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二十一章 砂漠の星空‐mixture‐(5)

「オリーナ、って《蠍座》の事よね。《水瓶座》の義妹だと聞いたけど?」
 アシュレイが使用した呼称に二人は何も言わなかった。ただ、ディアナは頷いただけだ。
「そうよ、ヴォルフの大切な妹のオリーナ。あの子は『運命』って言葉があまり好きじゃなかったから、みんなと打ち解けられてからは、そう言う度に怒られた気がするわ。あたしは運命っていうのを信じてるんだけど、そんなのは自分の意思で掴み取った自分だけの人生じゃない、っていうのがあの子の主張だったから」
「運命、か」
 レオンスの呟きを耳で拾いつつも反応せず、アシュレイはもう一歩踏み込んでみる事にする。
「その信条には同感ね。じゃあ、《水瓶座》が極度のシスコンだったって言う話も本当な訳? 会った感じでは、別にそうは思わなかったけど」
 けれども発されたのは別の言葉だった。言ってから自分で驚く。昔に比べれば随分と図々しさが引っ込み、丸くなったものだ。それが誰の影響かなど、アシュレイには何となくだが察しが付いていた。ターヤとアクセルを一瞥してから、再びディアナとホークアイを見る。
 続く予想外な問いにディアナは目を瞬かせ、ホークアイもまた驚いているようだった。
「まさか、そんな事を訊かれるとは思わなかったわ。あなたはもっと遠慮しないで質問してくるのかと思ってた」
 ディアナの言葉にはアクセルが大きく頷いてみせ、他の面々もまた同意の様子だ。
「でもそうね、確かにオリーナのこととなると、途端に余裕が無くなっちゃうからね、あたし達のリーダーは。ヴォルフ以上のシスコンなんて、レジーくらいじゃないのかしら?」
 何事かを思い出したかのようにディアナは苦笑した。
 そしてレジナルドことローワンのシスコンっぷりを目にした事のある面々は、こちらの言葉にも同意の色を見せる。その半面、あの好青年があれ程までに妹を溺愛するのかと想像してみて驚いてもいたが。
「歳の割にはかなり大人びていたっていう《水瓶座》が、本当に極度のシスコン、ねぇ」
 あの時その場には居なかったアシュレイでさえも驚嘆しているらしく、普段よりは目が見開かれている。
 ターヤもやはり会って話してみたヴォルフの印象と『極度のシスコン』という言葉が結びつけられず、寧ろ彼の妹であるオリーナがどのような人物なのかという点が気になってきた程だった。
「ねぇ、そのオリーナって人はどんな人なの?」
 思ったままに訊いてみれば、一瞬だけディアナが瞳を揺らしたように見えた。
「そうね、オリーナは消極的で恥ずかしがり屋で人見知りなんだけど、本当は優しくて勇気があって困っている人を放っておけなくて、家族を大切にする子だったわ」
「『だった』?」
 引っかかったらしくアシュレイが眉根を寄せるも、ディアナはそちらには触れようとはしなかった。ただ、曖昧に微笑んだだけだ。
 益々アシュレイの眼が鋭さを増すも、これ以上の追及は許さないとでも言うかのようにホークアイが眉を潜め、彼と彼女の視線が真っ向からぶつかった。そこで火花が散ったようにターヤには思えた。
「まぁまぁ、あまり追求しすぎるのも良くないと思うな。しかし今日のアシュレイは様子が変だな。気を遣ったかと思えば、直球に訊くんだからな」
 あわや一触即発かと思いきや、その間に割って入ったレオンスがちゃっかりと話題をすり替える。
 彼の意図に気付くも、図星を突かれたアシュレイはぐうの音も出ずに黙り込んでしまう。
「それで、他に何か訊きたい事はある? 全部に答えてあげられる訳じゃないけど、できる限りは答えてあげるわよ」
「ああ。ただし、追求するのは無しにしてもらいたい」
 その隙にディアナが出してきた提案には、ホークアイもまた依存は無いようだった。とは言え、さりげなくアシュレイを牽制してきてもいたが。

