The Quest of Means∞
‐サークルの世界‐
二十一章 砂漠の星空‐mixture‐(10)
『なぜ、そう思える?』
『誰よりも、何よりも信じているから……マンスールさまが、モナトの「精霊王さま」だからです!』
同じ人工精霊でありながら自分の何倍も大きく強いアシヒーと真正面から対峙して、それでもモナトは引かずに自身の心のままに叫ぶ。そこには揺らぎも戸惑いも無く、ただ確固たる自信と信頼だけがあった。
そして、ターヤは『精霊王』という言葉に引っかかりを覚える。ニルヴァーナもマンスを『精霊王の器』と呼び表していたような気がするが、そこにいったいどのような意味が含まれているのか、推測する事は現時点では難しかった。
「モナト……」
自分を絶対的に信頼してくれている事がひしひしと伝わってくる彼女の言葉に、マンスは暗闇の中から光の中へと引っ張り上げられたように感じていた。
『そこまで言うのならば……おまえの力を俺に示してみせろ!』
一方、モナトの返事を聞いた《鋼精霊》は、マンスにすばやく目を向けて叫ぶや否や更に空中へと浮かび上がり、無数の針を地上に居る少年目がけて飛ばした。
咄嗟に《土精霊》が作った岩の壁にガードしてもらったマンスだったが、相手の攻撃は止む気配が無い。使役の詠唱を行っていないので普段に比べれば《土精霊》の力も弱く、耐久力の低い壁には徐々にヒビが入っていた。
あまりに唐突すぎる《鋼精霊》の行動には、マンスとモナトどころか皆も驚きを隠せない。
「マンス!」
「だ、だいじょぶ!」
思わず名を呼んだターヤには、即座に拒絶の意思が返ってきた。加勢するなと言っている事に気付いて引き下がった彼女だったが、逆にレオンスが反論する。
「だが、おまえ一人だと――」
「ここでおにーちゃん達の力を借りちゃったら、ぼくは一生アシヒーに認めてもらえない気がするんだ。だから、ぼくに一人でやらせて!」
マンスの真剣な叫びにレオンスは言葉を失くした。そんな彼の肩を掴んで後方に軽く押しやると、アクセルは少年へと声をかける。
「おい! おまえの希望通り俺らは加勢しねーけど、やばくなったら容赦無く介入するからな! そこだけは覚えとけよ!」
「うん、わかった!」
心配してくれている青年に今だけは内心感謝して素直に返事をしてから、マンスは眼前の《鋼精霊》に意識を戻した。
相手は未だ無数の針をマンスへとまっすぐに飛ばしてきており、彼を護る岩の壁には無数のヒビが入っている。《土精霊》が踏ん張ってくれてはいるが、絶え間無い攻撃にあと数分ももたない事は彼にも解った。そして、相手が身を削りながら攻撃してきている事も。
それでも、マンスにはアシヒーが自分を殺そうとしているとの思考には至らなかった。少年には、相手がただどうしようもない思いを抱えてがむしゃらに暴れているようにしか感じられなかったのだ。
「『火の化身よ』――」
故に、少年は覚悟を決めた。
「! マンスール!」
彼がしようとしている事に即座に気付いたレオンスが弾かれるように名前を呼ぶ。
「信じてやりなさいよ」
しかし、そこに声がかけられた事で飛び出す事はせず、レオンスは隣に目を向ける。いつものように彼を睨み付ける訳でも皮肉を向ける訳でもなく、アシュレイが真剣な眼差しでレオンスを見ていた。
「あんたがマンスを気にかけてるのはよく解ったけど、だからって過保護になるのはどうかと思うわ。本当にあの子を大切に思ってるのなら、最後まで信じてあげなさい。マンスだって、いつまでも子どもじゃないんだから」
諭すような声だった。
「そう、だな」
