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二十章 夢の跡地に‐Nirvana‐(7)

『このままだと話が一向に進む気がしないので、私の方から説明しますね』
 最早何の話をしていたのかすら解らなくなりそうになってきたところで、ニルヴァーナが口を挟んでくる。しかし、アシュレイを軽くあしらっていた彼女でさえ若干辟易しているところを見るに、オーラはそれ以上なのだろうとターヤは思った。
 場が静かになるのを待ってから、ニルヴァーナは説明を開始した。
『そもそも〈契約〉には二種類あるのですけど、片方は〈第二次終末大戦〉時に主流だったもので、現在では廃れているので割愛しますね。基本的に昔から主流の〈契約〉というのは、術者が魔物や動物、あるいは精霊や龍などと約束を結び、自分の力になってもらう行為を指します。召喚魔術がその良い例でしょうね』
「じゃあ、マンスも精霊と契約してるの?」
「うん、ぼくはモナトやサラマンダー達と契約してるよ」
 マンスと精霊達もまた契約関係にあるのだと解れば、ターヤの脳内で〈契約〉についてのだいたいのイメージは固まった。例があると、知らなかった事も理解しやすいものである。
 表情からターヤの心情を読み取ったようで、ニルヴァーナがひとまず訊いてくる。
『何となく解りました?』
「うん。細かい事はまだ解らないけどイメージはできたよ。それで、ニーナと契約するにはどうすれば良いの?」
『私と戦い、ターヤさんの力を見せてください。勿論お一人だと大変でしょうから、《神器》以外の皆さんの協力は認めますけれど』
 さらりと大した事ではないかのように言われてしまい、ターヤは思わず目を瞬かせた。ニルヴァーナは最強の種族たる龍なのだ。幾ら《守護龍》との戦闘経験があるターヤとはいえ、いきなり龍と戦えと言われて呆気に取られずにはいられなかった。
 しかし他の面々は知っていたのか、驚きを顕にしてはいない。
 動揺しているターヤを見てニルヴァーナが苦笑する。
『そんなに難しく考えないでくださいな。戦闘は私と契約するに足る人物か、確認する為の儀式のようなものですから。大変なのは契約後の方です。私の召喚には大量の〈マナ〉を必要としますから、何度もそう簡単に喚ぶ事はできないでしょうし。ですから、本来ならそちらの精霊の愛し子の方が適任なのですけど、私としてはターヤさんの方が良いので』
 だから、と彼女は続けた。
『頑張ってくださいね、ターヤさん』
 にっこりとニルヴァーナがターヤへと向かって笑いかける。そこには有無を言わさぬ強さが宿っていた。
 これに対して答える前に、ターヤは確認しておきたい事があった。
「あ、でも、ちょっと待って。その前にオーラに訊いておきたい事があるの」
 はいどうぞとのニルヴァーナの言葉を耳で認識してから、ターヤはオーラを見る。
 オーラは向けられる言葉を最初から知っているかのように平静であった。
「オーラがわたしにニーナとの〈契約〉を勧めた理由が知りたいの。どうして今のままじゃ駄目なの? 昨日言ってた『彼』って誰? 真剣だったし、オーラのことだから意味も無く勧めた訳じゃないとは思うけど、ちゃんと理由が知りたいの」
 ストレートに疑問をぶつければ、オーラは笑みを消して僅かに視線を逸らした。昨日同様、実に彼女らしくない様子である。
 そこから、やはり彼女は自分には言いにくい事を隠しているとターヤは確信する。
「お願い、教えて、オーラ。《世界樹の神子》の力が悪用されるかもしれないって事を心配してくれての申し出だとは思うけど、それでも、わたしはちゃんと知っておきたいの」
 彼女のこの言には、アシュレイやアクセル、エマ辺りが驚いてから苦い顔をした。
 幸か不幸かターヤはそちらには気付かなかったが、エルシリアの一件もあってか、そのような事態もありえるという可能性が彼女の中では浮上していたのである。
 オーラはしばらく無言だったが、遂には諦めたように息を吐き出した。
「そうですね、知っていた方が良い事もあるでしょう。私がターヤさんにニルヴァーナさんとの〈契約〉を勧めたのは、水面下で彼が動いていると知ったからです」

