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二十三章 苦悩の正者‐fault‐(7)

「――こういう神経ですよ」
 答える声があった事に再度ターヤは驚く。反射的に見れば、一人の男性がこちらに向かってきており、その顔には見覚えがあった。
(あの人、確か鍾乳洞の前で〔ウロボロス〕と交戦した時に、ヌアークと一緒に居た……)
「まさか本当に〔暴君〕の《執事》エフレム・カルディナーレだったとはな」
(あ、それだ!)
 名前までは思い浮かばなかったターヤだが、タイミング良くレオンスが呟いてくれた事で思い出せた。
 一方、アシュレイは変わらぬ表情でエフレムを見ている。
「あんた、前よりあたしに対する対応が適当になってないかしら?」
「いえ、まさか」
 あっけらかんとして白を切るエフレムにはアシュレイも追及しない。
「で、何の用だよ? つーか誰に用があるんだよ?」
 続いてアクセルが問えば、思い出したように彼は本題に入った。
「ああ、そうでした。スタントン様のせいですっかりと忘れてしまうところでした」
 わざとらしい声だった。本人の指摘通り、どうやらエフレムはアシュレイをあまり快くは思っていないようだ。理由は解らないが、もしかすると今までの事例のようにギルド絡みか彼女絡みなのだろう。
 以前の戦闘における二人のやり取りでは特に仲が悪いようには見えなかったのだが、とターヤは疑問に感じた。しかし、そう言えばあの時は戦闘の真っただ中だったと思い出し、平素になるとまた態度も対応も違うのかと何となく納得した。
「失礼ながら、私と戦っていただきたいのです」
 そう言うや否や、エフレムはどこからともなく短剣を取り出し、先頭に居たレオンス目がけて一直線に襲いかかってきた。
「!」
「全く持って失礼なんて思ってないじゃないの!」
 即座にレオンスが武器を手に取り交戦すべく前方へ駆け出すと同時、アシュレイがツッコミを入れるかのように叫び、同様に眼前の敵の許へと向かう。
 しかし、それを見越していたかのようにエフレムの後方からビームが彼女目がけて照射された。
「!」
 反射的にそれを難なくかわしたアシュレイだったが、すばやくそちらに意識を向ける。
 そこに居たのは二機の魔導機械兵だった。先日ペリフェーリカで暴走していた機種とは異なり、コアが露出せずに硝子のような透明なパーツに覆われていた。
「あれって特殊な素材……? 何かは解らないけど、あれを使う事でコアを護りつつも、今まで通り百パーセントの動力を出せてるのかな」
「ええ、ペリフェーリカで開発された最新型だそうです」
 目を凝らしながら魔導機械兵を観察し推察するターヤには、レオンスと刃を交えたままのエフレムから肯定の言葉が返される。
 これにはアクセルが唖然とした表情になる。
「おいおい、〔暴君〕は今度は機械に手を出し始めたのよ」
「人工精霊を使役する〔ウロボロス連合〕への対抗策、という事か」
 エマが推測を述べた途端、マンスが弾かれるようにしてエフレムへと叫んだ。
「それって、精霊達を倒すっていう事!?」
「最悪の場合には、そうなるかと思われます」
 どこか躊躇うように答えてから、エフレムは一旦後方へと下がる。
 レオンスは追おうとしたが、それよりも先に魔導機械兵が前に出てきた。放たれたビームを彼は避けるが、すぐに隣のもう一機から同じものが発射される。
「『展開』」
 だが、それを見越して前に出ていたエマの不可視の盾により攻撃は阻まれた。

 次のビームが充填されるまでの僅かな隙に、アクセルは一機の、アシュレイとスラヴィはもう一機の許まで行き攻撃を仕かけた。けれども最新型とだけあって装甲は硬く、弱点であるコアを破壊しようにも前面の透明のパーツにも強度があった。相手に殆どダメージを与えられないどころか、逆に動きを止められずに反撃を喰らうばかりである。無論小さい傷は仕方がないとしても、致命傷になりかねない攻撃は回避していたが。
 加えて制御装置を持っているのであろうエフレムから攻略しようにも、彼は魔導機械兵を盾にしたり動き回ったりとなかなか一行側に捕まえさせなかった。しかも、エマは後衛二人の許に戻りオーラは黙って成り行きを見守っている為、彼を追えるのがレオンスしか居ないという点もあった。
 余談だが、言わずもがなアシュレイやアクセルは内心でオーラに舌打ちをしていた。
 しかし、何も彼らの攻撃手段はそれだけではない。
「――〈火精霊〉!」
「――〈降り注ぐ光〉!」
 前衛中衛組が前線で攻防を繰り広げている間にもマンスが《火精霊》を召喚し、ターヤは現在エフレムが居る場所を中心とした一定範囲内に光の雨を降らす。命中精度には自信が無いので数撃ちゃ当たる戦法にしたのだ。
 これによってエフレムは迂闊に動けなくなり、実質的にその場に縫いとめられるような形となる。
 マンスは続けて《火精霊》の制限を解くと、彼に魔導機械兵を攻撃させようとした。
 けれども、火龍が炎弾を放つよりもレオンスがエフレムを制圧するよりも速く、彼が手元で何かを弄れば魔導機械兵二機は一転して後方へと撤退した。
「え」
 間の抜けた声を上げてマンスが停止する。契約者の驚きが伝わったのか《火精霊》の動きも止まり、何事かと残りの面々もエフレムを見た。
 彼は手元の何かを操作して魔導機械兵を一行とは反対方向に向かわせてから、その姿を透明にして隠していた。
 あちらを詰問するよりも前にこちらだ、と言うような顔でレイピアを鞘に収めたアシュレイは、鋭い目付きでオーラを視界に捉えた。
「あんた、何で何もせずに突っ立ってたのよ?」
「カルディナーレさんからは私達に対する殺気も敵意も感じませんでしたので、加勢する必要が無いと判断致しました」
「あっそ」
 暗にアシュレイ一人に対してだけは敵意を感じた――もしかすると殺意も感じたかもしれないと言うオーラには、知ってるわと言わんばかりの適当な返事をアシュレイは放る。
「で、結局あんたは何しに来た訳?」
 それから彼女はエフレムに問う。最初から答えは期待していないらしく、その声には投げやりな色が表れていた。
「小手調べです」
 それを受けてエフレムもまた適当に返す。
 あれだけやっておいてそう言いきるのか、とターヤは目を瞬かせた。
「あんた、あたしのことが嫌いよね」
「ええ、貴女はいずれヌアーク様にとっての障害になりそうですので」
 言葉では確定せずとも、その声色は確信していた。
「そもそも、今回は貴女ではなく彼に用があったのですが」
 まるでアシュレイが悪いとでも言うかのような表情になり、そしてエフレムはマンスへと顔を向けた。
 予想外の事態には皆が驚き、彼を追うようにしてそちらへと視線を移す。
「え、えっと、何でぼくなの?」
 いっせいに視線の集中した当人も同じく驚き顔になっていた。
「貴方とは初対面ですが、風の噂で〔ウロボロス連合〕を嫌っていると御聞きしました」
 風の噂ねぇ、と含みのある声でアシュレイが呟いていたが、エフレムはそれをさらりと無視する。

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