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二十二章 悪夢は廻る‐machine‐(2)

「でも、何で俺なの? 何でエイメじゃないの?」
 的確な指摘を受けて言葉に詰まる。他の面々は素のスラヴィは苗字呼びなのかという点に関心が向いていたが、ターヤはそちらに気付くどころではなかった。つい先程以上の混乱に襲われる。
 スラヴィは訝しげにターヤを見ていた。
 何か言わなければとは思うのだが、やはり良い感じの言葉は思い浮かばない。何と言えば彼が納得してくれるのか解らなかった。
 口を噤んでしまっているターヤに痺れを切らしたのか、スラヴィは息をつく。
「理由が無いのなら――」
「い、良いから一緒に来て!」
 このままだと二人を会わせられないと思った瞬間、ターヤは叫ぶように答えていた。
 予想外の発言に、はスラヴィどころか他の面々ですらも目を丸くしている。
 その隙にターヤはスラヴィに駆け寄り、その片手を掴んだ。
「行ってきます!」
 振り向かずに一行へと叫び、彼女は呆気に取られている彼を引きずるようにして引っ張りながら歩き出す。自然と速足になっていたが、この時彼女の脳内は別の事でいっぱいだった。
 遠ざかっていく足音と二人分の背中を見送ってから、ようやく呆れたようにアシュレイが口を開く。
「随分と強引だったわね」
「ターヤも結構強かになってきやがったよな。まぁ、ポーカーフェイスにはまだまだだけどよ」
 逆にアクセルは楽しそうな様子で笑ったのだった。
 しかし当の本人はと言えば、しばらくしてから我に返っていた。
(……わたし、何してるんだろ)
 そして自己嫌悪と軽い後悔も覚えていた。ここが往来なのも忘れて頭を抱えたくなる。
 結局、口をついて飛び出したのは全く持って答えになっていない言葉だった。しかも問答無用と言わんばかりにスラヴィを引っ張ってきてしまっている。彼からしてみれば訳が解らない上、いい迷惑だろう。
 それでも、ここまで来てしまったからにはターヤは止めるつもりは無かった。無論、謝罪は後でしっかりと行わなければならないが。
 とにもかくにも、ターヤの頭の中はごちゃごちゃになっていたのだ。
「……本当は、イーニッドのことも思い出しているんだ」
 故に彼女は、唐突にスラヴィが零した言葉をすぐには理解できなかった。
 スラヴィも次には繋げず再び黙り込む。
 大きな街らしい喧騒の中で、そこを進む二人の少年少女の周囲だけは無音の状態となっていた。まるで〈消音〉という支援魔術をかけられたかのように。
「……え?」
 ようやく彼女の脳が彼の言葉を理解したのは、それからしばらく歩いてからだった。ようやく脳が先程耳に届いた言葉を理解し、顔が後方を振り向く。
 突然止まった先導者には少年の方が驚く。今更かと言う感じの表情だった。
 しばし、二人の間に沈黙が落ちる。
 このままではまた流れてしまいそうだと思ったターヤは口を開いた。
「えっと、さっき、イーニッドのことを思い出してる、って……」
「本当は、ヴィラでイーニッドを見た後から、徐々に思い出し始めてたんだ」
 躊躇うように、言いにくそうに、けれど先程よりもはっきりとスラヴィは答える。
 まさかの事態にターヤは唖然とするしかなかった。スラヴィは基本的に無表情なので気付けなかった事は事実だが、それを今の今まで黙られていた事にも軽くショックを受けたのだ。
「君が、俺を彼女と会わせたがってる事も解ってて、黙ってた」
 唖然とした顔が元に戻らない。
 それを見たスラヴィは申し訳なさそうに顔を俯けた。
「君の好意を無駄にして、ごめ――」
「そ、そんな事言ってる場合じゃないよ!」
 弾かれるようにして手を離して両肩に掴みかかれば、驚き顔が持ち上がってくる。

「思い出したのなら、何でイーニッドに会いに行ってあげないの!?」
 途端にスラヴィの表情が歪んだ。普段のような殆ど変わる事の無い無表情ではなく、きちんと本心を顕にした表情だった。
「……駄目なんだ。今の俺じゃ、彼女には会えないから」
 くしゃくしゃになった顔で、今にも泣き出してしまいそうな声で、彼は否定する。
「それに、彼女も……約束を破った俺には、会いたくないと思うから」
 すっかりと小さくなってしまったスラヴィは、弱々しく理由を並べていく。
 彼の精神の中以外では初めて目にする感情に驚き、そして『約束』という言葉に聞き覚えがある気がしつつも、ターヤはここで止めるつもりも引き返すつもりも無かった。ヴィラではイーニッドもスラヴィと会う事を躊躇していたようだったが、それでは何も変わらないとしか思えなかったのだから。
「でも、スラヴィは今でもイーニッドのことが大事なんだよね?」
 故に、彼女は彼の心に土足で踏み入る事を承知の上で言葉を紡ぐ。
 返答は無かったが、相手の首は縦に振られていた。
「なら、会いに行こうよ。何で二人が会うのを躊躇ってるのかは解らないけど、もうここまで来ちゃったんだし。それに何かと理由をつけて会いたくないって言ってると、いつまで経ってもそのままだと思うから」
 どうやらターヤの言葉を尤もだと感じたようで、スラヴィは気まずそうに少しだけ視線を逸らした。それでも耳だけは傾けたままでいる。
 もう一押し、とターヤは内心で自身に気合を入れた。
「このままいつまでも立ち止まってたって、何にもならないと思うの。だから、行くだけ行ってみよう?」
 気持ち前方へと身を乗り出すように、ターヤはスラヴィの背中を後押しする。
 しばらくの間彼は黙り込んでいたが、ようやく決心がついたように、それでも躊躇の色は隠せずに頷いてみせた。
「うん、解った」


 そうして渡されたメモに従って移動した二人は、目的地と思しき集合住宅の、とある部屋の前に辿り着いていた。
「ここが、イーニッドの家」
 ごくり、とスラヴィの緊張が移ったかのようにターヤは唾を飲み込む。
 隣では、当の本人がまるで強敵と相対しているかのような緊張を覚えているらしく、その頬を冷や汗が流れていた。よほど会いにくい理由があるようだったが、ターヤにあそこまで言われてしまった上、ここまで来てしまってはもう後には引けないと覚悟を決めているようだ。
 ターヤもまた彼に応える為、扉をノックしようと拳を伸ばす。
 だが、それよりも早く内側から扉は開かれたのだった。
「やはり、連れてきたのか」
 言わずもがな、扉を開けたのは他でもないイーニッドだった。その瞼は相変わらず下ろされているが、やはり周囲の様子は解るようだ。
 彼女の姿を目にした瞬間、スラヴィが更に緊張によって硬直する。
 そちらを一瞥してから、ターヤは若干の驚きを携えたまま彼女へと問いかけた。
「もしかして、わたし達が来る未来を見たの?」
「ああ、その通りじゃ」
 一瞬だけ、その視線が少年を捉えたようにターヤには思えた。
「ともかく、まずは上がりなされ」
 しかし、それはまるで気のせいだったかのようにイーニッドはターヤに対してだけそう言うと、自分はさっさと部屋の中へと入っていってしまった。
 その背中を呆然とした様子で見送るスラヴィに声をかける。
「スラヴィ、行こう」
 少年は何も言わなかったが、導かれるようにして彼女と共に入室した。

サイレント

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