「その、『彼』とは?」
 口を挟んできたエマを一瞥してから、どこか重苦しい様子でオーラはその名を告げる。
「〔月夜騎士団〕が《団長》、スタニスラフ・クレッソン」
「! あいつが!?」
 誰よりも反応を示したのはアシュレイだった。
「はい。彼はリキエルさんのように表立った動きは見せてはいませんが、おそらく裏で着々と準備を進めている筈です。どのようにして《神子》を利用しようとしているのかまでは、現段階では解りませんが」
「けど、何で確証を持って言えるんだよ?」
 訝しげにアクセルが訪ねた瞬間、オーラが硬直した。
「知っているからです」
 少しだけ間を開けてから発されたのは、絞り出すような声だった。
「彼という人間を、知っているからです」
 理由としては実に抽象的な答えで、無論アクセルもそれで完全に納得できる筈も無かったが、普段の余裕めいた笑顔ではないオーラに押されてか、それ以上の追及はできなかった。それくらい、現在の彼女は頑なに答えを拒む雰囲気を纏っていたのである。
「とにかく、あの〔騎士団〕の《団長》が、ターヤを利用しようとしているんだろう? だから、オーラはターヤをニルヴァーナと逢わせた訳だ」
 何とも言えぬ空気になったところで、レオンスが笑みを浮かべながらも真剣な様子で場を取り持とうとする。
 相手が彼なのでアシュレイが不満そうに眉根を寄せるも、反論の言葉は飛び出さなかった。
「そうね。あの男が何を考えているのかなんて、それこそ《死神》や《道化師》以上に予想しにくいもの。そもそも、あの男は殆ど人前には出ないし、そのくせその容姿とカリスマ性で意外と外部にも人気は高い方だから、〔騎士団〕は気味悪がられつつも今まで存続してるのよ。実質、今の〔騎士団〕は、あの男一人の力で成り立っていると言っても良いわね。まぁ〔軍〕と並ぶ強い力を持ってるからってのもあるんだけど」
 その代わりか、同意の言葉が紡がれる。ついでとばかりに付け足されたクレッソンの情報には、マンスが目を丸くした。
「その人、凄いんだねぇ」
「これが理由です。御納得いただけましたか?」
 締め括るように纏めたオーラの声で、ターヤは話題の中心へと引き戻される。何となく、本当に何となくではあるけれど理解はできていた。それがオーラの善意であり心配である事も。
 問題があるとするならばもう一つ、ニルヴァーナと――龍と戦うという事だ。アウスグウェルター採掘所での一件は実に無我夢中だった上、双子龍やクラウディアの戦闘を目にした事で龍の強さは解っているので、龍と戦うという事に一度くらいで慣れるとは思えなかった。けれども、勝たなければ認めないとはニルヴァーナが言っていなかった事は単純に有り難かった。
(そうだ、ニーナはああ言ってたんだし、大丈夫。エルシリアの時みたいに、みんなにまた迷惑をかけちゃわないように、わたしは強くならなきゃ)
 ぎゅっと両手を一つにして握り締めて顔を上げた事で、相手はそれを了承と取る。
『準備は宜しいですか? 先程も言いましたけど《神器》以外の参加は認めます。全力でかかってきてくださいな』
「うん、ニーナに認めてもらえるように頑張るよ」
『ええ、その意気です』
 それまで下されていた重い腰をニルヴァーナは持ち上げた。
 一行もまた各々の武器を手にして構え、オーラは脇に避けて傍観者の位置へと収まる。
『さあ、貴女の力を私に見せてください、ターヤさん!』
 白龍が、吠えた。
 その瞬間、一行全員が強い衝撃波を肌で感じた。ビリビリと焼け付くような感覚だった。
「っ……!」
「なるほどね、これが……龍!」
 どこか嬉しそうに獣の眼で叫び、誰よりも先にアシュレイは跳び出していく。

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