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二十二章 悪夢は廻る‐machine‐(5)

 かくして直接工場地帯へと突入する事にしたメンバーは、目的地と街との間にできた瓦礫の山と対面を果たしていた。しかし、予想外に瓦礫一つ一つの質量は重そうな上に数も多く、先に撤去作業を始めていた軍人達も手こずらされているようだ。
 アシュレイも例外ではなく苦々しげな顔になる。
「思っていたより時間がかかりそうだけど、まずはこれの撤去ね」
「でしたら、私に御任せください」
 突然の申し出に皆が振り向いた時には、とうに魔導書は掲げられていた。
「〈消去〉」
 少女の唇が魔術を紡いだ瞬間、山程積み重なっていた瓦礫がかき消える。一瞬のうちに、塵一つ残さずに。
 瞬く間に転換した事態にはアシュレイとマンスだけでなく、それまで必死になって撤去を行っていた軍人達もまた唖然としていた。それまでの自分達の労力は何だったのかと言いたげな者さえ居る。
「では参りましょうか」
 けれども、オーラはそちらには構わずに工場地帯へと足を踏み入れていた。即座に水属性の魔術が構築され、的確に燃え盛る炎を鎮静させていく。
 その後には全く驚いた様子もないレオンスが続いた。
 そう言えばオーラは《神器》であり、実力は折り紙付きだったとすぐさま気付いたアシュレイもまた二人を追い、マンスが慌てて最後尾を走りながら巻物を手にする。それから前を行く彼女の袖を引っ張った。
「おねーちゃん」
「何?」
「ちょっとだけ、ぼくの足場になってほしいんだ」
 視線は周囲に向けながら訝しげに問うたアシュレイだったが、その言葉で少年の意図を理解する。
 彼ら術師は詠唱を紡いで魔術を構築する際には、魔術を完全に発動させるまではその場から一歩たりとも動けなくなるのだ。術師ではないアシュレイにはよく解らないが、少しでも動いてしまうと、そこで魔術の構築は失敗してしまうらしい。
 無論、オーラは規格外なのだが。
「良いわよ」
 マンスの考えを見抜いたアシュレイは彼を振り返り、即座に優しく抱き上げた。
「ありがと! 『水の化身よ』――」
 礼を述べてから早口で詠唱を始めた少年を抱えたまま、アシュレイは再び四方八方へと視線を向ける。火事はオーラによって次々と消火されており、逃げ遅れた人々らしき姿や死体などは今のところ見当たらなかった。ようやく我に返った軍人達も四人の後ろから工場地帯へと突入してきているようだ。
(これなら問題無さそうね)
「――〈水精霊〉!」
 彼女が様子を把握している間に少年の詠唱も完成し、その頭上に巨大な魚が姿を顕現させる。
 またしても驚く軍人達は気にせず、続けてマンスはこれまた早口詠唱で彼女の制約を解き放った。
「ウンディーネ、オーラのおねーちゃんと一緒に火を消してって!」
『ええ、解ったわ』
 契約相手に応えて、巨大な魚は瞬く間に周囲から水をかき集め、あるいは〈マナ〉を水に変換して消火活動を行っていく。加えてオーラの魔術もあったので、気が付けばものの数秒で火の気はすっかりと収まっていた。
 どうやら、暴走していると噂の魔導機械兵は大半が処理場の方に居るようで、アシュレイ達の周囲には殆ど姿が見当たらない。これならば自分達が居なくとも軍人達だけで大丈夫だろうと彼女は踏んだ。
「どうも、あっちの方に魔導機械兵は集中しているみたいね」
「そのようですね。どうやら、逃げ遅れた方々も今のところはいらっしゃらないようです」
 呟きに応えたのが戻ってきていたオーラであった事には思わず不満を顔に出したアシュレイだったが、事態が事態だけに無視する事はしなかった。その代わり、顎でレオンスと軍人達を示す。
「あんたはあいつと先に行って状況を確認してきて。あたしは彼らに状況と持ち場を確認してくるから」

