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二十二章 悪夢は廻る‐machine‐(7)

 けれども、退屈な時間は唐突に終わりを告げる。
「――できた!」
 いきなり背後から歓声が上がると同時、魔導機械兵達がまるで時を止められたかのように停止し、次いでいっせいにその場に崩れ落ちたのだ。誰が何と言おうともターヤの仕業である事が間違いなかった。
 倒す前に止められちまったか、とアクセルは若干残念に思いつつも、とりあえずは功労者たるターヤに労いの言葉でもかけてやるべく振り向き、
「!」
 未だ稼働し続ける魔導機械兵がどこからともなく現れ、魔導機械と向き合ったままの彼女の背後に立っているのを目にした。
「ターヤ!」
 慌てて叫んだエマの声で彼女が振り返ると同時、無慈悲な刃が降り下ろされる。
 だが、それは少女へと届く前に、四方八方から伸びてきた何本もの鎖によって雁字搦めに縛りつけられ固定されていた。無論、その本体諸共。
「スラヴィ!」
 自分を襲おうとしていた魔導機械兵よりも、ターヤの意識はそれを拘束してくれている人物の方に向く。
 名を呼ばれた少年は彼女を一瞥する。そして視線を捕えた敵へと戻した。
 どうやらこの魔導機械兵は他の物と比べると力が強いようで、スラヴィが柱の間に鎖を巡らせて作り上げたほぼ全方位からの拘束をも、内側から強制的に破ろうとしている。
「こいつ、他の奴らとは造りも違うみてぇだな」
 アクセルの言う通り、彼の魔導機械兵は今まで目にしていた機種よりも一回り大きかった。無論それだけではなく、目に見えて太くなったアーム部分には銃口らしき穴が幾つも見受けられる。
「なぜか稼働しているところからも見るに、用心に越した事は無さそうだな」
「もう持ちそうにない」
 エマの言葉に重ねるようにスラヴィがそう呟いた瞬間、魔導機械兵は戒めを自ら強引に引き千切ってみせた。
 これを見たアクセルは真面目さとからかいとがごちゃ混ぜになった表情を浮かべる。
「これはちょっとばかし手こずりそうだな」
「だが、こちらに危害を加えるのならば倒さなければなるまい」
「だな」
 言うや二人は武器を構え、スラヴィも再び袖の中で暗器を用意する。
 彼が相手の動きを止めてくれている間に距離を取ったターヤもまた、皆を援護するべく杖を構えた。どうやら相手はこれまでの魔導機械兵よりも強いらしく、自然と緊張感が増す。
 だが、そんな少女の予想に反して、戦闘はものの数秒であっさりと終わる事となる。
 まず魔導機械兵が再び襲いかかろうとしてきたところでスラヴィが再び何本もの鎖を飛ばして動きを封じ、それならばと放たれた弾丸は全てエマが展開した不可視の盾で防ぎ、その隙に懐に飛び込んだアクセルがコアごと相手を真っ二つに斬り裂いたからだ。
 かくして、ターヤは何もせずに戦闘は即終了となったのであった。
「何だ、呆気ねぇな」
 大剣を肩口で軽く何度か叩きながら、つまらなさそうにアクセルが足元のガラクタを見下ろす。
「今はその方が良いだろう」
 そんな彼に対してはエマが若干呆れた様子を見せる。普段の事ながら、毎回同じように対応する彼は意外と律義なのだろうか。
「……ターヤ」
 そのような事を考えながら壊れた魔導機械兵を観察しようかと近付いていったターヤだったが、躊躇いがちに名前を呼ばれたので振り返ると、やはり声の主はスラヴィだった。何か言いたげな様子の彼に小首を傾げる。
「スラヴィ?」
 名を呼んでみても、すぐには何も言われなかった。

