The Quest of Means∞
‐サークルの世界‐
二十二章 悪夢は廻る‐machine‐(4)
どうしたものかと困惑顔でスラヴィから視線をずらせば、今度はイーニッドがターヤの視界に入ってくる。その顔は同じように下向きになっていたが、その表情が彼と変わらないものである事にターヤは気付いた。途端に、もやもやとしていた脳内があっと言う間に整理される。
(ああ、そっか。イーニッドも、本当はちゃんと解ってるんだ。それでも、やるせない思いに囚われたままなんだ。だから、ヴィラで会うのを拒む様子を見せたんだ)
どこまでも同じなのに、それ故に不器用ですれ違ってしまう二人なのだと解れば、次にターヤは自分のした事が間違いだったのではないかと思い始めた。無理に二人を会わせてしまった為に、今このような状態になってしまっているのではないか、イーニッドの心の整理がつくまで待てば良かったのではないか、という後悔と自責の念が思考を占める。わたしのばか、と脳内で嘆いた時だった。
「「!」」
突如として轟音が鳴り響く。それは間もなく途絶えたが、その余韻はいつまでも残った。
何事かと立ち上がって窓に駆け寄ったターヤは、そこから見える赤と橙色が混ざったような景色の中、とある方角から幾つかの黒い煙が上がっている事に気付く。外は騒がしくなってきており、どうやら何事かと気になったらしき人々がその方向に集い始めているようだった。
「スラヴィ、行って――」
みようと、普段の調子で言いかけて、現状の彼を思い出して言葉を途切れさせてしまう。恐る恐る振り返ってみても、案の定彼は俯いたままだった。時おり視線が正面に座る老女の方へと向けられているが、先刻の気力はもう無いようで、それ以上の行動を起こそうとはしない。
「行ってきなされ」
そこにかけられたのは、イーニッドの声だった。
驚いて彼女を見たターヤだったが、その視線は最初とはうって変わってスラヴィだけを捉えていた。
「いつまでもここに居られては迷惑だからのう。……早く、行きなされ」
喉の奥底から無理矢理絞り出したような声だった。
後ろ髪を引かれつつもターヤは頷くと、スラヴィの許まで行って彼の腕を掴み、立たせる。それから、行きと同様に引きずるように彼を引っ張ると、今度は自ら外へと向かって歩きだしてくれた。
そこでようやく本の存在を思い出したターヤは、スラヴィから手を離すと、懐から預かり物を取り出して一旦引き返し、それをテーブルの上に置く。
「本、置いておくから」
イーニッドは振り向く事も答える事もしない。
彼女を少しだけ未練がましく見てから、ターヤもまた先に外に出ていたスラヴィに続いて部屋を後にした。
「みんな!」
スラヴィと共にイーニッドの家を飛び出し、音の聞こえてきた方向へと行けば、そこには既に野次馬達による人だかりができていた。同時に、この街の支部に属する軍人達が彼らを避難させようとしている姿も窺える。
顔を四方八方へと向ければ、一行の姿もまたそこに確認できた。
「ターヤ、スラヴィ!」
二人に気付いた皆が振り返り、エマが名を呼ぶ。
彼らの許まで駆け寄るとターヤはすばやく問う。
「何があったの?」
「すまない、私達も轟音を聞いて駆けつけたばかりなんだ」
「いきなりすげぇ音がしたんで、びっくりしたっての」
「明らかに自然の音じゃなかったわね」
「何だ、あんたら知らんのかい?」
考え込む一行へと余所から声がかけられる。見れば、ペリフェーリカの住人と思しき老婆がこちらを見ていた。
これは事情を訊く好機だと思い、アシュレイは老婆へと軍人の顔で問いかける。
「すみませんが、いったい何が起こったのか教えていただけませんか?」
彼女の姿を見た途端、老婆は目を輝かせた。
「おお、あんた軍人さんかい! ちょうど良い、助けてくれないかい? どうにも[工場地帯]で大きな爆発があったようでねぇ、そこまでじゃないけど火事になってるんだよ」
火事、と聞いてターヤはぎょっとしたものの、先程の黒い煙はこれだったのだと知る。
「しかも、街と工場地帯の間が瓦礫で塞がれちまった上に、警備用の魔導機械兵やら廃棄した筈のまで暴走してて、中にまだ人が残されてるらしいんだよ。[処理場]の方は塞がれてないみたいだけど、魔導機械兵の数がかなり多いらしくてねぇ。ここの軍人さん達も出てるんだけど、いかんせん人出が足りてないみたいなんだよ」
工場地帯とはその名の通り、機械都市ペリフェーリカのすぐ隣に位置する工場の密集地帯である。そこでは日夜、魔導機械や魔道具の開発、改良等が行われているらしい。
そして処理場は、こちらもその名の通り、廃棄された機械を処理する為の場所だ。ペリフェーリカに隣接しており、工場地帯とも隣り合わせになっている。
とにもかくにも老婆の言葉には皆が驚き、アシュレイは即座に表情を引き締めた。
「解りました、すぐに向かいます。貴女は街の人々と、なるべく工場地帯から離れるようにして避難してください」
そう言って老婆もまた他の人々と同じく避難させると、アシュレイはエマを見た。
「そういう事ですので、すみません」
「いや、私達も行こう。人出は多い方が良いだろう? 皆もそれで構わないか?」
エマがそう言うと皆は当然と言わんばかりに頷き、アシュレイは礼を述べる代わりに一度頭を下げる。それからすばやく近くに居た軍人に駆け寄ると、事情を説明して戻ってきた。
彼女が戻ってくるとエマが話を再開する。
「工場地帯は広いので二手に別れよう。三人と四人になってしまうが――」
「あら、私も居ますよ?」
突如として聞こえてきた声に振り返れば、いつの間にか、そこには銀髪を風に靡かせた少女が立っていた。
「オーラ!」
「遅いわよ」
いつの間にと感じるよりも、思わずターヤは名を呼び、アシュレイは眉を顰める。
「申し訳ありません、少々砂漠の民の方々と話し込んでしまいまして」
頭を下げてからオーラはエマを見た。
「間に合いましたので、私も頭数に入れてくださいますか?」
「ああ、寧ろありがたい。メンバーだが――」
「片方は、俺とエマとターヤとスラヴィだろ? で、残りの奴らがもう片方な」
メンバーを振り分けるべくエマが皆を見まわしたところで、アクセルがその先を横取りしたばかりか、勝手に一行を二手に分けてしまう。
これにはエマが思わず眉根を潜め、アシュレイが噛みつかない筈がなかった。
「ちょっと、何勝手に決めてんのよ! ……一応バランスは良いみたいだけど」
「人の命がかかってるってのに、ちんたら決めてられるかよ」
「それもそうだな。となると、片方は処理場から、片方は直接工場地帯から入って、魔導機械兵を全て停止させるか、暴走の原因を取り除いた方が良いだろうな」
その抗議をさらりとかわしたアクセルの言葉には、レオンスが同意した上でこれからの指針を提示する。
若干不満そうな面々は残ったものの、この作戦に対して異議を唱える者は居なかった。
ほぼ満場一致と見たアクセルは踵を返し、処理場の方向へと足を向ける。
「なら、俺達は処理場の方に行こうぜ。アシュレイ達は消火と人命救助を頼む」
「言われなくても了解してるわよ」
少しばかり刺々しく言い返し、アシュレイもまた、既に野次馬の居なくなった道をすばやく工場地帯へと向かって進み始める。
残りの面々も決められた面子に別れ、それぞれの行き先へと駆け足気味に向かった。