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二十二章 悪夢は廻る‐machine‐(8)

「……全く、随分と厄介な物を用意してくれたものね」
 一度これでもかと言うくらい苦々しげに舌打ちをしてから、アシュレイは軍人達へと声だけを飛ばす。
「ここは私達で対処しますから、貴方達は逃げ遅れた人々の捜索と救助を優先してください! 並びに、もしもこの騒動を先導している者が居た場合は捕縛を!」
「「はっ!」」
 一応は上官に当たるアシュレイの指示に対して敬礼で返答すると、軍人達は四人とは別の方向へと駆けていった。
「さてと、あたし達はこの魔導機械兵を何とかしましょうか」
 彼らの背中は見送らず、すぐにアシュレイは人型魔導機械兵へと意識を向け直す。
 周囲に居た少しばかりの魔導機械兵は既に軍人達によって無力化されていたので、もう襲ってくる事は無い。敵は眼前の人型だけだった。
「で、でも、このおにーちゃん? って、人、だよね……?」
 だが、アシュレイの言葉にはマンスが動揺を見せた。
 幾ら魔導機械兵とは言え、人間に魔導機械を埋め込んだ存在とあってはやりづらい事この上無い。そもそも素体となった人間がまだ生きているのか、それとも既に死んでいるのかさえも判らない。
 無論、アシュレイもそこについては何とも思わない訳ではない。だが、彼女は軍人だ。軍人は人々の安全の為ならば、時には非情にならなければならないのだから。
「けど、今はもう『人』じゃないわ。実際は生きてるのか死んでるのかも判らないけど、あれはもう『機械』よ。それに今は微動だにもしてないけど、さっきそいつを襲ったところからして一般市民に害をなす可能性があるし、何より、彼がとっくに死んでいるのなら、これは死者を冒涜する行為だもの。軍人として放ってはおけないわ」
 努めて淡々と述べながら、彼女はレオンスを一瞥する。
 彼は、この発言に両目を大きく見開いていた。そこからしても普段とは様子が大きく異なっている。
「あたしはあの魔導機械兵を破壊するわ。やりにくいってんなら、あんた達は下がるか移動するかしてなさい」
「ま、待ってくれ!」
 前方を見据えてそう言った瞬間、焦ったような声が斜め前から上がる。言うまでもなくレオンスだった。
「何よ?」
「あの人は、その……」
 そちらを見ずに問うが、はっきりとした答えは返ってこない。軽く確認したところ、アシュレイに向けられていた顔は逡巡の色で染まっていた。面倒だ、と直感的に感じた。
「あれがあんたの知り合いだって事は何となく解ったわ。けど、だからあたしに攻撃するなって言いたい訳? ならどうしろって言うのよ?」
 ついつい声も刺々しくなってしまう。
 アシュレイの言い分を尤もだと思ったのか、レオンスはぐっと言葉に詰まった。それでも諦めきれないようで、しつこく食い下がろうとする。
「それなら、時間をくれないか? 俺が、あの人を説得してみる」
「はぁ、良いわよ。なら、説得してみせてちょうだい」
 強情な彼に呆れ果て、投げやり気味にアシュレイは了承した。
 その事にひとまずは安堵すると、レオンスは眼前の人物と改めて向き合った。勢いでああは言ったものの、実際は何も考えてなどいなかった。それでもレオンスは、彼をもう一度殺したくはなかったのだ。
「……レオカディオ」
 一生分もの勇気を全て消費するくらい遠慮がちに名を呼んでも、相手から反応は無かった。思わずレオンスは一歩踏み出す。

「俺は――」
 言う前に、斬撃が襲ってきた。
「!」
 驚いて反射的に避けようとも後方に倒れ込むも、元居た場所を攻撃が通る前にその軌道上にはアシュレイが武器ごと割り込んでおり、尻もちをつくような姿勢となったレオンスを抱えるようにしてオーラもまた彼の横に来ていた。
 けれども、レオンスはそこにすら気付けなかった。ただただショックを受けていた。
 オーラは気遣うように表情を歪めて彼を見、アシュレイは淡々と一瞥する。やっぱりね、という一言は心の中に留めておいた。
「あんたがやれないんだったら、あたしがやるわ」
 そう言うや否や、彼女は相手の剣を弾き返し、そのまま押し返すようにして肉薄する。
 レオンスは何事かを言いかけたが、それは言葉にはならず、すぐに無意味な音のまま空気に溶けるようにして消え失せた。
 そんな彼を導くようにオーラが立たせて後方へと下がらせている間にも、アシュレイは人型魔導機械兵と交戦し続ける。襲いくる斬撃を軽く身体を動かすだけで避けて、できた隙に相手を素早く突く。最初からほぼ、これの繰り返しだった。本来ならばコアを一突きで終わるのだが、見たところ露出しても見えてもいないようだった。
(基本的に、魔導機械兵はコアが露出してるものなんだけど……)
 魔導機械兵の弱点である筈のコアが露出している、あるいは見える位置に組み込まれているのは、動力であるコアを最大限に動かす為だ。魔導機械にしても魔道具にしても、心臓且つ動力源であるコアは奥底に厳重に隠されてしまうと、途端に動きが悪くなってしまう。原因はそうすると使い手から〈マナ〉が注入されにくくなってどうのこうのらしいが、生憎と専門外なのでアシュレイには理解不能な領域である。無論、最悪の事態に備えて破壊しやすくする為というのもあるようだが。
 ちなみに魔道具は魔術が使えない者でも似たような恩恵を得られるようにと開発された物だが、魔術が使えないという事は〈マナ〉を自ら魔力に変換できないという事なので、魔道具は注ぎこまれた〈マナ〉を魔力に変換するという機能も持っている。これが魔導機械兵になると、自立型にすべく使用者が離れた位置から操作できる制御装置が別にあるそうだ。
 今度は大振りにハンマーが振られるが、これも難無くアシュレイはかわす。今まで以上の大きな隙に、試しに少しの反撃は負う覚悟でコアを探してみようかと思い立ち、
「〈体感停止〉」
 突如として、眼前の魔導機械兵が硬直した。
 同時にアシュレイもまた動きを止め、その魔術を使った相手を肩越しに睨み付ける。
「何してる訳?」
「彼の動きは私の魔術で止められます。ですから、ひとまず待っていただけませんか」
 詰問するような強さだったが、未だレオンスを脇で支えたような態勢のままのオーラは気にしたふうも無く、自らの意見を押しきろうとするかのように頼む。冷静に真剣に、けれどもどこか焦っているかのような様子だった。
 意外だ、と思うよりも苛立ちを覚えた。眉間にしわが寄る。
「何、あんたもそいつに絆された訳? 意外と解る奴なのかと思ってたけど、その評価は覆さなきゃならないみたいね」
 吐き捨てるようにそう言いながら、心の奥底では彼女を認めかけていた自分が居る事に更に苛々が募る。
「いいえ。ただ、もう少しだけエスコフィエさんに時間をくださいませんか?」
 あくまでもオーラは表面上だけは冷静だ。
 そこも含めて彼女が気に入らないアシュレイは益々顔に浮かぶ険を強め、二人の間で火花が散りかける。
 オーラとレオンスの斜め後ろ辺りで立ち尽くす形となっているマンスは、おろおろと困ったように彼女とアシュレイを交互に見ていた。
 その上空に浮かんでいる《水精霊》は無言で契約者の指示を待っている。

スティーム

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