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二十一章 砂漠の星空‐mixture‐(6)

「そこについては心配要らないよ。俺達のギルドは決して一枚岩なんかじゃないし、実際俺が居なくても問題は無いからな」
 あっけらかんとして言う〔盗賊達の屋形船〕ギルドリーダーである《首領》に、ターヤやマンスは驚きを面に顕にせざるを得なかった。随分と仲間を信頼している反面、自分を軽く卑下してもいるようだ。
 同様に感じたのか、アシュレイが呆れたように眉を動かす。
「ふぅん、あんたって意外と影響力は無い訳?」
「はは、そうかもしれないな」
 苦笑いを浮かべる事も無く普段通りに笑うレオンスに、アシュレイは阿呆らしいと言わんばかりの顔になったのだった。それ以上はもう何も言う気は無いようだ。
 ギルドリーダーっていろんな人が居るんだな、とターヤはヴォルフと〔万屋〕の《隊長》と〔教会〕の《教皇》を思い出しながらぼんやりと考える。
「あれ? スラヴィは?」
 と、そこでスラヴィが近くに居ない事に気付いた。
「ああ、あいつならあそこに居るわよ」
 アシュレイに示された先では、スラヴィが一行に背を向けてじっと一点を見つめていた。
 小走りに駆け寄っていって尋ねる。
「スラヴィ、どうしたの?」
「遺跡を見ていたんだ」
「遺跡?」
 前方を見つめる彼の視線の先を一緒になって追ってみるが、そちらの方向では砂埃が舞っており、生憎とターヤにはよく判らなかった。目を凝らしてみても、やはり砂埃しか視界には認識できない。
 そんな二人と同じ方向を見たアシュレイは、すぐにだいたいの状況を把握した。
「ああ、確かに十数メートル先に遺跡らしき物体が窺えるわね。どうやら入口は崩れたのか塞がれてるみたいだけど。何、あんた実は遺跡に興味があった訳?」
「違う。ただ、千年前の彼らに黙祷を捧げたかっただけ」
「千年前? 彼ら? 黙祷?」
 訝しげに連発されたアシュレイの声に、けれどスラヴィはもう答えなかった。ただ、黙ってその方向を見つめ続けているだけだ。
 これ以上訊いたところで無駄だと理解したアシュレイは、再びスラヴィから視線を遺跡が位置する方向へと何気無く動かす。そこで他の事に気付いた。
「遺跡の傍に二人ほど居るみたいね。一人……はうつ伏せになっていて、もう一人はその傍に座り込んでいるようね。熱中症にでもなったのかしら? ……すみませんエマ様、ちょっと行ってきます」
 見えたままを呟いてからエマに一言残すや否や、彼女は駆け足でそちらへと行ってしまう。
 いきなり且つ俊敏な行動に驚いた皆はその背中を見送ってしまうが、ターヤはと言えば先程から別の方に気を取られたままだった。
「アシュレイ、あんなに目が良いんだ」
「あいつは異名通りチーターみてぇな奴だからな」
 唖然としたターヤにはアクセルが若干のからかいを込めて応える。
 彼の頭部に軽く手刀を入れてから、エマは皆を促した。
「私達も行ってみよう。場合によってはターヤに治してもらうか、フォーンスまで連れていかなければならなくなるかもしれないからな」
「あ、うん」
 言われてみれば確かにそうだとターヤは思い、残りの面々と共にまたエマの先導でアシュレイを追う。
「何してるの!」
 だが、そこに届いてきた声で、一行は事態が違う方向に良くない事を悟った。速度を一気に引き上げて駆け足となった一行は、すぐに遺跡の傍まで辿り着く。

「「!」」
 しかし本当に遺跡があった事に意識を向けるよりも先に、一行は眼前の光景に驚愕した。
 そこではアシュレイが一人の男性を羽交い絞めにしていた。彼の右手には血塗れの湾曲刀が握られており、足元には血塗れの男性がうつ伏せで倒れている。一行に向けられた顔からは生気が感じられず、既に死亡しているようだった。その髪色と褐色の肌から察するに、死んでいるのは砂漠の民だろう。
「あんたねぇ……落ち着きなさいってば!」
 拘束された男性は、これでもかと言わんばかりに意味のある言葉になっていない奇声を上げて暴れ狂っており、アシュレイは彼を抑えるのに少々苦労しているようだ。
 だが、それよりも先にターヤとアクセルはある事に気付く。
「その人、闇魔にとり憑かれてる!」
「だな。大方、そのせいで理性を失くして、そいつを殺したってところだろ」
 黒い靄は表には出ておらず、髪と目も黒く染まってはいなかったが、《世界樹》の加護を受けている二人には、これまでの経験から闇魔の存在を感知する事は可能だった。
 専門家である二人の言葉を聞いた瞬間、皆もまた更に驚く。
「なるほど、それならば、あれ程狂ったように暴れている様子にも納得がいくな」
「多分、さっきのワームと関係があるんだと思う」
「という事は、彼は元々何かしら闇魔に付け込まれる隙があって、そこをあの巨大蚯蚓に憑いていた闇魔に影響された、という事かい?」
 ふむ、とレオンスが口にした考えを肯定するようにスラヴィは頷く。
 そんな中、マンスはただ一人呆然とした表情で死体を見ていた。
「マンスール? 大丈夫か?」
 気付いたレオンスが彼の視線を遮るように前に立って肩を掴み揺さぶると、ようやくマンスは我に返る。
「おにーちゃん……」
 すっかりと覇気の無くなった声と蒼白な顔を向けられて、思わずレオンスは表情を歪めた。
「――〈閃光〉!」
 その間にもターヤが魔術により闇魔の存在を表へと引きずり出し、そこをアクセルが斬る事で浄化は完了した。
 途端に憑きものが落ちたかのように取り押さえられていた男性がぴたりと動きを止め、すぐに気を失ったらしく、その全身から力が抜ける。
 ふぅ、とアシュレイが溜め息を零した。
「全く、今までこんな事なんて無かったって言うのに。いつだかあんたが言ってたけど、本当に闇魔が出てくるようになってるのね」
「ああ。《世界樹》も不調だっつってたし、これは真面目にターヤに仕事をさせねぇとな」
 若干ふざけたように言うアクセルにターヤは呆れ、怒ったように顔を顰める。
「アクセルも調停者なんだから、ちゃんとやらないと」
「解ってるって。俺とおまえが真面目にやらねぇとな」
 今度は笑みを浮かべつつも真面目な面持ちでそう言ってから、アクセルは死体の傍まで行ってその場に膝を付いた。自分の方に向けられている驚愕で固まってしまった顔に手を伸ばし、その瞼を下ろしてやる。
 エマは無言でその様子を見ていた。
「こういう事も、あるんだね。でも、その人も何だか可哀想。自分の知らないうちに、殺人を犯しちゃってたなんて……」
「そんな事無いよ!」
 独り言のつもりだった呟きに過剰に反応され、驚いてターヤはマンスを振り向く。
 彼は両肩を大きく上下させて呼吸しながら、憎しみすら籠っていそうな険しい目付きで男性を睨み付けていた。その瞳の奥では、強い怒りの炎が強く揺らめいている。
 突然の少年の言動に皆は驚かざるを得なかった。
「マンス……?」
 唯一、レオンスだけは解っているようだったが。

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