The Quest of Means∞
‐サークルの世界‐
二十一章 砂漠の星空‐mixture‐(4)
続いて、隣で同じ量の水を貰っていたマンスが名乗る。
「ぼくはマンスっていうんだ! 水ありがとね、おねーちゃん、おにーちゃん」
「いえいえ。二人とも元気になったみたいで良かったわ」
ディアナが微笑んだ後、残りの面々も名前を述べた。言わずもがな、アシュレイは二人を完全には信用していないようで不信感を丸出しにしていたが。
しかし、すっかりと自身のペースを取り戻したディアナは気にせず、全員の名前を把握してから気になっていた事を問う。
「それで、どうしてあなた達はあんな所に居たの?」
当然と言えば当然の質問だった。
砂漠はその環境の悪さから、あまり人の往来は無い地帯だ。偶にあるのかも判らない遺跡や財宝などを探し求める酔狂な者や、考古学者、旅人などが居ない事も無いが、基本的には砂漠の民でさえ余程の用事がなければ足を踏み入れない場所なのである。
確かに、自分もディアナとホークアイの立場だったら不思議に思うのだろうな、とターヤは想像してみた。そもそも砂漠にはあまり良いイメージの無かった彼女は、街道ルートを主張した側でもあった。
「機械都市に用事があり、古都方面から向かっているところなんだ。だが、街道の方に回っていては遠回りになると考えて、こちらのルートを通っている」
エマの回答にはディアナが目を丸くする。
ホークアイはいつの間にか元の無表情に戻っていた。
「だからってこっちのルートを通るなんて、自殺行為だとは思わなかったの?」
「アシュレイが随分と渋ったからな。仕方が無かったのさ」
呆れたように苦笑したディアナにはレオンスが肩を竦めてみせる。ついでに視線はその当事者に向けられていた。
無論、即座にアシュレイが彼に対して噛み付いた。
「あたしのせいだとでも言いたい訳?」
「まさか。ただ、どうしてもあちら側を通りたくない強い理由があるようだったから、少し気になっただけさ。例えば、グライエル荒野、とかな」
「レオンス」
見透かそうとするかのように細められた両眼は、しかし静かな声によって制される。エマが咎めるような目付きでレオンスを見ていた。彼は一度だけ肩を竦めてみせてから黙り、アクセルは複雑そうに眉根を寄せた。
今度は硬くなってしまった空気を解すべく、ディアナは話題を変える。
「ところで、あなた達ってどういう関係なの? 何人かは旅人みたいだけど、軍人さんも交じってるみたいだし、〈マナ〉の流れが不思議な子も居るみたいだし」
言ってしまってから、はたと気付く。ホークアイが斜め後ろから彼女を小突いた。
「やっぱり、ドウェラーには隠せないんだ」
しかし気にした様子も無くスラヴィが応える。その表情はあまり変わっていなかったが、驚いているらしい事は何となく判断が付いた。
彼の勘違いに便乗するべく慌ててディアナは話を合わせる。
「え、ええ、あたしはどちらかと言えば力の強い方だから」
苦し紛れである事が丸解りの声だったが、マンスは気付かなかったようで内容の方に反応する。若干目が輝いているように皆には見えた。
「え、ドウェラーの中でも力の強い人と弱い人が居るの?」
「ええ。あたしは〔マナ使いの一族〕って呼ばれるドウェラーの上部に立つ一族の出身なんだけど、この一族は特に〈マナ〉の扱いに長けているのよ。体内の〈マナ〉の流れや構成まで見る事ができたり、流れを変えるだけじゃなくて、身体の構造を変化させる事もできるの」
「そ、それはそれで寧ろ怖いね」
ぶるり、とターヤは小さく全身を震わせた。脳内で嫌な記憶が蘇ったのだ。
「だって、それで全身の構造を変えちゃったから、あの時イヴは戻るのに苦労したんだよね? あの時はセルジュが表情を変えるくらい大変だったし」
「「!」」
瞬間、ディアナとホークアイが驚愕の表情でターヤを凝視した。
