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二十一章 砂漠の星空‐mixture‐(11)

「これで、ぼくの勝ちだよね」
 未だ代償を受けながら、それでも苦痛をなるべく表には出さないようにしてマンスが問う。
 打つ手を失った《鋼精霊》は、その冷静な様子を目にして抵抗を諦めた。
『ああ。俺の、負けだ』
 アシヒーが負けを認めると、マンスは《火精霊》に炎の輪を消させる。それから「おつかれさま」と彼らにそれぞれ声をかけて精霊界に帰した。そして、再びアシヒーに向き直る。
「アシヒー、ぼくの話を聞いてほしんだ」
 応える声は無かったが、それが無言の肯定であるとマンスは理解した。
「人工精霊みんなを助けるなんて言っておいてプルーマを助けられなかったから、アシヒーがぼくを信じられないのは解るよ。ぼくだって、あんなに偉そうに言っておいて、それなのにプルーマを助けられなかった自分が、今でも許せないから……!」
 視線を落とし、ぎゅっと下げた両方の拳を強く握り締めた。それでも、それを払拭してくれようとしているかのように、プルーマの最期の笑顔と言葉とがマンスの脳内で蘇る。
 そして、続けて先程のモナトの言葉も。
(ありがと、モナト、プルーマ。ぼくは、もうだいじょぶだから)
 もう一度《鋼精霊》を見上げた少年の顔には、もう迷いの色は欠片も無かった。
「でも、もう二度とあんな事にはならないようにするから。だからお願い、今すぐには無理だと思うけど、ぼくを信じて、アシヒー!」
 そのどこまでも一途で真摯な言葉が胸まで届いたのか、アシヒーは黙る。
 今持っている思いの丈を全て伝え終えたマンスは、じっと彼を見つめていた。
『期待、しておく』
 しばらく沈黙の時間が続いたが、ようやくアシヒーはマンスに応える姿勢を見せた。それは呟くように小さな声だったが、静寂に包まれた空間の中では確かに彼の耳に届いていた。
「!」
 すぐさま嬉しそうに表情を動かしたマンスを僅かながらに期待の籠った瞳に映してから、アシヒーは方向を転換するとどこへともなく去っていった。
 それは奇しくも海底洞窟の時と殆ど同じ構図だったが、少年と《鋼精霊》の様子だけは異なっていた。
「良かったな、マンス」
 あの時とは異なる晴れやかな様子でアシヒーの後ろ姿を見送ったマンスにレオンスが声をかけると、満面の笑顔が彼を振り向く。相変わらず顔には汗がびっしょりと張りついていたが、それすらも気にならないくらいに今のマンスは気分が高揚しているようだった。
「うん、アシヒーが少しだけだけど信じてくれて良かった! ぼくも頑張らなきゃ!」
「ああ、おまえの気持ちはちゃんとアシヒーに伝わっていたよ。今はまだアシヒー自身にも考える時間が必要だからな、気長に待っていてやれ。勿論、おまえもああ言ったからには自分のできる事を頑張れよ」
「うん!」
 気合いを入れながらも笑みを絶やさずに頷いたマンスの頭をレオンスが優しく撫でたところで、あっ、と何事かを思い出したように少年は声を上げた。
 驚いた青年は手を離してしまう。
「どうしたんだ?」
「アシヒーにちょっとでも認めてもらえた事が嬉しくて、アシヒーの体の事すっかり忘れてた……」
 さーっと瞬く間に顔を蒼くするマンスだったが、そんな彼にはアクセルから声がかけられる。
「海底洞窟で訊いた時は、自分で何とかするって言ってたぜ? あいつも今はみすみす死ぬつもりもねぇだろうし、まだ大丈夫なんじゃねぇのか?」
「そうだと良いんだけど……うん、でも、アシヒーがそう言ったなら信じないとだよね」
 そうは言われても不安そうな面のままのマンスだったが、すぐに持ち直してみせた。
 ネガティブではなくポジティブな方向に考えられている彼の姿をアクセルは後押しする。
「だな。おまえも信じてほしいんだったら、あいつにもそうしてやるべきだろ」
「うん。赤にしては良い事言うよねー」

