The Quest of Means∞
‐サークルの世界‐
二十二章 悪夢は廻る‐machine‐(6)
「ったく、これじゃキリが無ぇぜ! つーか、スラヴィの奴はどこに行きやがったんだよ!?」
言われて初めて、ターヤは彼の姿が見えなくなっている事に気付く。
「え、あれっ? 本当だ!」
「どうやら、魔導機械兵を倒すうちに逸れてしまったようだな」
冷静に分析しながら、エマは魔導機械兵の心臓であるコアを槍で一刺しして破壊した。
「スラヴィの奴、戻ってきてから何かおかしかったけどよぉ、何があったんだよ?」
これまた入れ物ごと豪快にコアを真っ二つに斬り捨てながら、振り向かずにアクセルはターヤへと訊く。その時には既に、彼の目は次の獲物を捉え、大剣を持った手はそちらへと動いていた。
しかし、問われた方のターヤはどう答えれば良いのか考えあぐねる。スラヴィのプライベートに関わる話だけに、容易に口にはできなかった。
「えっと、ちょっといろいろとあって……」
「ったく、こんな時に限ってめんどくせーなぁ」
一度舌打ちをしたアクセルは、その腹いせと言わんばかりに魔導機械兵を一刀両断した。追及する気も、根掘り葉掘り訊く気も元から無かったようだ。
そこに安堵してから、ターヤは周囲を取り囲む魔導機械兵へと意識を戻す。丸く平べったい胴体に四本のアームを取り付けたような姿が、四つん這いになって大勢で同じ動きをする様は、ある意味で不気味だった。
「とにかく、一度ここから動いた方が良いだろう。このままでは何も進みそうにない」
「だな。最初からずっとこんな感じだしよぉ」
エマの提案に同意するや否や、アクセルは衝撃波を前方へと放った。
それにより幾つかの魔導機械兵達が倒れて道が開いた隙を狙い、アクセルとターヤを抱えたエマはそこを通り抜けて包囲網を脱出する。一度距離を取って体勢を立て直し、いいかげん状況の転機を図るつもりだった。
だが、どこを見ても、進む先には廃棄された機械の山しか見当たらなかった。あれらでは一時的に身を隠すには不便だろう。
何か良さそうな別の場所はないかと視線を走らせていたエマの横で、おっ、と何事かを発見したらしきアクセルが声を上げる。
「とりあえず、一旦あそこに退避しよーぜ」
そう言って彼が示したのは、つい先程破壊されたかのように壁と天井の一部分だけが無くなっている建物らしき残骸の内部だった。どうやら中規模程度の倉庫だったようで、そこまで広くはないが狭くもないようだ。
何も無いよりはましだろうと思い、三人は中に入ってみる。ここでようやくターヤは地面に下ろしてもらえた。
「! これは――」
と、周囲を確認していたエマがある物に気付く。
それは避難先の内部に置かれていた、少々不気味な音を立てながらオーバーヒート気味に稼働している一台の巨大な機械だった。手元のパネルで操作できるらしいその画面には『魔導機械兵起動中』という文字が並んでいる。
「どうやら、これが魔導機械兵を制御している統率機械のようだな。こちらに集中していたのも、これが原因なのだろう」
避難した先で思わぬ収穫を得たものだ、とエマは運の良さに少しばかり感嘆する。
斬っても斬っても減らない魔導機械兵に厭き厭きしていたアクセルは、見つけたそれに対して嬉々とした様子で大剣を構えた。これで面倒事も片付くと言わんばかりの表情である。
「そうと解れば、速いとこぶっ壊しちまおーぜ?」
「待って!」
だが、そこにターヤが割って入っていた。
「何だよ?」
止められたアクセルは憮然として面持ちになるが、彼には構わずターヤはその機械に駆け寄り、まじまじとそれを観察する。そして結論を出した。
「多分、この機械を壊すと、魔導機械兵の暴走は更に加速して止まらなくなっちゃうと思うの」
「まじかよ!? つーか何でそんな事――」
