思考になって言葉を途切れさせてしまった。
顔に思考が出やすい彼女を見て、セアドは助け船を出してやる。
「もしかして、キミもペリフェーリカに用があるのか? ならこれも何かの縁なんだろうし、オレと行かねぇか?」
「! い、良いんですか……?」
思いもよらぬ言葉に驚いたユリアナは、顔色を窺うように問い返す。
「あぁ。それにキミは一人で行かせると、また襲われそうな気もするしな」
苦笑したセアドには、恥ずかしさから頬を染めて顔ごと視線を落としてしまったユリアナである。
「んで、どうすんだ?」
ここまで言っておけば大丈夫だろうと推測し、セアドは改めて訊いてみる。
相手の確認を得ていたユリアナには断る理由も無く、彼女は遠慮がちに頷いた。
「あ、えっと……お願い、します」
「ん、良いぜ。この依頼、〔方舟〕の名にかけてお引き受けします」
後半はわざとらしく畏まってみせたセアドを見て、ユリアナは思わず笑いを零してしまったのだった。それもまた彼の策略だとは知る由も無く。
かくして龍を連れた〔方舟〕の青年と目的地に行く事になったユリアナだったが、もうそれ程距離もないので龍達には付近で待機していてもらい徒歩で行く事になった。道中セアドとはずっと言葉を交わしていたが、〔暴君〕のメンバーでも普通に話せない者は居ると言うのに、どうしてか彼との会話は楽しかった。
そうこうしている内にペリフェーリカに到着し、街の入口のところでユリアナはセアドに断って工場地帯へと向かった。ある工場に頼んでいた品が完成したと今朝〔暴君〕に連絡が来たので、特に何の予定も無かったユリアナが取りにきたと言う訳だ。
帰りも近くまで送ると言ってくれたセアドの言葉を思い出しながら、もしかすると彼とは仲良くなれるかもしれないとユリアナは思う。無意識のうちに表情が緩んで笑顔になっていたが、彼女は気付かなかった。
そのまま工場まで行って預かっていた代金と注文の品を交換し、それを鞄に仕舞い込んだユリアナは速足で集合場所と決めた街の入口へと向かう。どうしてか、早く彼に会いたいと感じた。
と、そこで何かに後ろ髪を引かれたような気がした。
弾かれるようにして振り返るが、そこには通ってきた工場の立ち並ぶ通りがあるだけで、通行人どころか外に出ている職人すら居なかった。気のせいだったのだろうかと首を元に戻しかけて、それに気付いた。
昨日起こったという火災の痕跡を残す建物と建物の間、工場地帯の端であるそこからは別所へと道が続いており、その先を示す立て札には『墓地』と記されている。
その文字を目にした瞬間父の顔が思い浮かび、何かに導かれるようにして、ふらふらとユリアナはそちらに足を向けていた。そうして入り口付近でとある石碑が視界に入ってきた時、彼女は硬直した。
その石碑には『レオカディオ・コルテーゼ、ここに眠る』と刻まれていた。しかも七年くらい前の物ではなく、ごく最近に作られたとよく解る新しさだった。
「……おとう、さん……?」
上手く声が出てこなかった。絞り出されたような掠れ声で、ユリアナは呆然と呟く。嫌な予感を肯定するかのように両足から力が抜け、彼女はその場にへたりと座り込む。けれども脳内は眼前の墓で埋め尽くされていた。
いつまで経っても戻ってこない彼女を心配したセアドが捜しにくるまで、ユリアナはそこから動けなかった。
「ところで、本題にはいつ入るの?」
一行にはよく解らないヌアークとエフレムのやり取りに終止符を打たせたのは、それまでは成り行きに任せるような形となっていたスラヴィだった。変わらぬ無表情で彼は問う。
水を差されたようなヌアークは少し不機嫌そうに彼を見てから、すぐに表情を正して一行全員を見回す。
「風の噂で聞いたわよ。あなた達も〔ウロボロス〕の奴らと敵対しているんでしょう?」
「風じゃなくて間者の間違いじゃないの?」
「そうとも言うわね」
呆れ顔のアシュレイに笑みを絶やさないヌアークと、二人は外見だけならば普段通りだったが、その間にはまたしても火花が散っているようにターヤには思えた。
これではなかなか話が進まなさそうだと思いレオンスは口を挟む。
「だが、どうしてマンスールを名指ししたんだい?」
「あら、〔屋形船〕のギルドリーダーじゃないの。会うのは初めてだと思うけど」
彼に視線を向けたヌアークは楽しそうに嗤う。
何が楽しいのかレオンスには理解できなかったが、紳士として微笑み返しておいた。
「そうだな、君とは初対面だよ。それで、俺の質問に答えてくれないかい?」
「ええ、良いわよ」
そう言ったヌアークは、次に彼ではなく話題の渦中に上がった少年ことマンスの方を見た。思わず肩を跳ね上げた少年を見て、薄く笑う。
「聞いた話だと、あなたは四精霊の何人かと契約しているそうね」
案の定、ヌアークはマンスの事も少なからず知っているようだった。しかしエフレムが彼を名指ししてきた時点で予想がついていた事でもあるので、本人以外に驚く者は居ない。
「ただの子どもなら用は無かったのだけど、あなたのその力は魅力的なのよ」
地味に失礼な事を言われていると知り、マンスは頬を膨らませた。
「そう言うきみこそ、ぼくとおんなじくらいなんじゃないの?」
「あら、あたくしは確実にあなたより年上よ? だってあなた、せいぜい十一、二歳くらいでしょう?」
「確かにぼくは十二歳だけど、どう見たってきみの方が年下だよ!」
更に頬をぷっくらと膨らませてマンスは抗議する。実に子どもっぽい仕草だった。
対してヌアークは常の余裕さを保っており、実際のところは解らなかったが、精神だけならば彼女の方が年上だと思うだけに止めておいた一行である。