一方、発言者である筈のターヤはといえば、今し方自身が発した言葉の内容に気付き、驚いて口元に手をやる。目が丸くなっているのが自分でも判った。
「あ、あれ?」
「やっぱり、ルツィーナなの?」
「主は別人だと言っていたが……」
二人が呟いた言葉で、一行の方もまた彼らの正体に気付く。襲ってきた驚きのままにエマが問う。
「貴方達はもしや、イヴァナ・ディーゼルさんとセルジュ・ロンバルディさんなのか?」
「え、ええ、そうだけど……それより、その子は、本当にルツィーナじゃないの?」
肯定してほしい、だけどしてほしくない。そんな矛盾する感情の籠った瞳を向けられて、ターヤはそれまで出会ってきた〔十二星座〕の面々を思い出す。ある者は人から聞いていたらしく彼女が別人だと知っており、ある者は事実から別人だと結論付け、ある者は本人かと思って詰め寄ってきて、そして彼は別人だとすぐに気付いた。皆、ルツィーナを目の前で亡くしていても、十年たった今でもその事実を完全には受け入れられていないのだ。レジナルドもああは言っていたが、本心は違ったのかもしれない。
それでも、ターヤは事実を告げる事を選んだ。
「ううん。わたしは、ターヤだよ。名前で呼んじゃったのも、わたしが今の《神子》で、ルツィーナさんと意識が混じり合ったりしてるからなんだって。顔が同じなのは、従妹だから」
余す事無くはっきりと言えば、途端にディアナが肩を落とす。目に見えた落胆ぶりだった。それでも、そこには少しばかりの安堵も垣間見えてはいたが。
すばやくホークアイがその肩を後ろから支えた。
「そう、よね……あの子は、もう居ないもんね」
ホークアイに後ろから支えられるような姿勢になったまま、彼女は申し訳無さそうにへにゃりと眉尻の下がった悲しそうな顔で笑ってみせる。
「ごめんね?」
「う、ううん」
人間違いをした事に関する謝罪だとすぐに気付き、慌ててターヤは首を横に振った。よく間違えられるからとフォローしようかとも思ったが、場の空気はすっかりと重く気まずくなってしまっており、そう口にするどころか申し訳無くなってきた程だ。
「ふぅん、あんた達が《隠棲の乙女座》と《隠居の射手座》なのね。それにしてもここ最近、随分と高い頻度で〔十二星座〕に会うもんだわ」
しかしアシュレイは気にしていないといった姿勢を取り、独り言のように呟く。そこには僅かな困惑が含まれていた。
すると、他の面子にも会っていたとは思わなかったのかディアナが喰いついてくる。
「あたし達以外にも会ったの?」
「ああ、ヴォルフガングとレジナルドとリクと……まぁ、ハーディにも会ったって言えば会ったな」
アクセルの言い方に首を傾げそうになったターヤだったが、言われてみれば確かにハーディと直接会話をしたのは自分とオーラとリクくらいだったと気付く。そして、その会話については誰にも言っていない事にも。
名を聞いたディアナはターヤに視線を戻す。
「ハーディにも一応会ったって事は、あいつにもその事に触れられたんでしょ? あいつは、あなたをあの子と間違えなかった?」
「う、うん。最初はルツィーナって呼ばれたけど、すぐに別人だって気付かれたよ?」
途端にディアナは吹き出した。予想通りすぎておかしいと言わんばかりの表情だった。
「流石ね。……本当に、あいつは」
しかしすぐに懐かしそうな、悲しそうな表情へと転じる。ただしそれもまた即座に切り替えると、今度はすまなさそうな笑みを浮かべて一行を見た。
「ごめんね、こんな話をして。それにしても、ルツィーナの従妹に会えるなんて、これも運命の巡り合わせなのかしら。……オリーナが聞いてたら、怒られちゃいそうだけど」
言ってから気付いたように目線を逸らしたディアナをレオンスは見つめる。
スラヴィもまた視線を机の下に落としていた。
ヴァ―ゴ
サジタリアス