 しかし、彼はそれ程時間をかけずに言葉を口にする。言いにくそうに、それでもきちんと伝えようとして。
「その……イーニッドの所につれていってくれて、ありがとう」
 予想外の言葉を向けられたターヤは、思わず目を瞬かせてしまう。
 先程の事を引きずったままだと思われていた事に、それもそうかと内心苦笑しつつ、スラヴィは進んで仲介人を務めてくれた彼女にもう大丈夫だという事を示す。
「ちゃんと向き合えたから、これからはもう逃げない」
「そっか、それなら良かった」
 決意の色が籠った顔付きと瞳に、ターヤは安堵を覚えた。もうイーニッド関連ではスラヴィは大丈夫だと解った上、彼を彼女の許に連れていった自分の判断が決して最悪ではなかったのだと、間接的にではあるが言ってもらえたのだから。
「にしても、こいつは何だったんだよ。ターヤがあの機械を止めたってのに動いてたしよぉ」
 訝しげなアクセルの言葉で、二人もまた先程倒したばかりの敵を再び見る。
 三人に叩きのめされて動かなくなってしまった魔導機械兵は、今は壊れてしまったようで完全にその機能は停止していた。コアが光を失ってただのガラクタと化している点から、そこは間違いない。
「でも、この魔導機械兵はあの機械に動かされてた訳じゃなかったみたい」
 件の魔導機械兵を見下ろして隅々まで観察しながら、ターヤは自身の結論を導き出す。
 一応の専門家である彼女の意見を聞いたエマが思案する。
「という事は、この魔導機械兵を動かしていた要因が他にあるという事か」
「うん、そうだと思う。もしかすると、あの機械で動かされてたグループと、別の要因で動かされてたグループがあって、この魔導機械兵はそっちなのかもしれないし」
 不安げに工場地帯の方向を見た彼女に気付き、エマは皆を見まわして一つの提案を示した。
「一応、こちらの魔導機械兵は制圧したに等しい。私達も工場地帯に行ってみよう」
 この言葉に反対する者など居なかった。
 すぐさま首肯してみせたアクセルとスラヴィ同様、ターヤもまた首を縦に振る。ただし、不安を拭いきれないという表情のままで。
「うん。何だか、嫌な予感がするんだ」


 その頃、ターヤの悪い予感を肯定するかのように、アシュレイ達は衝撃的な事態に対面していた。
 突如として現れた人型魔導機械兵を目にした彼らは、軍人達と共に驚きを隠せないでいた。なぜなら、それは人間を直接魔導機械化した存在であり、軍法で違反とされている以前に、一般常識的に考えても悪魔の所業としか思えないからだ。
 だが、レオンスの驚きようは彼らの比ではなかった。それまで見せてきた彼らしさなど、そこには微塵も残っていないのだから。
 そして、マンスは彼が口にした名に聞き覚えがあった。
「レオカディオって……!」
「〔機械仕掛けの神〕の、主要メンバーの御一人の名でしたね」
 眼前の人型魔導機械兵を警戒しつつもレオンスに意識を裂きながら、苦々しげにオーラが答えた。
 機械仕掛けの神。それは世界最大の娯楽の一つとして絶大な人気を誇り、人々に愛されていたサーカスギルドである。《猛獣使い》アリアネ、《道化師》レイフ、《天の花》クロリス、そして《地上の覇者》レオカディオ、といった面々が特に有名な主要メンバーであった。
 だが、彼らは七年前のとある日、公演中に突如として発生した大量虐殺――〈デウス・エクス・マキナの悲劇〉によって壊滅した。当時私情により長期休暇を取っていたアリアネは助かったが、それ以外のメンバーは全員が死亡したとされている。当時公演を見に来ていた客達もまた、全員が犠牲になった。老若男女を問わない、無差別殺人だった。そして七年が経過した今でも、その事件の動機はおろか犯人すらも見つかっていないのだ。
「じゃあ、おとーさんとおかーさんの――」
 マンスの言葉は中途半端なところで、いきなり空気に溶けるようにして途切れる。
 それでも、レオンスは眼前から目が離せなかった。心臓の鼓動が、ひどく煩い。その目は虚ろで何も映してはいないというのに、まるで自分一人を凝視しているかのように感じられてしまった。

​デウス・エクス・マキナ

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