The Quest of Means∞
‐サークルの世界‐
二十一章 砂漠の星空‐mixture‐(7)
「幾ら闇魔に憑かれてたからって、結局憑かれたのは自分が弱かったからでしょ!? それに、殺人鬼になっちゃった事には変わりないよ! 殺人鬼なんて、結局みんな同じなんだから!」
何かしら強く思うところがあるのか、マンスは強い口調と勢いで持論を述べる。彼の意見は尤もだと思えたが、ターヤは完全には同意できなかった。
「ううん、わたしはそうは思えないよ」
「どうして?」
しっかりと首を横に振ってみせると、マンスが即座に訊き返してくる。
「わたしは、あんまりこの世界の事件の事とか知らないけど、犯人がみんな自分の意思でやったなんて思えないよ。もしかしたら、この人みたいに闇魔に操られてた人だって居るかもしれないもん。それに、人を操るのは魔術とか魔道具でもできるから。それを使ったのが強い力を持つ人だったら、心の弱さは関係無いよね?」
自身の言葉が偽善である事は重々承知の上だった。それでもターヤには皆が皆、根本からの悪人であるとは思えなかったのだ。この男性だって自らの手で殺人を犯してしまったとはいえ、闇魔に操られての行動だったのだから。本当のこの人は、虫をも殺せぬような優しい人なのかもしれないのだから。
「それでも、殺人鬼の気持ちなんて……ぼくには解らないよ……!」
非常に納得がいかなさそうな様子で目を反らして、マンスは嗚咽を零す。喉の奥から絞り出したような声だった。
それを見たレオンスが複雑そうに表情を歪めた事には誰も気付かなかった。
取り押さえていた男性を一旦地面に下ろしていたアシュレイは、で、と区切りが良くなったところを見計らって話の内容を移す。
「この男をどうしましょうか。殺人犯とは言え闇魔に憑かれての行動だったんだから、裁判にはちょっとかけ辛いのよね。闇魔は浄化しちゃったから確固たる証拠も残ってないし。擁護するつもりは無いけど、軍人として不公平な裁きはしたくないから。もしかしたら相手に恨みがあって殺そうとしたのかもしれないけど」
アシュレイが突き付けてきた問題で、ターヤはそちらに意識が向く。確かに憑いていた闇魔を浄化したからと言って、それで終わりという訳にはいかないのだ。
まるで安らかに眠っているかのような死体をスラヴィが見やる。
「死体の方はどうするの?」
「死者については、フォーンスに連れていって葬ってもらおうと思っているわ」
「そうだな、砂漠の民はフォーンスに眠らせる方が良いだろう。彼らは繋がりの強い一族だと聞くからな。だが、そちらの男性については……」
死者の処置については同意したエマだったが、男性の処遇については声を濁した。
「だな。裁判がどうのこうの以前に、一度闇魔に憑かれた奴は付け込まれやすくなるみてぇだし、まず先にそっちの方を何かしら対処しなくちゃならねぇな」
アクセルもまた考え込むが、その顔付きは険しい。
同じく他の面々も特に良い案が思い浮かばないようで、各々難しい表情で思考している。その中でただ一人、マンスだけが怒りを燻ぶらせたままの様子だった。
「それでしたら、その方は私に任せていただけませんか?」
「わっ!?」
唐突に後方からかけられた声に思わず飛び上がりかけたターヤだったが、その声で正体に気付いて振り返る。
「オ、オーラ」
ターヤとは向かい合うような位置に立っていたアシュレイは最初から判っていたようで、特に驚いた様子も無く声を放る。若干不機嫌そうな雰囲気を醸し出し始めていたが。
「今まで何してたのよ、とは訊いたところでどうせ答えてくれないんでしょうね」
「はい、プライベートですから。それで、その男性の方なのですが、〔軍〕ではなく世界樹の街で預からせていただけないでしょうか?」
