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二十一章 砂漠の星空‐mixture‐(2)

「「!」」
 と、そこで前衛組とエマが警戒の様子を見せた。
 一瞬モンスターかと思ったターヤだったが、ここまでの道のりでモンスターに遭遇した時も、彼らはこれ程注意深くなってはいなかった筈だ。ならば何が理由なのだろうと、俯き気味になっていた頭を持ち上げる。
「!」
 そして眼前の光景を目にして、意識と視界が一気に覚醒してクリアになった。
 一行から数十メートルくらい離れた場所には、何倍ものサイズの大蛇を相手取る二人の男女が居た。女性の方が主に大蛇を引きつけるべく俊敏な動きで翻弄しながらの肉弾戦を展開しており、その間に男性の方が後方から弓で大蛇の急所を狙って射撃を行っている。傍から見ても息の取れた連携であった。
 自分達が赴かずとも大丈夫そうだと思いかけたターヤだったが、それならば未だエマ達が警戒する理由も無いのではないかと気付く。ならばなぜかと考えようとしたところで、初めてではない嫌な予感を覚えた。その予感は見事に的中し、一行の眼前で二人が大蛇を倒すかのように思えた状況は一転する事となる。
 直後、砂漠の一角――二人の横から、まるで噴水の如く砂が立ち上ったのだ。
 次いでそこから何かが噴き出されるようにして飛び出す。それは一度宙に舞ったかと思いきや、すぐに重力に押し戻されるように落下してきた。着地と共に砂が飛び散る。そして砂埃がだいたい収まり、人々が思わず目元に当てていた腕をどけた時、そこには大蛇よりは一回りほど小さな蚯蚓のモンスター《ワーム》が居た。
「っ……!」
 ターヤの全身を悪寒が駆け巡ったのは、何も外見の気持ち悪さに対してだけではない。
 かの蚯蚓は、その巨体を漆黒に染め上げていた。皆が感じていた気配はこちらのものだったのだろう。
「闇魔に浸食されてるみてぇだな」
 鬱陶しげにアクセルが舌打ちして抜刀するのを見て、慌ててターヤも杖を取り出す。
 そのまま二人に襲いかかろうとしたワームだったが、ターヤとアクセルとの存在に気付いたのか、一旦動きを止めて後方へと方向転換をした。
 そこでようやく二人も一行の存在に気付いたようで、驚いたように凝視してくる。
「おい、おまえらはそっちの大蛇を何とかしろ! こっちは俺達で何とかするからよ!」
 相手に何事かを言う暇も与えず一方的に指示すると、ターヤが長い詠唱に入る傍ら、アクセルは大剣を肩口に担いで駆けていった。
 その後にアシュレイが続くが、今回レオンスは前方には行かなかった。ワームは砂の中を移動すると聞くので、もしもそのような行動を取ってきた場合に後衛を守る為だ。スラヴィは自力で回避できるとして、エマ一人ではターヤとマンスの二人を抱えながら避けるのは難しいだろうと判断しての事だった。
 後衛二人の詠唱が響く中、アクセルと彼に追い付いたアシュレイは同時に左右へと捌ける。
 予想通り、ワームはアクセルの方を狙ってきた。《世界樹》の加護を受けた者が大敵だというのに優先的に狙おうとするのは、彼らが自分達にとっての脅威である事への恐怖が成せる本能なのだろうか。
 それを確認したアクセルがエマへとアイコンタクトを送れば、目で同意が返された。それを不敵な笑みで受け取って、アクセルはワームの方に集中する。飛ばされてくる唾攻撃を気配で避けながら走り続ける。
「――〈能力上昇〉!」
 気合の入ったターヤ声と共に、皆は全身に力が漲るのを感じた。
 その間にもアシュレイはワームの死角に入りこんでいた。弱点と思しき特に柔らかそうな箇所をレイピアで刺し、すばやく次の弱点へと移っていく。
 突然の思いもよらぬ急所への連続攻撃に驚いたのか、それまでアクセルを執拗に追っていたワームは鳴き声を上げると、暴れるように攻撃手を振り払ってから、勢い良く砂を巻き上げて地中へと潜っていった。

