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二十章 夢の跡地に‐Nirvana‐(3)

「古代語で『時』という意味だよ」
 セレスの時と同様スラヴィが解説を入れれば、一旦彼に視線が集った後、再び《情報屋》ことオーラへと戻る。
 一瞬ながらも六人分もの目を向けられたスラヴィは、不思議そうに小首を傾げた。
 その事に気付いたアクセルは、疑問を言葉にして彼へとぶつける。
「おまえさ、さっきも思ったけどよ、何で古代語に詳しいんだよ?」
「俺は《記憶回廊》だから」
 即答したスラヴィに、アクセルは呆れたようだった。
「微妙に答えになってねぇっての。それにおまえ、人の記憶は覗けないんだろ?」
「というのは冗談で、知識として教えられたから」
 またもやスラヴィが真顔で即座に答えた為、今度はマンスが溜め息を零す。
「おにーちゃん、結構冗談が好きだよね」
「うん。それより、君は何をしに来たの?」
 肯定したかと思いきや、スラヴィは次にオーラに問いかけていた。まるでコインの表裏を引っ繰り返すかの如く、すばやい転換である。
 しかし慣れているのか動じていないのか、オーラは気にしたふうも無かった。
「あら、私がここに居るのはおかしいのですか?」
「うん。ハーディ・トラヴォルタも言ってたけど、ここを自ら切り捨てた君がここに居る理由が解らない。何を考えているの?」
 言葉の内容こそ先程のハーディのものと似通っていたが、彼とは異なり、そこに彼女を責めるような響きは全く感じられなかった。ただし、少しばかり声には刺が含まれていたが。世界樹の街でのやり取りも考慮するに、どうやらスラヴィもオーラに対してはあまり良い感情を持っていないようだ。
 けれども、一行の誰もそれらの理由は察する事はできなかった。
 一方、オーラは想定内であるかのように表情を崩す事は無かった。その代わり、視線をスラヴィからターヤへと移す。
「今回は、この場所というよりは、ここに来るであろうターヤさんに用があっただけです」
 一気に話題の中心へと引きずり上げられたターヤは、反射的に目を瞬かせた。
「えっと、わたし?」
「はい、貴女に御一つ提案がございまして。ニルヴァーナ、という龍を御存知ですか?」
「知ってる! 光を司る審判龍だよね? 伝説なんだよね?」
 手を挙げながら答えたのはマンスだった。彼とアクセルは龍については一般人よりも詳しい。得意げに答えてみせた少年へと、オーラはしっかりと頷いてみせた。
「はい。カスタさんの仰る通り、ニルヴァーナとは、その存在が伝説とされている光を司る審判の龍を指します」
「ニルヴァーナか……聞いた事がある気がするな。しかし、いったい何を審判するのだ?」
 エマの疑問は尤もだった。セフィラの使徒にも《世界樹の審判》という役職が存在し、今代で言えばアクセルを表すが、その辺りと関係があるのかすらも判らない。
 マンスとアクセルもそこまでは知らないようで、皆と共にオーラを見る。
「そこまでは私にも解りません。定められた自身の法則と基準に従い裁きを下す、と言われてはいますが」
「でも、何でそのニルヴァーナさんに、わたしが関わってくるの?」
「貴女の不平等を補う為です」
 予想外の答えにターヤは目を丸くした。
「《世界樹》さんと御会いした事で、本来貴女に与えられるべき恩恵の多くは付与されましたが、あの方も万全とは言えませんので、全ての恩恵が与えられた訳ではありませんから」
「でも、今でも結構恩恵は受けてると思うよ?」
 笑顔を引っ込めたオーラに驚きつつも、ターヤは思っている通りを口にする。
 するとオーラの眉尻が僅かに持ち上がった。併せて声にも力が籠る。
「いいえ。それでも、今の貴女にはルツィーナさん程の力はありません。このままでは、いずれ彼の思うように動く駒にされてしまうだけです」

「彼?」
 彼女にしては熱くなっているオーラに押されつつも気になった部分を繰り返せば、相手は即座に顔色を変化させた。先程までの熱の入りようと同じく、実に彼女らしくない反応である。
 同時にエマもまた一瞬だけ驚愕の表情を浮かべるが、そちらに気付いた者は居なかった。
 すぐに我に返ったオーラは素早く表情を取り繕う。
「いえ、失礼いたしました。ともかく、一度ニルヴァーナさんに御会いする事を強くお勧めいたします。彼女は闇魔と敵対している訳でも《世界樹》に味方しているという訳でもありませんが、必ずや貴女の御力になってくださるでしょうから」
 その根拠はいったいどこから来るのだろうか、とターヤは困惑した。しかし世に名高き《情報屋》の言でもある為、一概に否定もできないでいる。どうしたものかと視線だけを動かした先では、アシュレイが憮然とした表情になっていた。疑り深い彼女ではあるが、ターヤと同じ思考になっているだけに反論の口火を切る事もできないのだろう。
 他の面子も口を開こうとはしていなかった。彼らはターヤの判断に任せる気なのだ。
「うん、解った。オーラがそう言うのなら会ってみるよ」
 真剣な顔付きでオーラを見つめ返した時、アシュレイが隠さず溜め息を吐いたような気がしたのは、きっとターヤの気のせいではないのだろう。
 逆に、オーラはどこか安心したようだった。
「そうですか、そう言って頂けて良かったです。ですが、本日はもう時間が時間ですので、このまま古都で野宿された方が宜しいかと思います」
「そうだな。ここには宿は無いけど、広いスペースならあるからな」
 空の様子を確認してからオーラが提案すれば、すばやくレオンスが同意を示した。今までは丸っきりの無言だったどころか、その言葉自体が取って付けたようなタイミングだった為、アシュレイが盛大に呆れてみせる。
「あんたって、本っ当にその女にベタ惚れなのね」
 大きな溜め息と若干の皮肉が込められた声色と言葉は、最早オプションだった。
 しかし、レオンスは気にしたふうもなく笑みを返すだけだ。
「ああ、俺は彼女にベタ惚れだからな」
 オーラは、何も言わなかった。


「なぁ」
 辺りもすっかりと暗くなった時分、ターヤは横方向から声をかけられた。あのまま同じ場所で夕食も片付けも終えた後、手持無沙汰になってぶらぶらと散策に興じていたところだった。思わず首を動かせば、その先では天へと向かって伸びているかのような瓦礫に寄りかかるようにして、ハーディが立っていた。とうにリクと共に古都を出ていたのかと思っていたターヤは目を瞬かせる。
 彼は気まずそうに視線だけを彼女に向けていた。
「今、ちっとばかし時間、良ぃか?」
「あ、うん。大丈夫だけど……」
 遠慮がちに問われた事で、ターヤもまた煮え切らない態度になってしまう。
 ハーディはしばらく逡巡する様子となった後、右手の親指で自身の後方を示してみせた。
「他のヤツらには聞かれたくねぇからよ……こっちに来てもらっても良ぃか?」
「うん、大丈夫だよ」
 頷いてみせて、ハーディの後についていく。
 彼もそこまで遠くに行くつもりは無いようで、一行が本日の野宿場所として定めている開けた空間からは遠すぎず近すぎずといった地点で足を止めた。それから近くのちょうど良さ気な瓦礫の上に腰を下ろすと、その隣を軽く何度か叩いてみせた。
 そこに座れと言っているのだろうと解釈し、ターヤもまた同じ瓦礫に腰かける。

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