The Quest of Means∞
‐サークルの世界‐
二十二章 悪夢は廻る‐machine‐(12)
『――これで満足か、レオンス?』
まるで空間を渡ったかのように音も無く唐突に隣に現れた《雷精霊》の顔を見た時、思わず契約者たる青年は――レオンスは申し訳なさを覚えて口を開いていた。
「……すまない、クロリス。君に、こんな事をさせて」
この言葉に対し、それまで笑みを崩さなかった《雷精霊》が眉根を寄せた。
『おいおい、また俺を生前の俺と間違えているのか?』
彼女に言われて、ようやくレオンスもはたと気付く。また顔で人間違いをしてしまった事を知るも、既に後の祭りだった。
押し黙ってしまった彼に彼女は呆れる他ない。
『それに、俺に謝ったところで意味が無いって事くらい解っているんだろう? 俺はおまえの言う「クロリス」ではないし、幾ら元になったからといって、似るのはせいぜい容姿くらいだ。俺の性格は「クロリス」と似てもつかない。そう言ったのはおまえだろう?』
「そう、だな」
尤もな意見には返す言葉も無く、曖昧な相槌しかレオンスは打てなかった。
『いいかげん俺を「クロリス」ではなく「トゥオーノ」として見ろ。でないと、俺がおまえと契約した意味が無くなるだろう?』
今度は、レオンスは応えなかった。
面倒な契約者に更に何事か言ってやろうかと思った《雷精霊》だったが、ふとそこでこちらに向かってくる別の気配を感知する。その顔に元の笑みが戻った。
『ほぅら、お迎えが来たぞ?』
そこに彼が疑問を覚えるよりも早く、一瞬にして場の温度が下がったかと思いきや、数滴の水飛沫が飛んできた。
「レオンスさん」
何事かと思う前に珍しく名前の方を呼ばれて、そこで我に返った。振り向けば、そこにはいつの間にか銀髪の少女が立っている。反射的に名を呼ぼうとしても、どうしてか声が出てきてはくれなかった。それよりも、どうして来てしまったんだ、という言葉が喉まで込み上げてくる。
お役御免と見た《雷精霊》は逃げ道にされる前に身を翻す。
慌ててそちらを見たレオンスだったが、既に彼女は姿を消した後だった。
かくして鎮火された残骸の前に残されたのは、二人の男女だけだ。
普段ならば二人きりである事を喜ぶ場面だったが、今のレオンスには苦痛でしかなかった。僅かながらに吹く風にオーラの銀髪が揺らされる度、その先端の巻き毛が嫌でも目に付くからだ。それが少女が彼に課した戒めであり、つい先程まで目にしていた彼女が原因ならばこそ。
そして、もう一つ。少女の前ではいつでも格好を付けていたいというのに、このような時には弱さを曝け出して無性に取り縋りたくなるからでもあった。男としての意地だった。
「レオンスさん、皆さんのところに戻りましょう?」
そんな彼に気付いているのかいないのか、あくまでも普段の調子で言葉を紡ぐオーラだったが、苗字ではなく名前を呼んでいるところからして動揺しているらしい。
あの彼女でも動揺する事があるのかと意外に感じれば、それが合図だったらしく、堰を切ったように押し込めようとしていた感情が流れ出してきた。無意識のうちに、引き寄せられるように足が動き、気付けば彼は彼女に覆いかぶさるようにして抱き着いていた。
「レオンス、さん?」
普段とは明らかに様子が違う事にようやく気付いたらしく、オーラが不思議そうで少しばかり不安そうな声を出す。やはり普段の彼女ではなかった。
そして、一度このような情けないところを露呈してしまったからには離れられず、レオンスは更にオーラを抱き締める腕に力を込める。そうすれば、自然と心情を吐露していた。
「俺は、どうしたら良いんだ……教えてくれ、オルナターレ……!」
彼の問いに彼女は答えられず、その名にも応えられず、ただ弱々しく縋り付いてくるその身体を静かに抱き返す事しかできなかった。
同時刻。とある屋敷で就寝に就こうとしていた少女は、ふと胸騒ぎを覚えた。弾かれるように自室へと進めていた足を止め、けれどゆっくりと、顔を窓の外へと向ける。思わず、口の端から言の葉が零れ落ちた。
「……おとうさん?」
その桃色の瞳に映された月は、毒々しいまでに美しかった。
2013.10.17
2018.03.14加筆修正