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二十一章 砂漠の星空‐mixture‐(9)

「そのアシヒーだが、様子がおかしくないだろうか」
 言われてよく見てみれば、確かにアシヒーからは普段の覇気が感じられない。どこか疲弊しているようにも窺えた。
 もしかして、とアクセルはふと思い当る。
「あいつ、まさかとうとう〈マナ〉の供給が切れちまったのか?」
「えっ、どういう事!?」
 すばやくマンスが振り向いたかと思いきや、アクセルへと詰め寄る。その必死の形相には、逆にアクセルの方が驚いた。
「どういう事って、おまえなら考えればすぐに解る事だろ? あいつは人工精霊で、他から〈マナ〉の供給が無きゃ存在を保てねぇってのに、今は誰とも契約してないんだぜ? 寧ろ、今まで供給無しに動き回れて存在できてたのが不思議なくらいだっての」
「!」
 そこで初めてマンスは気付いたようで、即座に蒼白になってアシヒーを見た。
「とにかく、今はそれよりもアシヒーを助ける方が先だと思うけどな」
 しかしレオンスの言葉ですぐに我に返ると、マンスは巻物を手にして何も言わずに駆け出していってしまう。
 彼を追うように一行もまた前方へと向かった。
「! 何だてめぇら!」
 一行に気付いた〔ウロボロス〕のメンバー三人が《鋼精霊》の包囲網から抜け出て立ちはだかり、驚いたようにアシヒーが彼らを見る。
 だが、マンスは立ち止まりはしたものの怯む事は無かった。
「モナト!」
 少年が名を呼べばどこからともなく白猫が飛び出し、その内の一人に速度を付けるように回転しながら体当たりをかます。突然且つ予想外の攻撃にその男が無様に尻もちを付いたところで、モナトと入れ替わるように残り二人の前にはアシュレイとレオンスが肉薄していた。そのまま手にしていた武器を弾き飛ばされて叩き伏せられ、一瞬のうちに二人は沈黙する。最初の男の喉元にはレイピアの切っ先が突き付けられており、弾き飛ばされた武器はエマが回収していた。
「この野郎!」
 この一連の光景を見た男達は壺を手にした《精霊使い》らしき男だけをその場に残して、残りの数人も標的を一行へと切り替える。彼らは剣などの武器を手に、いっせいに襲ってきた。
 だが、アシュレイはレイピアで男の一人をその場に縫い付けたまま動かず、代わりにアクセルとレオンスが飛び出す。前者は大剣を使っているにしては俊敏な動きで確実に相手の武器を叩き折っていき、後者は先程同様相手の武器を確実に弾き飛ばしながら、ついでにちゃっかりと持ち物を掏っていた。
 それでも弾き飛ばされた武器を拾おうとした男達だったが、マンスが召喚した《土精霊》に足を岩の手で掴まれて、その場に固定されてしまう。尻もちを付いたままの男も同様だった。
「何だ、雑魚ばっかりじゃねーかよ」
 そうして《精霊使い》以外を無力化させると、アクセルは心底つまらなさそうに溜め息を吐いた。全員ほぼ一撃で終わってしまったので物足りないのだろう。
 彼に対してはレオンスが肩を竦めてみせる。
「所詮、彼らは有象無象の集まりなんだから仕方ないさ」
「そう言うあんたこそ、よくもまぁあたしの目の前で盗みを働いてくれたわね」
「戦闘中にモンスターや盗賊が持っている道具を盗むのは〔軍〕もいちいち気にしていないだろう? これはそれと同じ事だよ」
 目ざとく指摘してきたアシュレイを軽くかわすレオンスだった。
 正論なので反論はできないようだったが、アシュレイは不満そうにレオンスを睨みつける。
 何もする事が無かったターヤは内心苦笑しつつ二人を見ていた。
「おにーちゃん、その壺を捨てて」
 その間にも、マンスは一人残った《精霊使い》と対面していた。その顔には子どもながらに気迫が籠っており、大人でありながら《精霊使い》は思わず後ずさる。それでも〈精霊壺〉は胸部で抱き締めたままだった。