突然の申し出には、皆が判断を委ねるようにアシュレイへと視線を送る。
彼女はまっすぐにオーラを睨み付けるようにして凝視していた。
「そう言うって事は、何か対策を持っているんでしょうね?」
「はい。世界樹の街は《世界樹》さんの御膝元ですので〈マナ〉の濃度も濃いですし、その影響も強く受けます。ですから、その方の精神状態や過去にまで対処する事はできませんが、以降は闇魔に影響を受けないように処置する事でしたら可能です」
オーラの発言には皆が目を丸くする。
「そんな事ができるのかよ! 流石は《世界樹》ってところか」
「それは凄いな」
アクセルはともかくとして、エマもまた驚きを面に顕にしている事を面白くなさそうに一瞥してから、アシュレイはふんと鼻を鳴らす。
「そう言えばあんたは《神器》とやらだったものね。《世界樹》に頼み事もできちゃうって訳?」
「ええ」
通常通りアシュレイの皮肉をさらりと受け流すと、オーラは魔術で空間を捻じ曲げてどこかへと繋げたかと思いきや、その中へと同様に魔術で浮遊させた男性を放り込んだ。
予想外のやり方に唖然とする面々の中、エマだけが驚く様子も無く呟く。
「時属性の魔術か」
「はい。時空を捻じ曲げて、世界樹の街の内部まで繋げさせていただきました。後は、リチャードさんかアズナブールさんが対処してくださる事でしょう」
意外と適当なオーラにアシュレイは呆れ顔だ。
「随分と大雑把で投げやり気味なのね」
「私があちらに送り込む方は、今回のようなケースに遭われた方が殆どですから。皆さんも承知の上です」
返答の代わりにアシュレイが軽く両肩を竦めてみせたところで、スラヴィが死体の方に顔を向けた。
「あとはその人だけだね」
「その方は、私がフォーンスまで御連れいたしましょう。皆さんは、一足先に機械都市ペリフェーリカへ行かれてはどうでしょうか?」
更なる申し出に皆は顔を見合わせる。しかし、このまま砂漠で立ち往生したままだと先刻の二の舞になりかねないので、素直にオーラの申し出を受け入れる事にした。
ただし、案の定アシュレイは皮肉気に言葉を残したが。
「まさか、その人も空間を捻じ曲げて送るんじゃないでしょうね?」
「いえ、まさか。その方は丁重にフォーンスまで御連れいたします」
言い返してからオーラは死体の許まで行き、服や手が地や砂で汚れるのも厭わずに彼を抱き上げた。それから「では一旦失礼いたします」と可能な限りで一礼すると、踵を返してフォーンスの方へと向かっていく。
その背中を縋るようにレオンスが見送っていた事に、アシュレイだけは気付いていた。
そうして一行がペリフェーリカへと向かっていた頃、ディアナとホークアイはと言えば自宅で一息吐いていた。向かい合わせに座り、数分前に見送った一行の事を思い出しながら、コップに注いだ水を互いに飲みつつ、どこか懐かしそうに言葉を交わし合う。
「面白い子達だったわね。あたしがドウェラーだと解っても、そこについては特に気にしてなかったみたいだし」
「ああ、そうだな。それに、おまえの恥ずかしがる顔も見れたからな」
瞬間、ディアナの顔は先程その話題が出た時と同じくらい真っ赤に染め上がった。だん、と音を立てて手にしていたコップが机上に叩きつけられるようにして置かれる。
「ちょ、ちょっと! そこは忘れてよ!」
「断る。おまえはなかなか俺の前では、そのような反応は見せてくれないからな」
からかう意図も少々あるようで、ホークアイは楽しそうに笑っている。
はぁ、とディアナは息を吐き出した。
「あなた、実は意外と良い性格してるわよね。全く、昔はヴォルフにどこまでも忠実で無口で無表情で、あたし達とは一線を引いてる問題児みたいだったのに、今はこんなにも表情が豊かなんだから」