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二十二章 悪夢は廻る‐machine‐(10)

 顔を戻し、その一回り程も大きな身体を片手で受け止めて支えながら、もう片方の手でゆっくりとレイピアを引き抜く。そのまま器用に鞘へと収めると、その手もまた遺体を支える方に回そうとする。
 だが、その前に横合いから伸びてきた腕が遺体を持ち上げていた。
 無言で睨みつけた場所に居たのは、思った通りアクセルだった。
「いつの間に来てた訳?」
「ついさっきな。闇魔の気配がしてびっくりしたと思えば、おまえらが人間を機械化した奴と戦ってんだから益々びっくりしたぜ」
 おどけたように言ってはいるが、その顔色はどことなく悪い。彼はアシュレイから受け取った遺体をゆっくりと屈み込みながら丁寧に地面に横たえると、その瞼を下ろさせてから手を合わせた。
 彼が立ち上がるまで待ってからアシュレイは訊く。
「コアが心臓だって気付いたのはターヤでしょ?」
「ああ。流石にあいつも、こんなのは見た事が無かったみてぇで、最初はかなりショックを受けてたけどな」
 アクセルが視線を向けた先では、ターヤがレオンスに治癒魔術をかけていた。反応の無い彼の代わりにオーラから礼を言われた彼女は、オーラが大丈夫だと知ると次にマンスの許へと向かっていた。その後ろからはエマもついていっている。
 顔をアシュレイに戻したアクセルは、僅かに揶揄を覗かせた顔となっていた。
「けど、おまえの言葉で我に返ったみてぇなんだ」
 彼の言うきっかけが何なのか、アシュレイはすぐに気付いた。途端に呆れを覚える。つまり彼らはアシュレイ達が本格的に人型魔導機械兵と交戦を始めた時には、既にこの場に来ていたのだ。
「全然『ついさっき』じゃないじゃない」
「けど、俺らに気付かなかったって事は、それくらいおまえらも切羽詰まってたって事なんだろ?」
 図星だったので何も言わないでおいた。
 そんなアシュレイに、心の中どころか顔でも苦笑したアクセルである。
「見た感じ、コアの場所もどこか解らなかったからな、加勢したところで無意味だと思ったんだよ。で、ターヤも覚悟を決めたみてぇだったからな、あいつならどこにコアを埋め込むか判りそうな気がして探させたんだ」
「そしたら、心臓だったって訳ね」
「ああ、あいつが言うには、どうもそこだと装甲が薄めだったんだと。後はあいつが魔術で闇魔を浄化して、俺がおまえにコアの位置を教えたって訳だ」
 一通りの説明を聞いたアシュレイは、ふぅん、とだけ返す。最後に関しては声だけで理解できていたからだ。
 と、そこにあちらでの治療の有無の確認を終えたらしくターヤが駆け寄ってきた。
「アシュレイ! 怪我は無い?」
「ええ、大丈夫よ」
 言いながらエマを探せば、彼はマンスの前に膝をついて彼と何事かを話していた。おそらくは彼の心のケアをしようとしているのだと察する。
「そっか、なら良かった」
 ここでようやくターヤは安堵の息をつく。それから、遠慮がちにそっと地面に横たえられた遺体を見下ろした。先程のアクセルと同じく静かに屈み込み、彼へと向かって手を合わせる。そこまでは同じだったが、違うのはそれから少女が立ち上がらない点だった。
 そこに気付いたアクセルが前屈するように覗き込む。
「何してるんだ?」
「その、この人に悪いとは思うんだけど、さっきの疑問を解消したくて……」
「もしかして、あの魔導機械兵だけが動いていた理由?」
 申し訳なさそうな様子で俯きがちにターヤが言えば、いつの間にか近寄ってきていたスラヴィが思い出したように言う。
 首を動かして彼を見上げてから、その問いに彼女は頷いた。
「うん、どうしても気になってて……その、この人に悪いとは、思ったんだけど」
 今は遺体となってしまった男性を窺うように見てから、ターヤは躊躇しながら言う。先程と同じような言葉をもう一度口にした事には気付かなかった。

