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二十二章 悪夢は廻る‐machine‐(1)

 捕縛した〔ウロボロス同盟〕を連行する軍人達に同行する形でアルタートゥム砂漠を抜けた一行は、隣り合わせになっている[トープネン風穴]を通り、特に何事も無く夕方には目的地へと辿り着いた。
「ここが、機械都市ペリフェーリカ」
 そうして眼前に広がった光景に、ターヤは目を瞬かせる。どこを見ても機械、機械、機械という光景だった。建造物は他の街で目にしてきたような木造などではなく、まるで鉄骨を組み合わせたかのようだ。街中では至る所でさまざまな機械が稼働しており、人々も何かしらの機械を装着しているようだった。
 それらを見ていると、不思議と懐かしさを覚えた。未だきちんと思い出せた訳ではないが、おそらく、ここの空気が自身の生まれ育った世界と似ているように感じられるからだろう。
「何か、この町だけ現代的だなぁ」
「ターヤの住んでいた世界は、この街のような光景なのか?」
 思ったままの感想を述べたところ、耳聡くエマが反応してくる。
 皆もまた興味があるようで、ターヤには視線が集まってきていた。
 逆に驚いたターヤだったが、訊かれたからには答えない訳にはいかなかった。とは言っても完全に思い出せてはいない為、曖昧な表現で誤魔化す。
「えーっと、こことはまたちょっと違うんだけど、他の町に比べると似てるかな」
「へー、じゃあ、おねーちゃんの世界はこんな感じなんだね!」
 関心があるらしくマンスは目を輝かせる。
 他の町に比べれば雰囲気が似ていると言うだけで、外観が丸っきり同じって訳じゃないんだけどなぁ、とターヤは内心で苦笑した。けれども、期待の色を瞳に浮かべている少年に水を差す事はしたくなかったので、そこは言わないでおく。
 寧ろ、彼女のそんな気遣いに気付いた面々の方が苦笑していた。
「それにしても、本当に機械がたくさんあるんだね」
 取り繕った事を彼らに看破されているとは気付かず、はー、と驚きの息を吐き出しながら、ターヤはきょろきょろと四方八方に視線を向けた。
 まるで田舎から都会に出てきた者のような反応を取る彼女の様子に、思わずレオンスは苦笑し続ける。
「いや、あれは全て機械じゃなくて魔導機械なんだ」
「? 何が違うの?」
「そう言えば、そこについては説明していなかったな」
 不思議そうにターヤが首を傾げれば、すかさずエマが説明を請け負ってくれた。
「まず、機械と言うのは異邦人が齎した技術による物だ。だが〈マナ〉や自然との相性が良くなかった為、現在ではこの街でも殆ど出回っていない」
「って事は、わたしの世界の機械って事なんだね」
 言われてみれば確かに、目に映る機械は全て、ターヤにとっては何かが違うという感覚を与えてくる。具体的には解らないが、どうしてか違和感を覚えるのだ。
 彼女の言葉に彼は首肯する。
「おそらくは、そういう事になるのだろう。そして魔導機械と言うのは、機械と魔道具を組み合わせた物だ。機械よりも利便性が高い為、今では魔道具同様に魔術が使えない人々に重宝されている」
「とは言っても、魔導機械は魔道具よりもかなり高価だから、出回っているのはお貴族様や一部のギルドの間だけなんだけどな」
 レオンスの補足はわざとらしく、そして刺が含まれているようだった。
 今この場にアシュレイが居なくて良かったと、思わずターヤは安堵する。彼女が居たならば、確実に彼に喰ってかかっていた事は容易に想像できるからだ。
「そっか。って事は、ここにあるのは全部魔導機械なんだ」
「別に、全部纏めて機械でも良いんじゃねぇの?」
「おまえは大雑把過ぎだ」
 あっけらかんとして言うアクセルに対し、エマは呆れたように額に手を当てた。
 インへニエロラ研究所跡でも二人はこんな会話をしていたような気がするターヤだった。

 と、そこでこちらに向かって歩いてくるアシュレイの姿が見えた。彼女はこの街の支部に勤めている軍人達と共に捕縛した人々を連行し、この件を彼らに引き継ぐべく、一時的に一行から離れていたのだ。
「あ、アシュレイおかえり」
「おねーちゃんおかえりー」
「おかー」
「随分と早かったな」
「よぉ」
「おかえり、アシュレイ」
「ただいま戻りました」
 一行から口々に言葉を向けられた彼女は一人ずつ視線を向けて軽く頷いていってから、最後はエマに対して一礼する。一見失礼なようにも思えるが、これでも以前に比べれば良くなっている方であり、彼女なりの返答でもあった。
 それが済んだところでアクセルは問う。マンスを一瞥して。
「ウロボロスの奴らは?」
 簡素な問いだったが、アシュレイは彼が言わんとしている事を理解していた。
「ちゃんと、ここの人達に引き渡したわよ。処遇についてはあちら任せだけど、没収した魔道具は確認させてもらったわ。《精霊使い》は居たけど、人工精霊は連れていなかったわね。〈精霊壺〉もマンスが壊させた物だけだったみたい」
「そっか」
 その言葉で安心したようにマンスが呟く。《鉄精霊》を連れた《精霊使い》の件もあったので、気になっていたのだろう。
 そうそう、とアシュレイは他にも何かあるようで続けた。
「ついでに『イーニッド』って奴についても訊いてきたわよ」
「! 本当!?」
 反射的に前方へと身を乗り出したターヤとは対照的に、スラヴィは唇を引き結んで視線を落とす。
「ええ、居住場所を教えてもらってきたわ。はいこれ」
 アシュレイが渡してきたメモには、イーニッドの家への地図が記載されていた。受け取ったそれを両手で持って抱き締めるかのように胸元へと引き寄せながら、ターヤはアシュレイへと感謝の言葉を述べる。嬉しそうな笑顔だった。
「ありがとう、アシュレイ!」
「別に。ついでよ、ついで」
 言葉と声色だけならば何でもないかのように思えたが、よく見ればその両頬には赤みが差していた。彼女が照れている事は、そこから誰の目にも明らかである。
 それを見たアクセルが意地の悪い笑みを浮かべ、気付いたアシュレイに即座に鋭く睨みつけられたのは言うまでもなかった。
 彼らのやり取りには気付かず、ターヤは大事そうにメモを持ち直すと皆を見る。
「じゃあ、みんなはどこかで待ってて」
「一人で大丈夫か? ペリフェーリカは広い上、貴女はここに来るのは初めてだろう?」
「ううん、大丈夫。スラヴィと行ってくるから」
 心配してくれるエマに感謝しつつ、それでも今回ばかりは譲れなかった。
 瞬間、弾かれるようにして名指しされた少年がターヤを見る。その瞳は、大きく揺れていた。
「何で、俺も?」
 言われて初めて、スラヴィがイーニッドのことを忘れたままなのだという事をターヤは思い出す。途端に内心が軽くパニックになりかけた。それでも何か言わなければと、急かされたように口を開く。
「だって、えっと……わ、わたしだけだと、何かあった時に困るかもしれないから。その……そ、そう、ペリフェーリカは初めてだから迷っちゃうかもしれないし!」

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