 二人の気前の良さに皆は驚く。これが今まで頑なに世界中から向けられたさまざまな問いに答える事も、表舞台に居続ける事も拒んでいた〔十二星座〕のメンバーなのだろうか、と。
 思わず誰かがそう問うと、ディアナは確かにそうねと苦笑いを浮かべた。
「ルツィーナの従妹さんに会えたからか、どうしてか饒舌になっちゃったみたい」


 あの後、言葉通りディアナは質問にはなるべく答えてくれた。曰く《蠍座》オルナターレは最初は非戦闘員だったのだとか、《蟹座》エセラ・シャリエはちょっと度の過ぎた自然愛好家なのだとか、《牡牛座》ラバーニアス・ファウツは体格が良く巨体なのに昼寝が趣味だとか、《魚座》リノ・スウィリングは昔はずっと女装をしていたのだとか。そして、ターヤは既に知っていたが《天秤座》ルツィーナはドのつく天然だったのだとか。とにかく、いろいろな話を聞かせてくれたのだ。
 ただし〔十二星座〕が消滅した原因やオルナターレとエセラが『裏切った』と言われている理由、そして《牡羊座》ウォリック・グランヴィルについてなどは、やはり頑なに教えてはくれなかったが。
 そして、ちゃっかり昼食を頂いてからディアナとホークアイに別れを告げて彼らの家を出た一行は、フォーンスで準備を済ませた後、再び砂漠へと足を踏み入れていた。今度はターヤとマンスも先刻の二の舞を踏まないよう、更に多めに水を入手している。
「やっぱり《蠍座》と《蟹座》の離反、それに《牡羊座》については訊けなかったわね」
「彼らにも言える事と言えない事があるんだろ。それを無理に訊くのも良くないと思うな」
 若干悔しそうに呟いたアシュレイには、レオンスが笑顔のまま少々咎めるように声をかける。
「とは言っても、今日の君はあれ以外は無遠慮な質問はしていなかったな。いったいどういう心境の変化だい?」
 そうは言われても、アシュレイ本人にもよく解らないのだから答えようがない。ホークアイに釘を刺されたからだとは思わないが、あの後の彼女の質問は当たり障りの無いものばかりだった。
「知らないわよ」
 故に、彼女は拒むように不機嫌さを顕にして返しておく。
 最初から答えを貰えないであろう事は察していたのか、レオンスはそれ以上は何も言わなかった。
 句切れの良いところで、ターヤはふと思ったことを口にする。
「そう言えば、ディアナにわたし達がどういう関係なのかって訊かれたけど、結局答えずに終わっちゃったね」
「確かにそうだな。だが、あまり深い意味は無かったのだろう」
「そうですね。あちらも空気を解そうという意図の下での発言という感じでしたし」
 エマに同意したかと思いきや、アシュレイは鋭くレオンスを捉えた。
「ただ、気になると言えばあの女よ。あたし達についてくるつもりみたいだけど、いったい何を考えてる訳? だいたい、あんたもあの女と合流できたと言えばできたんだから、あたし達と一緒に居る理由ももう無いんじゃないの?」
 どうやら、この場合の『あの女』というのはオーラを指しているらしい。アシュレイは認めていない相手や気に入らない相手もことは三人称で呼び表し、苗字どころか決して名前では呼ばないようだ。ただし素直ではない彼女なので、名前で呼べない相手も居るのだろうが。
 相変わらずなアシュレイに苦笑しつつもレオンスは答える。
「俺達だけになった途端、随分と遠慮が無くなったな。けど、確かに君の言う通りだよ」
 だが、と再度の逆転。
「彼女が君達についていくのなら俺もついていくし、何より君達と一緒に居る他の理由もできたからな」
 レオンスがそう言った時、その視線がマンスに向けられたようにアシュレイには思えた。彼女が更に何事かを言葉に変換するよりも早く、今度はアクセルが疑問を飛ばす。
「けど、おまえ〔屋形船〕はどうするんだよ? ギルドリーダーなんだろ?」

カンサー

​タウラス

​パイシズ

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