 彼女の言い分を聞いたアシュレイは内心同意しつつ、深刻になりすぎるのも良くないのではとも思った。
「確かに、個人としてはあまり死者には触れてほしくないけど、軍人としては彼にこんな無体を働いた輩を見つけ出すきっかけになるのなら反対はしないわ」
 アシュレイの言葉にはレオンスが弾かれるようにして現実へと戻ってき、すばやく彼女達を凝視する。
 そちらに視線だけを向けてアシュレイは続ける。
「どういう関係なのかは知らないけど、そいつ曰く、彼の名はレオカディオと言うそうよ。あたしの記憶が正しければ、七年前の〈デウス・エクス・マキナの悲劇〉の時に殺されたサーカスギルド〔機械仕掛けの神〕の花形メンバーと同じ名前ね」
 彼女にしては珍しく不必要な箇所を全く省こうともしていないのは、そこについて知らないであろうターヤに説明する為だという事が誰の目にも明らかだった。
 だがしかし、そこについては既に知っていたターヤは悟られないように苦笑するしかない。無論、アシュレイがわざわざ自分の為にそのような行動を取ってくれた事に対しては、心の隅っこで結構な喜びを覚えてもいたのだが。
 そしてアシュレイの目の先を追いかけた面々は、彼女の言う『そいつ』がレオンスであると知って驚く。勿論ターヤも少し遅れて。
「レオンの奴、〔機械神〕と面識があったのかよ」
 驚くアクセルをスラヴィが呆れたように横目で見る。
「今着目すべきなのはそこじゃないと思うけど」
「ええ、そうね。と言う訳で、彼を調べる権利をターヤに貰いたいのだけど? 別に嫌だったら断ってくれて構わないわ」
 少年の言葉に同意した後、アシュレイはレオンスへと話を振った。この中では唯一の知り合いらしい彼に確認を取っておくべきだと考えたのだろう。彼に対する態度や発言は普段通りだったが、その端々には気遣いの色が見てとれた。
 彼は一瞬驚いたようだったが、すぐにターヤへと視線を移してくる。
「いや、頼む」
 どこまでも真剣な表情に、感化されたターヤもまた顔付きを引き締めて首肯する。任せて、とまでは言えなかった。それから遺体となった男性へと向き直る。
(ごめんなさい)
 心の中で謝って、そして遠慮がちに遺体の観察を始めた。最初に遠目から見た通り、顔以外のボディは全て魔導機械のようだった。そのまるで死体を利用したような状態に、やはり彼は先程アシュレイが説明したレオンスの知人なのだと直感的に悟る。
(レオン……)
 こっそりと視線を送った彼は、ただ無言でこちらを見ていた。痛みを必死に堪えているかのようなその姿を見ていられなくなり、目を元の位置に戻す。
 そこでふと、目に付く物があった。
「これって……」
 思わず手を伸ばしてそこに触れ、そのままその場所に――レイピアが作った傷口に手を入れて、ゆっくりと脆くなっていた部分の装甲だけを崩して外すようにして壊していく。
 そうしてほぼ完全に露わになったコアを目にした時、ターヤは硬直した。
「ターヤ?」
 異変に気付いたアクセルが名前を呼べば、彼女は彼を見上げて、そしてすぐにレオンスを見た。
 何か解ったのだと知った彼はすばやく立ち上がるや否や、そこまで駆け寄っていく。そしてターヤが触れている部分を目にして、先程の彼女と同じように固まった。
 レオンスを追ってきたオーラとマンスとエマ、そして最初からこの場に居た他の面々もまたそこを覗き込む。ただし彼らが感じたのは衝撃ではなく、怒りだった。
 心臓の代替品にするかのように埋め込まれたコアに刻まれていたのは、自身の尾を噛んで一つの円を作り上げている蛇のマーク。ターヤは知らずとも、他の面々はそれが意味するところを知っていた。

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