反射的に問いかけて、しかしすぎに思い当たる事があったらしくアクセルは途端に不敵な笑みを浮かべた。
「そう言やおまえ、機械の扱いはお手の物だったよな」
「確かにインへニエロラ研究所跡での様子を見る限り、ここはターヤに任せた方が得策だろうな」
続けてエマも同意する。
以前ターヤがインへニエロラ研究所跡にて〈空間移転装置〉を本人曰く『適当に』操作した結果、見事に起動させてしまった事を二人は思い出していたのである。
ターヤの方は、自分が元の世界では機械関係を専門にしていた事を朧気ながらも思い出していたからこその発言であった。
「うん、だから、ここは私に任せてほしいの」
自信と緊張の混ざり合った声と顔色だったが、そこには強い決意が現れていた。
ならば二人に止める気は無い。彼女の盾になるように武器を構えて、三人を発見して集ってきている魔導機械兵の群れの前に立ちはだかるだけだ。
「良いぜ、ここはターヤに任せてやるよ」
「その代わり、私達が全力で貴女を護る」
「うん、二人ともお願いね」
そんな二人を信頼して、ターヤはそれだけ言うとすぐに装置を向き合う。こちらは自分の仕事だと脳内で言い聞かせ、早速外部からの操作を受けつけそうか否かを確かめるべく弄り始めた。
魔導機械兵に知性というものは搭載されていないのだが、自分達を動かす機械を護れと言う命令は植え付けられているのか、まるで一点を目指しているかのように三人の周囲へと群がってくる。
それを見たアクセルは不敵な笑みを浮かべた。
「へっ、どうやらあれが、こいつらの親玉で正解みたいだぜ?」
「そのようだな。しかし、数が多いな」
エマの言う通り、先程入口付近で遭遇した時よりも魔導機械兵の数は増えていた。おそらくは他の場所に居たのが集まってきたのだろう。
数えるのも馬鹿らしくなるくらいの数になっている魔導機械兵の群れを見渡してから、ふと思いついたようにアクセルは彼へと言葉を放った。
「どーせならターヤが止めちまう前に、こいつら全部倒しちまわねーか?」
「良いだろう」
普段の調子でふざけて提案してみれば、珍しくエマが乗ってきた。
「へぇ、どういう心境の変化だよ?」
「さてな」
不敵な笑みには同様の笑みを返すや否や、エマは早速接近してきた一機のコアを一撃で仕留める。
アクセルもそれ以上は問わず、眼前の数機を纏めて一刀両断した。
かくして背後で戦闘が開始された事にも気付けないくらいの集中力を発揮して、ターヤは一心不乱にパネルの上で指を走らせていた。画面に浮かび上がる文字自体は読めても、羅列されたそれが何を意味するのかは解らないと言うのに、どうしてかその意味が理解できたのだ。
(きっと、これも《神子》の特権なんだろうな)
実際のところは解らなかったが、おそらくはそうなのだろうと結論付ける。ともかく意味を理解できるのならば、今は理由など何でも良かった。
画面に浮かび上がる文字が意味するのは、魔導機械兵への命令式だった。近くに居る者、あるいはこの場に居る者を排除せよ、という命令を、ターヤは停止命令へと組み替えようとしていた。眼前の魔導機械は初めてなので操作方法もプログラムの構成も知らず、自身の世界の機械に関する知識を完全に思い出した訳ではなかったが、研究所跡の時と同様、培ったものは記憶が覚えていなくとも身体が覚えていたのだ。
故に、彼女はこの戦場における自身の勝利をほぼ確信していた。
(あとは、わたしがどれだけ早くこの命令式を組み替えられるかだけ!)
まさか彼女がそこまで自信満々であるとは露知らず、アクセルとエマはその場から最大一歩くらいしか動かずに魔導機械兵を次々と殲滅していた。
だが、幾ら単体が大した事はないと言っても、いかんせんその数が多い。
次第に、アクセルは面倒だと頭の片隅で感じるようになってすらいた。