「てめっ……人がせっかく励まそうとしてやってるっつーのにふざけんな!」
 最終的には普段のような大人げない攻防が展開された。
 そんな少年の姿に内心で安堵を覚えてから、そして青年は声には出さずに呟く。
(俺も、そろそろ覚悟を決めないといけないのかもしれないな)
 視界の先では、ようやく到着したペリフェーリカ支部の軍人達がアシュレイの指示で〔ウロボロス同盟〕のメンバーを拘束し直して連行しようとしているところだった。


 光が入りにくく狭い螺旋階段を、一人の男性が上層へと向かって進んでいく。彼の服装は実に華美であり階級が高い事は一目瞭然だったが、その傍に供の者は一人も居なかった。
 時おり高所に位置する小さな窓から零れ落ちてくる僅かな光だけが、この場における照明の代わりだった。今はまだ明るい時間帯なので良いものの、これが夜になるにつれて、ただでさえ仄暗い通路は更なる闇に包まれる事だろう。
 そうして最上階まで辿り着いた男性の眼前には、人一人しか通れないくらいのサイズの頑丈そうな扉と、その両端に立ち、斜めに持った杖を互いに交差させてそこを封じている二人の僧兵の姿があった。彼らは男性の姿を目にすると、姿勢を崩さない為に頭を軽く下げる事で敬礼の意を表す。そうしてから片方が問うた。
「これは我らが《教皇》様。本日はいったい、どのような御用件でこちらへ?」
「御苦労様です。後は私に任せて、貴殿達はしばらく休んでいてください」
「「了解しました」」
 問いに対する正確な答えではなかったが、ギルドリーダーたる《教皇》クライド・ファン・フェルゼッティの命令ならば僧兵達は従わない訳にはいかない。故に今度は杖を下げ、姿勢を正して正式な形で敬礼してから、二人はクライドの横を通り抜けて階下へと降りていった。
 その足音が完全に聞こえなくなるまで待ってから、ようやくクライドは眼前の扉を押し開けて入室する。後ろ手に扉を閉めて彼が向かった先は、螺旋階段同様に薄暗い室内の奥に置かれたベッドの許。そこには一人の女性が横たわっていた。その脇に置かれている椅子に腰を下ろすと、クライドは伸ばした右手で彼女の金髪を一房手に取って掬い上げた。
「まだ、眠っているのですね」
 光を受けて煌めくその髪を片手で弄びながら、聞こえないと解っていてクライドは眠り姫へと話しかける。
「貴殿が眠りに就いてから、今日でもう何日目なのでしょうね。抵抗されないように僧侶数人で睡眠状態へと陥らせましたが、まさか、これ程効果が長続きするとは思いもしませんでしたよ」
 ああ、とそこで思い出したように話題を変える。
「そうそう、貴殿の親友は、私に渋々ながらも従う道を選んだようですよ。流石に貴殿が居ない状態で逆らうのは分が悪いと悟ったようですね。彼女が愚かではなくて助かりました。もしも反抗されていたら、貴重な調停者一族を消さなければならないところでしたから」
 手にしている髪の間に指を入れて梳くように撫でてから、またも思い出したようにクライドは話を移した。
「それにしても、一応は幹部である貴殿を自室で謹慎させたのは間違いだったかもしれませんね。全く、このような辺鄙な場所に自室を構えるのは貴殿くらいのものですよ」
「あら、それは失礼しました」
「!」
 返ってきた予想外の返答に驚く間も無く、気が付けばクライドは天井と女性の顔を見上げる形となっていた。隙を突かれてベッド上に押し倒されたのだと気付くも、既に時遅し。身体はがっちりと抑え込まれていて動かせそうになかった。
「全く、狸寝入りとは流石ですね、エルシリア。全く気付きませんでしたよ」
 意表を突かれた事を隠そうともせず、驚いた様子でクライドは嘆息した。
 一方のエルシリアは、クライドに馬乗りになった姿勢で若干訝しげな、けれどどこか得意そうな笑みを浮かべる。
「あら、我らが《教皇》様ともあろう方が、この程度の事で驚かないでくださいな。それと私を名前で呼ぶなんて、いったいどのような風の吹き回しなんですか?」

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