「そっちに行ったぞ!」
 巨大蚯蚓の気配を追ったアクセルが声を張り上げると、スラヴィは自力で、エマとレオンスはそれぞれターヤとマンスを抱えて即その場から離れる。
 直後、彼らが居た場所から砂埃を激しく起こしてワームが一直線に飛び出した。
「アクセルの読み通り、ターヤを狙ってきたか」
 それを見たエマは、アクセルの読みが正しかった事を知る。戦闘が終わるまではターヤを下ろす事は危険だと結論付けたエマは、彼女を抱えたままワームから距離を取る。腕の中の彼女は次の詠唱に移っているようだった。
 相手は完全に狙いをより簡単そうなターヤに定めたようで、彼女を抱えたエマを一直線に追ってきた。左手だけでターヤを抱え、念の為右手で槍を持ちながら、エマは気配だけで相手と攻撃が飛んでくる位置を読みながら走り回る。
「――〈風精霊〉!」
 そこにマンスが喚んだ《風精霊》とアシュレイの援護が届いた。前者は風に乗せて二人を一気に移動させ、後者は再び急所を突く連続攻撃でワームを足止めしようとする。
 再度まるで無数の虫に襲われたかのような感覚に襲われたワームは大敵を追うどころではなくなり、急ブレーキをかけたようにその場で急停止し、相手を振り払おうと暴れ回る。
 意図の解りやすい抵抗を難無くかわしながら攻撃を続けていたアシュレイだったが、急に全身から力が抜けた。
(! 体力が――)
 元々少なめな彼女のスタミナが危険区域に突入すると同時、ターヤがかけた支援魔術の効果もまた切れてしまったのである。
 そのせいで動きが止まりかけて動きも鈍くなってしまったアシュレイに、がむしゃらに暴れ狂うワームの尾が直撃した。しかも、運悪く鳩尾に。
「っ……!」
 襲ってきた強い衝撃に苦悶の声を上げ、アシュレイは後方へと吹っ飛ばされる。
「アシュレイ!」
 思わずエマが名を呼ぶが、ターヤを抱えながら護っている上、尚且つ離れた位置に居る彼にはどうしようもできない。
 また、視界の端ではマンスを安全な位置に下ろしていたレオンスが即座に駆け出すのが見えたが、彼の速度でもとうてい間に合いそうにもなかった。
「大丈夫」
 だが、アシュレイが地面に叩きつけられる事は無かった。なぜなら、いつの間にか接近してきていたスラヴィが跳び上がって彼女を受け止め、地面に幾つもの暗器を突き刺す事で衝撃をできる限り和らげていたのだから。
 それを目にしたレオンスはすぐさま反転してマンスの許まで戻り、エマは意識を元に戻す。
 と、そこでターヤが下ろしていた瞼を持ち上げて即座に顔の向きを転換し、杖の先端をワームの方へと向けて思いきり伸ばした。詠唱が完成したのだ。
「――〈閃光〉!」
 瞬間、ワームの眼前で光が弾けた。その眩しさに追いやられてか、まるで色が抜け落ちるかのように巨大蚯蚓から全ての黒い靄が飛び出す。けれどもターヤが暑さにやられている事とまだ力不足な事もあってか、浄化させるまでは至らない。
 しかし、それだけで十分だった。
「これで――終わりだぁぁぁぁぁ!」
 光から逃れようとして闇魔が飛び出した先は、《風精霊》によって上空に移動した青年が振るう大剣の軌道上だったのだから。その事に気付く間も無く、黒い靄は《世界樹》の加護を受けた一撃によって消滅させられていた。
「ま、こんなもんだろ」
 倒れ伏したワームを見下ろしながら、アクセルは大剣を肩口で叩く。
 そこにスラヴィとアシュレイが歩いてきた。
「ワームはこのまま放っておいても大丈夫でしょうね。元々そこまで好戦的なモンスターじゃないから」

フラッシュ

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