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二十章 夢の跡地に‐Nirvana‐(5)

「良ぃぜ、アイツのことなら何でも教えてやるよ。何から訊きてぇんだ?」
「じゃあ――」
 込み上げる喜びを隠さぬまま気前良い返答を寄越してきたハーディに、ターヤは思い付くままに様々な問いを投げかけていったのだった。


「こちらです」
 翌日、朝食も片付けも準備も終えた一行は、オーラの先導の下[ブルイヤール台地]へと向かっていた。古都からほぼ真北に位置するそのダンジョンに、かのニルヴァーナは居るそうだ。
 しかし通常運転な彼女に対し、レオンスを除く皆のテンションは実に低い。
 なぜなら、ブルイヤール台地は常に濃霧に覆われている事でも有名なダンジョンであるからだ。一度踏み入れば瞬く間に方向感覚を失って彷徨い続ける事となり、運が良くなければ二度と出れないとすら言われているのだ。
 最初にその事を知っていれば承諾しなかったのに、と速くもターヤは内心で後悔していた。
 案の定アシュレイは不機嫌そうだったが、目的地を聞いた瞬間に難色を示しただけで、今のところは文句の一つも口にはしていなかった。本人は認めようとはしないだろうが、かの《情報屋》が案内するならば大丈夫ではないか、という信頼は少なからず持っているらしい。
「オーラ、台地の中では手でも繋いだ方が良いのかい?」
 わざとらしく片手を差し出しながら、レオンスは隣を歩くオーラへと問う。
「いえ、結構です。ブルイヤール台地に入る直前に魔術を使わせてもらいますので」
 しかしオーラはすっぱりと切り捨てた。流石にレオンスの扱いには慣れているようだ。
 これには残念そうに小さく肩を竦めてみせるレオンスであった。
「いちゃいちゃするなら余所でやってちょうだい」
「あら、どこをどう見たらそのように解釈できるのですか?」
 馬鹿馬鹿しいと言わんばかりに口を挟んだアシュレイには、オーラが過敏に反応する。そこにレオンスの介入は許さないという無言の圧力が含まれていた。
 その事に引っかかりを覚えつつも、アシュレイは話題をすり替える。
「それより、何であんたは今まで名乗らなかったのよ? 別に隠す程の事でも無かったんじゃないの?」
 話を逸らされた事にオーラは異議があるようだったが、アシュレイに抗議したところで無駄だと悟ったのか流れに乗ってきた。
「確かにスタントンさんの仰る通りなのですが、一応理由はございます」
「何よ?」
 絶対にまともな理由じゃないと言わんばかりに胡散臭そうな目付きになったアシュレイは、不信感丸出しの視線をオーラに固定する。
 当の本人はといえば、薄く瞼を押し上げると唇に人差し指を添えてみせた。
「以前も申し上げたかと思われまずが、謎にしておいた方がミステリアスだとは思われませんか?」
 瞬間、アシュレイは大きく息を吐き出す。
「やっぱりか」
「はい、その程度の理由です」
 くだらない理由だという自覚はあったようで、心底呆れたようなアシュレイの言葉にもオーラは頷いてみせた。ただし、つい先程のアシュレイの言動に対する意趣返しの意味合いもあったようで、その表情は若干どこか満足げだ。
 逆に、アシュレイは苦虫を噛んだかのような顔になっていた。
 そうこうしているうちに、一行はブルイヤール台地の前まで辿り着いた。
「うわぁ……」
 眼前の光景を目にしたマンスが驚愕に満ちた声を上げる。
 他の面々も同様に各々の反応を見せていた。
 それもその筈、彼らの前方では、まるでそこだけ別空間であるかのように突如として濃霧が発生しているからである。おおよそ自然現象とは言いにくい光景は、明らかに人為的な力が働いているように皆には思えた。

 そこでふと、エマは思い浮かぶものがあった。オーラの方へと首を動かす。
「もしかすると、これはニルヴァーナの力なのか?」
「さて、どうでしょう」
 だが、彼女は意味深な笑みを浮かべるだけだった。答える気は無いようだ。
「《世界樹》の仕業だよ」
 予想外の場所から飛んできた答えに、皆がそちらを見る。スラヴィだった。彼は眼前の光景をただただ見上げている。
「ニルヴァーナは《世界樹》の味方ではないけど、《世界樹》にはこの場所を外界から隠す必要があるから」
「そうなのか?」
 アクセルが問うてもスラヴィはそちらを見なかった。
「うん。ここには〈門〉があるからね」
「では、そろそろ参りましょうか。宜しいですね? ――〈接続〉」
 彼の言について更に追求しようとしたところで、それを遮るかのようにオーラが主導権を握っていた。答えを待たずして支援魔術が発動し、彼女と一行を薄く細い糸で繋ぐ。
 突如として手首に覚えた不可思議な感覚に、皆はそれぞれ驚いた。
「それは私と皆さんを繋ぐ糸です。これにより、万が一ブルイヤール台地の内部ではぐれてしまったとしても、合流する事が可能になります」
「何かリードみたいで嫌ね」
「あら、糸が結ばれているのは首ではなく手首ですが?」
 アシュレイが嫌そうに眉根を寄せれば、オーラがからかうように言葉をかける。二人の間で火花が散ったように皆には見えた。先程から、彼女達の仲はあまり宜しくはない。
 ふん、とアシュレイが鼻を鳴らす。
「物の例えよ。それより、行くならとっと行くわよ」
「そうですね。では、今度こそ参りましょうか」
 二人の少女の間に微妙な空気を作り上げて、一行はブルイヤール台地を覆う濃霧の中へと足を踏み入れていく。
「わっ……!」
 入った瞬間、まるで何の準備もせずに水の中に入ったかのような感覚に陥り、反射的にターヤは瞼を下ろしてしまう。そうすると、もう開眼できる気がしなかった。一秒と持たずに視界を失ってしまった彼女は、咄嗟に何かを掴もうと慌てて手を伸ばす。
 と、その左手を掴む手があった。
「大丈夫か、ターヤ?」
「エマ?」
 視界は全く持って機能していない状態だが、声だけで誰なのかは予想が付く。
「ああ、私だ」
 彼だと解った瞬間、ターヤはひどく安心した。
「しかし、これは酷いな。目を開けていられない」
 だが、続く言葉を耳にしたターヤは状況が状況でなければ目を見開くかと思った。
「え、エマもなの!? ど、どうしよう!?」
「落ち付け、ターヤ。私は気配でおおよそ現状を推察できるから問題無い。方向については、この糸で解るからな」
「あ、そっか」
 言われて、ようやくターヤは思い出した。エマやアクセル、アシュレイなどといった近接戦闘における熟練者達は気配を読む事ができるのだ。それにより目が使えなくても現状が理解できるというのは、実に人間離れしているとは感じてしまうのだが。
 ともかく、ここはエマに任せる事にした。気配が読めるのかどうか解らないマンスやスラヴィのことも心配ではあるが、そこは他の面子が何とかしてくれている事を祈るしかない。またレオンスも気配云々については知らないが、彼の場合は可能に感じられるので、あまり気には留めていない。

​ビフレスト

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