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二十三章 苦悩の正者‐fault‐(4)

「やはり、御二人はそのように仲が宜しい方が良いと思いますよ」
 彼ららしい元のほんわかした空気に戻ったのを見計らって、オーラはするりと口を挟む。それから音も無く二人と距離を開けていたレオンスに目配せした。
 労われたのだと解った彼は彼女にウインクする事で返答とし、ふと気付いたように室内を見渡す。
「そう言えば、アシュレイとアクセルはどうしたんだ?」
「ああ、アシュレイなら――」
 エマが答えようとしたところで、タイミング良くゆっくりと扉が開かれた。室内に入ってきたのはアシュレイだったが、その随分と覇気も精神も削られてしまったような様子には皆が疑問を覚える。
 けれども彼女に自ら問いかけようとする猛者は居らず、やはりここはエマの出番だった。
「アシュレイ? 何かあったのか?」
 そこで初めてエマを認識したようで、少々驚いたようにアシュレイは彼を見た。
「エマ様……いえ、その……」
 彼だと知るや、彼女は何事かを話そうとするが、かなり口にしづらそうな様子である。
 アシュレイにしては珍しいその様子に、多くの者が顔に驚きを表したのも当然と言えば当然だった。
 ただしエマはそこから何事かを察したようで、すぐに首を軽く横に振る。
「いや、良い。訊いてすまなかった」
 すみませんとアシュレイが小さく謝ってエマがこれで終わりと言う雰囲気を醸し出せば、この話はうやむやになる。
 ここで流した方が良いのだろうと勘付き、レオンスはわざとらしく声を上げた。
「そうそう、前から気になっていた事があるんだけど、今訊いても良いかな、マンス?」
「えっ、何?」
 勿論いきなりの事なので、マンスが戸惑わない筈がなかった。
 少年の反応にあたりまえかと思い、それでもできれば訊きたかったからこそ、レオンスは冗談でも話題換えでも終わらせるつもりはなかった。
「いや、少し確認したい事があるんだ。だから、良ければ教えてくれないか? 勿論、話したくなければ話さなくて良いよ」
「その言い方はずるいかも」
 むぅと両頬を膨らませて抗議したマンスだったが、それでも仕方がないと言わんばかりに息を吐き出す。
「良いよ、仕方がないから答えてあげる。何が訊きたいの?」
 予測した通りの反応を取ってくれる少年の扱いやすさを心配しながらも、今はそこに感謝して、レオンスは先程決めた覚悟を動員し始めた。
「おまえは、前に人を捜していると、見つけたい奴が居ると言っていたよな? それは、いったい誰なんだ?」
 触れられるどころか覚えているとも思っていなかったようで、少年が両目を見開く。
「おにーちゃん、覚えてたんだ」
「ああ、ずっと気になっていたんだ。だから、良かったら教えてくれないか?」
 レオンスの真剣な眼差しに押され、目を合わせていられなくなったマンスは思わず視線を逸らした。皆になら話しても良いかと思うが、そうしてしまうと決意が揺らいでしまうような気もしていた。
 他の面々は黙って成り行きを見守っている。
「……ぼくの本当の名前はね、チコ・テスタバルディって言うんだ」
 だが、唐突に少年が本名を明かした為、いきなり何の話になったんだという混乱が彼らを襲う。と言うか『マンスール・カスタ』というのは本名じゃなかったのか、という疑問も浮上してきた。
 その中で、レオンスはやはりと言わんばかりの顔をしていた。
 そしてターヤはと言えば、こちらこそ本当に女の子のような名前だなと思ってしまったので、目敏く気付いたらしい彼に即座に不満そうな顔で見られた。
「む、また女の子みたいだと思ったでしょ!」

「あ、ごめん……」
 覚えてたんだなぁ、と思わず苦笑したターヤである。彼を少女と間違えてしまったのは出会った当初の事なので、あれからかなり時間も経っている筈なのだが。
 その思考も薄々察していたマンスだったが、剥れつつも話を元に戻す。
「それでね、ぼくのおとーさんはダリル・テスタバルディって言ってね、おかーさんはハナ・カヴァーディルって言うんだ」
「あたしの記憶が正しければ、ハナ・カヴァーディルという名前は確か〔機械仕掛けの神〕のギルドリーダーのものね」
 二人目の名前には心当たりがあるようで、アシュレイが口を開く。戻ってきた時のおかしな様子は最早微塵も感じられなくなっていた。
 彼女に対してマンスは首肯した。
「うん、ぼくのおかーさんは、そこの座長? だったんだ」
 ここまで聞けば、勘の働く数人にはおおよそ話の先が読めた。
「という事は、貴方の捜している人物と言うのは――」
 彼らを代表するかのようにエマが確認するべく言葉を紡ぐ。その発言は中途半端に途絶えたが、彼が何を言わんとしているのか少年にも察しはついていた。故に、しっかりと首を縦に振る。
「うん。ぼくは、おとーさんとおかーさんたちの仇を……〈マキナの悲劇〉の犯人を見つける為にも旅してるんだ」
 その言葉に、レオンスがマンスからゆっくりと視線を落とした。
「けど、もう事件から七年も経っちまってるんだし、あまりに無謀すぎねぇか?」
 心配の色を隠さずにアクセルは言う。責める気も止める気も咎める気も無かったが、甘く考えているのならば軽く灸を据えてやりたいとは思っていたのだ。
 マンスもそこに関する自覚はあるらしく、言葉に詰まる様子を見せた。
「それは、そうだけど……でも、どうしても見つけたいんだ」
「ま、別におまえがそこまでしてぇんだったら、俺に止める権利は無ぇけどな」
「けど、もし見つけられたらどうするの?」
 アクセルが選択を彼自身に委ねたところで、今度は試そうとしているかのようにスラヴィが尋ねる。
 この核心に迫るかのような際どい質問には、当の本人どころか外野もまた反応を見せた。それによって、自然と室内全体を緊張が覆う。
「もし、おとーさんとおかーさんたちの仇を見つけたら……」
 少しの時間を置いて、少年から発された声は途中で切れた。そうして彼が言う決意をするだけの時間を取ってから、ようやく続きは皆の目の前に提示される。
「ぼくは、その人を殺すかもしれない」
 躊躇いがちに、けれどはっきりと告げられた声には皆が息を飲む。そこまでの覚悟だとは思いもしていなかったのだ。
 弾かれるように口元を押さえたターヤは、震える声で問う。
「殺すかもしれない、って、本気なの……?」
 まさかマンスがそのような事を考えているなどとは思いたくなかった。
 蒼くなりかけている彼女の顔から視線を逸らして、やらかしてしまったと言うような表情になりながらもマンスは気まずそうに答える。
「解らない、けど、多分そいつを前にしたら、ぼくは頭の中が真っ白になっちゃうと思うから」

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