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二十一章 砂漠の星空‐mixture‐(3)

「なら、無理に退かそうとせずに、このままにしておいた方が良いんだろうな」
 マンスを連れてレオンスが、そしてターヤを抱えたままエマもまた集まってくる。皆のところまで辿り着くとマンスは気が抜けたように座り込んでしまい、エマに下ろされたターヤはと言えば同じような姿勢になっていた。
 二人を見たアクセルは呆れたように言葉をかける。
「何だよ、相変わらず体力が無ぇなぁ」
「うるさい……」
「うー……あっついー」
 緊張感によって何とか戦闘時は気力を保てていた後衛二人だったが、それまで蓄積していた疲労と砂漠の熱気により、最早身体も精神も限界に近かったのだ。
 オアシスまではまだかかるのにどうしたものかとアクセル達が思ったところで、大蛇を倒し終えたらしき二人が駆け寄ってくる。どうやらワームとの鬼ごっこで、随分と元々の位置からは離れてしまっていたようだ。
「その子達、大丈夫?」
 その内の女性の方は、走りながら声を駆けてきた。

 そして、二人が近付いてきた事で、その容姿を一行ははっきりと認識できるようになった。女性はゆるくウェーブのかかった金髪を下ろしており、暑い場所に相応しく露出の多めな格好をしている。逆に、茶髪の男性はといえば、この場所に不釣り合いな長袖と足首まであるズボンを身に纏っていた。
「いーや、見ての通りへばってるぜ」
「だいじょぶじゃないれす……」
 アクセルは肩を竦めてみせ、ターヤは律義に答える。だがしかし、彼女が暑さに参っている事はきちんと発音できていないその言葉からも明らかだった。
「じゃあ、ちょっと失礼するわね」
 そのような彼らに苦笑すると、女性はターヤの前まで行って屈み込み、その額に片手を当てた。ひんやりしていて気持ち良いと感じていたターヤだが、気が付けば混濁していた意識と思考がはっきりとしてきていた。
「あ、あれ……?」
 驚いて両目を瞬かせたターヤは眼前の女性を見る。完全に回復してはいなかったが、それでも先程までの状態に比べれば意識も身体もかなり楽になっていた。
 彼女の先程までとの変わりようを目にした一行もまた驚いていた。そして女性に注目する。
 女性はにこりと微笑むと、腰の水筒を少女に手渡してくる。
「はい、どうぞ」
「あ、ありがとう……」
 訳も判らぬままに呆然としながらも礼を述べたターヤに再度微笑みかけてから、女性は次にマンスの額にも同じように手を当てた。すると少年の表情が徐々に和らいでいく。
 自分もこうやって回復させてくれたのか、とターヤはその光景を眺めながら知った。しかし、なぜそうする事で暑さが和らげられるのかは理解まで至れない。
 マンスの方も回復させ終えた女性は、男性が持っていた水筒を彼から受け取って少年に渡した。少年もまた驚きを隠せないようだったが、まずは目先の水分に意識が向いたようで、礼を述べてから一気に喉を鳴らして飲んでいる。
 一方、驚きを顕にしている残りの面々を代表し、エマは立ち上がった女性へと問いかける。
「もしかすると、貴女はドウェラーなのか?」
「ええ、そうよ」
 何でも無い事のように肯定した女性だったが、それならば頷けるとエマは思う。
 ターヤもまた、そういう事だったのかと合点がいった。
 ドウェラー。外見は人間と大差無いので判別は難しいが、〈マナ〉の流れを見る事、操る事を可能とする種族だ。また、個々が異なる独特の能力を有しているとも言われている。
 今ターヤとマンスが回復したのも、女性が額に触れることで、彼らの体内の〈マナ〉の流れを操作したからだ。水分が不足し、慣れない暑さにより疲労が溜まりやすくなって〈マナ〉の流れが悪くなっている事を見て知り、正常な流れに戻したのだろう。

