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二十二章 悪夢は廻る‐machine‐(11)

「ウロボロス……!」
 途端に鬼のような形相となったマンスだったが、今は彼を宥めようとする者は居ない。
 逆にターヤは、少年の反応に思わず身を竦ませた。
 気付いたマンスは怒っていた事も一時的に忘れ、驚いたように彼女を見る。
「おねーちゃん?」
「……マンス、ごめん」
 唐突に謝罪されて目を瞬かせた少年へと、ターヤは俯いたまま続ける。
「わたしは、あの人達が人工精霊を造って無理矢理使役してるのは知ってたし、それは悪い事だとは解ってたけど、心のどこかで人じゃないから、ってほんのちょっとだけ軽く見てたところがあったんだと思う。……ごめんなさい」
 だからこそ先程はあんなにも驚いていたのだと、ターヤは暗に説明していた。
 この発言には頭に血が上りかけたマンスだったが、後ろからアクセルに肩を掴まれて制止された事で何とか踏み留まる。それでも、ターヤに対して覚えてしまった複雑な感情を処理する事はすぐにはできなかった。
「とりあえず辺りも暗くなっちまったし、今日はこの街に泊ってこうぜ?」
 現状のままでは良くないと判断したアクセルの提案には皆が無言で同意する。
 オーラもまたレオンスに声をかけようと首を動かすも、予想外な事に隣には誰も居ない。
「……エスコフィエさん?」
 そこでようやく、彼女は彼が居ない事に気付けたのだった。


 その頃、謎の火事と魔導機械兵の暴走によって人気の無くなった夜の工場地帯を歩く、一つの人影があった。
「――《雷精霊》」
『おうよ』
 何が何でも淡々と振る舞う声に応えたのは、随分と陽気な声だった。
 瞬間、どこからともなく紫色の光が灯ったかと思いきや、そこから一人の少女が姿を現す。彼女は召喚主である青年を目にすると、軽い揶揄が籠った表情を向けた。
『喚ばれるなんて久しぶりだな。何の用だ?』
 しかし、青年からの答えは無い。

 これには青年が高い頻度でやっているように、肩を竦めてみせた《雷精霊》であった。
『全く、おまえはいつも俺の前だと途端に口数が少なくなるな』
 応える声は無いと解りつつも、彼女は契約者をからかわずにはいられなかった。
 案の定、彼女の思った通り青年は僅かに反応を見せる。隠そうとした悪戯を見つかった時の子どものように、一瞬だけ肩を跳ね上げさせて。
 それだけで《雷精霊》は十分楽しかった。くつくつと喉の奥から笑いが漏れ出す。
「……《雷精霊》」
『ああ、すまない。面白くってな、つい』
 咎める声に返されたのは全く持って謝罪の意など含まれてはいない声だったが、今の青年にはそこを指摘する気力さえ無かった。
『それで、いったい俺に何の用だ? まさか、用が無いのに俺を呼びだした訳でもないだろう?』
「……頼みたい事が、ある」
 躊躇いがちに本題へと入れば、案の定にやにやとした意地の悪げな笑みで返された。
『何だ? 内容によっては高くつくぞ?』
 だから嫌だったんだ、と内心で溜め息を零す。それでも《雷精霊》に頼るしか、今の青年には手段が残されていなかったのだ。
「先程まで動いていた……人型魔導機械兵は、解るか?」
 知り合いをそう呼ぶ事には抵抗があったが、生前とは異なり、彼を知らない彼女に対してはその呼称を使うしかなかった。故に、青年は苦し紛れに明後日の方向を見ながら使う。

 これに対して当然だと言わんばかりに《雷精霊》は首肯する。
『ああ、当然だとも。何だ? あれを造った奴らの居場所でも知りたいのか?』
「解っているのなら話は早い」
 彼を完全に物として見ている彼女に憤りを感じたが、そこを指摘する気にも怒る気にもなれなかった。
 予想通りの中身だと解るや、《雷精霊》は愉快そうに笑う。
『やはりな。そう言うと思って一足先に調べておいた甲斐があった』
「! 本当か!?」
『ああ、本当だとも。ついてこい、案内してやろう』
 偉そうにそう言ってとある方向へと進みだした《雷精霊》の後を、迷わず青年は追いかける。どのようにして調べたのかという点はどうでも良かった。なぜか青年を揶揄する事をひどく好む《雷精霊》だったが、彼に対して嘘をついた事は一度たりとも無かったからだ。
 彼女の案内の下辿り着いた先は、工場地帯の奥まった場所に位置する工場と思しき一つの巨大な建物の前だった。魔導機械兵など大型の魔導機械を収納しておく為と思しきハッチは中途半端に開いていたが、その中は灯りが点いていないのか暗かった。
 途端に、胸の内でどす黒い炎が撒き上がる。それを何とか抑えながら近付いていくにつれて、青年の耳には数人の会話らしき声が届いてきた。どうやらハッチの中から聞こえてきているようだ。その音を拾うべく、更に青年は気配を殺しながら距離を縮めていく。
「――だから言ったじゃねぇか! あれはまだ未完成だってよぉ!」
「けど、せっかく見つけてきた死体使って作ってみた魔導機械兵が、ようやく完成したんだぜ? そりゃ動かしてみたくなるってもんだ」
「結局暴走しちまったけどな。で、止めようとして処理場の警備兵を動かしてみたら、あっちも何でか暴走しちまうし、俺らが持ってった魔導機械もどっか行っちまったしな。でも、何かしんねぇけど止まったから良かったよな」
「にしても随分と時間かかったよなぁ、あれ。あの死体を見つけてきたのって二、三年くらい前だろ?」
「ああ、そんでいろいろと弄ってるうちに気付けば生首になっちまってたんだよな。苦労して作った割りにゃあ呆気なかったけど、ま、知らねぇ奴の死体だし、良い実験になったって事で良いんじゃね?」
 その発言に、頭の中が真っ白になった気がした。
 気付けば青年は気配を消す事も忘れて速足気味に進み出し、ハッチを蹴破るようにして内部へと侵入していた。
 突然の闖入者に、中に居た数人の男達は驚いてそちらを見るが、相手が一人だと解るとすぐに調子を取り戻す。
「あ? んだよてめぇ」
「何壊してんだよ、弁償しろっての」
「つーか何の用だよ?」
「人間を使って魔導機械兵を造ったのは、おまえ達か」
 彼らの言葉にはいっさい耳を傾けず、青年は確信を持って問う。
 すると男達は何が嬉しいのか、途端に声の調子を上げた。
「ああ、あれ見たのかよ?」
「凄かったろ? つーかあれ止めたのって――」
「そうか」
 遮るように青年がそう言った瞬間だった。
 突如として、空間全体を紫の雷が覆い尽くす。男達は何が起こったのか知る間も悲鳴を上げる間も与えられず、一瞬にして全員が黒焦げの焼死体と化した。
 しかし紫電はそれだけでは収まらず、工場の中をも容赦なく焼き尽くしていく。
 そうしてそれらが炎に包まれる様子を、即座に外へと出ていた青年は静かに眺めていた。

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