「解りました。カスタさんはどうされますか?」
 嫌な顔一つせずに首肯してからオーラはマンスに尋ねた。
 彼は少しだけ考え込んだ後、すぐに結論を出した。
「じゃあ、ぼくもおねーちゃん達と行く! ウンディーネはもう召喚しちゃったから動いてもだいじょぶだし。ありがとね、アシュラのおねーちゃん!」
「ええ、どういたしまして」
 マンスに対しては優しく微笑みかけて、アシュレイは彼をゆっくりと地面に下ろす。そうして二人がレオンスの居る方向に行くのは見ず、軍人達の方に行こうとして、
「!?」
 突如として膨れ上がった気配に気付き、反射的に三人の居る方向を振り向いた。
 彼女同様気配に気付いたレオンスだったが、先行していた為か横から強襲されてしまう。
「っ――」
 反射的に彼は反撃に出ようとする。
 そして、声が、出なくなった。身体も動かなくなってしまったところに今度こそ強い衝撃を喰らったレオンスは吹き飛び、どこかの工場と思しき建物の壁に背中から激突する。苦悶の声すら上がらなかった。
「エスコフィエさん!」
 すばやくオーラが彼の盾になるようにその間に身体を割り込ませながら相手に対して魔術を放った事で、二度目の攻撃は来ない。
 だが、レオンスは眼前の光景から目が離せなかった。
 不審な彼の様子から、追いついた三人もまた、その視線の先に居る存在を視界で捉える。
 そして、絶句した。
 四人の前に立ちはだかっていたのは、一人の人間である。――否、人間であった物、と言い表す方が正しいだろう。なぜなら、その男性の左腕はハンマーに、右腕は剣に、両足には幾つもの銃口と、全身の殆どが機械化されてしまっていたのだから。
「っ……!」
 思わずマンスが口元を押さえた。その顔が見る見る蒼ざめていく。
「魔導機械を、人間に埋め込んだのですか」
「そう、みたいね」
 珍しくオーラとアシュレイでさえも驚愕を顕にしていた。
 その中で、ただ一人。レオンスは、その場の誰よりも強い驚愕と動揺に見舞われていた。彼は、その機械化された男性のほぼ唯一残っている部分を、その顔を、決して見間違える事の無いくらいによく知っていたのだから。
「レオ、カディオ……?」
 零れ落ちた声にも、呆けた顔にも、震える全身にも、常にどこかしら余裕を保った普段の『レオンス・エスコフィエ』はどこにも居なかった。そこに居たのは、どこにでも居そうな等身大の青年だった。


 一方、ターヤ達四人は、処理場に突入した時から魔導機械兵の大群と戦闘になっていた。アシュレイ達の読み通り、なぜか魔導機械兵がこちらに集中していたのである。
「あー、くそっ! 何でこんなに多いんだよ! ぜってぇあっちに殆ど居ねぇパターンだろこれ!」
 いっさい隠す事なく大声で悪態をつきながら、それでもアクセルは容赦なく魔導機械兵達を次から次へと手当たり次第に斬り捨てていく。ちなみに彼の考えは的中しているのだが、残念ながらその事実を知る事はできなかった。
 そんな彼に表情では大いに呆れつつ、エマもまた攻撃の腕は止めない。ただし彼の場合はターヤの護衛が中心ではあったが。
 そのように彼に護られながらも、ターヤはタイミングを見計らって支援魔術と防御魔術、治癒魔術を使い分けていた。ただし状況が状況なので支援魔術はかけた傍から効果時間が終了してしまい、防御魔術と治癒魔術もその場凌ぎにしかならなかったので、殆ど意味をなさなかったと言っても過言ではない。このような乱戦状態になると、術師であり後衛でもある彼女は特に不利なのだ。

イラージャ

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