「今のがマナ操作だって判ってるなら、この子達の回復が一時的なものだって解ってるわよね? なら、フォーンスまで急ぎましょう。あなた達は大丈夫そうだから」
 そう言って踵を返しかけた女性に、すかさずアシュレイが噛み付く。
「ちょっと待ちなさいよ。あんた達、ここがどこか判ってる訳?」
 警戒心と猜疑心が滲み出ている事は誰にも手に取るように解ったが、女性とは男性は気にしたふうも無かった。
「ええ、大丈夫よ。だってあたし達はフォーンスの住人だもの」


 砂漠のオアシス、フォーンス。アルタートゥム砂漠唯一のオアシスであるこの街は、砂漠を横断する者達の休憩地として機能している。また、褐色肌の色素の薄い髪と目が特徴的な〔砂漠の民〕と呼ばれる一族の住まう地でもあった。
 そして今、そこに住んでいる二人の男女の家に一行は案内されていた。
「じゃあ、一息ついたところで自己紹介といきましょうか」
 円形のテーブルを取り囲むようにして床に座り込んだ一行を一人ずつ見回してから、女性の方が口を開く。ちなみにテーブルがそれ程大きくはない為なのか、アシュレイは近くの壁に背を預けて立っており、男性の方は女性の斜め後ろに腰を下ろしていた。
「あたしはディアナよ。ここでは、主に街に危害を加えそうなモンスター退治を請け負っているの。あなた達と出会えたのも何かの運なんだろうし、宜しくね」
 笑みを絶やさぬままに名乗ってから、その女性ことディアナの視線が男性へと向けられる。暗に続けて名乗れと指示しているようで、二人の付き合いの長さが窺えた。
「ホークアイだ。ディアナとは夫婦で、同じようにモンスター退治を行っている」
 その合図を受け取って自己紹介をした男性ことホークアイだったが、彼が投下した言葉の中には爆弾発言が潜んでいた。本人は何でもない事のように言うものだから、思わず聞き逃しそうになってしまった面々である。
 しかも、その発言に最も驚いたのは一行ではなく、他でもないディアナの方だった。それまでの年上の余裕が醸し出されていた様子からは一転、まるで年頃の女子のような慌てぶりを見せる。
「ちょっ、別にあたし達はまだ結婚してないわよ!?」
「だが、俺と添い遂げてくれるのだろう?」
「っ……!」
 即座に否定したディアナだったが、ホークアイが不思議そうに述べた言葉には瞬間的に顔全体を真っ赤に染め上げてしまう。どうやら嫌な訳ではなく、単に恥ずかしいだけのようだ。
 そんな彼女を見たホークアイはそれまでの無表情から一転、柔らかく優しげな顔付きになる。
 これにより益々彼女の頬は赤みを増し、反論の言葉も意思も沈静化されていってしまうのだった。
 どうやら二人は砂漠の民ではないが、周辺のモンスター退治を請け負う代わりにこの街に住んでいるようだ。そしてまだ結婚はしていないが、そういう関係にはあるのだろう。そう一行は結論付けた。
「おーおー、お熱い事で」
 そこで更にアクセルが茶化すものだから、今度こそディアナは沸騰しそうになる。
「かっ、からかわないで!」
 彼女の反応を見たアクセルは、アシュレイと似ているが、あちらよりは素直だという感想を抱いたのだった。彼女が同じことを言われたのならば、強がって意地を張るところだろう。
「そ、そう言えば、あなた達の名前は?」
 すっかりと全体が赤くなってしまった顔を隠すように、同時にアクセルのからかいからも逃れるように、ディアナはわざとらしく話題を変えた。
 だが確かにまだ名乗っていなかったと気付き、エマは口火を切る。
「私はエマニュエル・エイメという。この度は仲間を助けていただき、感謝のしようもない」
「良いわよ別に。と言うか堅苦しいのはあまり好きじゃないから、楽にしてもらえるとありがたいわ。で、そっちの子は? 名前は何ていうの?」
「あ、わたしはターヤっていうの。助けてくれてありがとう」
 熱中症になりかけていたからと他の面々よりも水を多めに貰っていたターヤは、飲んでいる最中に唐突に話を振られて驚くも、すぐに答えた。

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