「捨てて」
 更に眉根を寄せたマンスがそう言った瞬間、彼の怒りに呼応してか《精霊使い》の足元から鋭く尖った岩が突き出され、的確に壺だけを貫く。
「ひっ!?」
 悲鳴を上げて《精霊使い》が腰を抜かせば、彼もまた仲間と同じようにその場に封じられた。
 逃げた人工精霊を捕まえにきた筈が、逆に自分達が大した抵抗もできずに捕えられてしまった事が頭にきた上、相手側に軍人が居た事が気に入らなかったのか、男達は今度は喚き始める。
「くそっ……! てめーら、覚えておくからな!」
「俺達〔ウロボロス同盟〕を敵に回してタダで済むと思うなよ!」
 これにはマンスが更に眉を顰め、アクセルは鬱陶しそうに舌打ちした。
「うっせぇなぁ……弱い奴ほどよく吠えるってか。ターヤ、やっちまえ」
「えっ!? えっと、じゃあ――〈睡眠付加〉」
 いきなり指名されて驚いたターヤだったが、とりあえず全員を支援魔術で眠らせる。それから無詠唱で発動できてしまった事に気付くも、これが《神子》としての恩恵の一つなのかと思えば、そこまでは驚かなかった。
 そちらは特に気にせず、敵が全員無力化された事を確認してからエマはアシュレイを見る。
「彼らは〔軍〕に預けた方が良いだろうな」
「そうですね。この近くですと……ペリフェーリカの支部が一番近いので、そちらに連絡しておきます」
 エマの言に頷くと、すぐさまアシュレイは通信用魔道具を取り出して連絡を取り始めた。
 その傍ら、ようやくマンスはモナトを肩に乗せたままアシヒーの傍へと駆け寄る。
「アシヒー! だいじょぶ?」
『問題無い。助けてもらった事には礼を言う』
「そっか、良かった。……そうだ! アシヒー、体はだいじょぶ? 〈マナ〉の供給は無いんだよね? だったら、ぼくと契約しようよ! そうすれば〈マナ〉の供給だって――」
 ほっと一息ついて思い出したように提案したマンスだったが、これを聴いたアシヒーの方は更に険しい顔付きとなったのだった。
『前に俺が言った言葉を忘れたのか? 今のままの貴様では、とうてい信じる事もできない』
「っ……!」
 以前と寸分違わぬ言葉を向けられた瞬間、あの時と同じ痛みと衝撃が少年を襲う。また、顔を俯けずにはいられなかった。
 一変した少年の様子にすぐに気付いた一行だったが、彼らの問題であるだけに容易に口出しはできそうにない。特にレオンスは歯痒そうに彼らを見ていた。
 変わらぬ失望の瞳を向けてから、次にアシヒーはその肩に乗っているモナトを見る。
『貴様はなぜ、そいつの傍に居る? なぜ自分達を造り、道具のように扱う人間などと契約している? たいそうな口を叩いておいて《羽精霊》を救えなかったそいつに、騙されているとは思わないのか?』
 矢継ぎ早に繰り出される言葉の数々に、尤もだとマンスは自らもそう思えてしまっていた。身体の震えが加速するのが解る。まるで身体に剣が深々と突き刺さったまま、暗闇の中に一気に突き落とされたかのような感覚だった。
『俺と貴様は同じ人工精霊だ。俺と共に来ないか?』
 それが止めに等しかった。
 しかし、自分などがモナトと一緒に居るのは良くないのだからアシヒーと行かせた方が良いのではないかという思いと、初めての契約相手で友人であるモナトに傍に居てほしいという思いがマンスの中でぶつかり合う。その度に救えなかった《羽精霊》の最期の笑顔と《鋼精霊》の失望の瞳が脳内をぐるぐると回った。どうして良いのか少年には解らなかった。
(ぼくは……)
『いいえ! マンスールさまに限ってそんな事絶対にありえませんし、モナトは一生マンスールさまの傍に居ます!』
 しかしその瞬間、暗闇の中に一筋の光が差したような錯覚を覚えた。思わず顔が持ち上がり、自身の左肩が視界に入ってくる。
 これにはアシヒーも虚を突かれたようで、先程までの勢いが若干減速している。

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