途端に、それまでの言動も含めて自分がもの凄く恥ずかしく感じられてきて、レオンスは無意識に顔を隠すように右手で抑えていた。まるで子離れできていない親のようだと脳内で自身を皮肉る。はぁ、と息が一つ零れ落ちた。
他の面々は黙っているようで、アシヒーが飛ばした針が壁に衝突する音とマンスの詠唱だけがその場に響き渡っている。
「あんたって、まるでマンスの親みたいね」
思い出したように発されたアシュレイの言葉は実に的確だった。
もう、レオンスは何も何も言えそうになかった。
「――『我が喚び声に応えよ』! 〈火精霊〉!」
力の籠った声で詠唱が最後まで紡がれた直後、少年の足元には赤い光を放つ魔法陣が、その頭上には火を纏った巨大な龍が出現する。
「! 四精霊がもう一体!」
「おいおい、一度に精霊を二体も召喚するなんて大丈夫なのかよ」
「ランクの高い魔物や精霊は、基本的に一度に一体しか召喚できないからな。それ以上は、身体にかなりの負荷がかかると思うのだが……」
「覚悟を決めているみたいですね、あの子」
驚くターヤ、唖然とするアクセル、心配するエマ、賞賛するアシュレイ、無言で見守るスラヴィと一行の反応は人それぞれだった。
そんな彼らには気付かず、レオンスはマンスと彼の傍に居るモナト、グノーム、サラマンダーだけを見ていた。否、それだけしか視界に入ってはこなかったのだ。
「やっぱりか」
ただし心配や不安などといった感情は出てこず、寧ろどうしてか清々しかった。
二体目の精霊――しかもどちらとも四精霊が召喚されたという異例の事態には、アシヒーもまた知らず知らずのうちに攻撃の手を止めてしまっていた。思わず言葉が口の端から飛び出す。
『これ程の、覚悟だというのか……!』
「うん。これが、ぼくの覚悟だよ!」
アシヒーの呟きをマンスは肯定する。その眉根は僅かに寄せられ頬には汗が伝っており、覚悟の代償を受けている事は誰の目にも明らかだった。
ハリネズミが驚愕の色を移した瞳で少年を見る。もう言葉は無かった。
マンスもそれ以上は必要としていない。
「『火の化身よ』――」
代わりに紡がれたのは、こちらの世界で精霊に制限無く力を使わせる為の詠唱だった。
人間界と精霊界の構造は異なる為、ただ召喚しただけでは精霊は満足には力を振るえない。こちらの世界で彼らの力を最大限に発揮してもらう為に、精霊術には召喚用の詠唱文言の他に、使役用の詠唱文言が存在するのである。
ちなみにそれは魔物も同じ事なのだが、こちらは召喚用の詠唱文言しかなく、その代わりなのかこちらに喚んでいられる時間に制限があるようだ。それは個々人によって異なるそうだが、とにもかくにも長時間こちらの世界には居られないらしい。
それにより我に返ったアシヒーは再び攻撃を行うが、それらは全て先程の間に《土精霊》が作り出していた新たな岩壁に阻まれる。相変わらず早くもヒビが入っていたが、時間稼ぎには十分すぎる程だ。
「――『我が制約の下、その能力を開放し、汝の意思で行使せよ』! 〈火精霊〉!」
詠唱が完了した瞬間、火竜の足元に浮かんでいた魔法陣がはじけ飛ぶようにして消え去る。それはまるで呪縛から解き放たれたかのようだった。そうして、こちらの世界で好きなように力を行使する事を許された《火精霊》は雄叫びを上げ、前方へと向かって無数の火球を放つ。上空から降ってきていた無数の針は、悉くそれに呑まれて消失した。
「サラマンダー!」
今度は詠唱としてではなく指示としてマンスが名を呼べば、《火精霊》が頷いて動くと同時に《鋼精霊》を炎が取り囲む。触れる程近くはないが、動きを封じるには十分な距離だった。