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二十章 夢の跡地に‐Nirvana‐(14)

『だが、私が人里に下りて無用な混乱を招く訳にもいくまい? 龍といえども、長らく人姿で居られない事くらいは知っておろう?』
「うっ……」
 アシュレイが返答に詰まったところで、ターヤは思わず挙手していた。
「や、やります!」
「は? ちょっとあんた――」
『そうか、では任せた』
 飛び出してきそうだった異議は遮って無かった事にし、ジーンは身体を屈めてターヤに本を手渡す。
 受け取ったそれにターヤが視線を落とせば、スラヴィがニルヴァーナを見た。
「これの為に俺達をここに連れてきたの?」
『それもあります』
 完全な肯定ではなかったものの否定はされなかった。
 しかしスラヴィは気にしたふうも無く、そう、と呟いただけだった。
「少しは気にしなさいよ」
 呆れたように言ってから、次にアシュレイが見たのはターヤだった。刺すような視線だった。
「あんたもあんたよ。何勝手に引き受けてんのよ。というか《世界樹》から頼まれた事を、なんであたし達に言わなかった訳? 一人でできるとでも思ってたの?」
 軽く鬱憤の捌け口にされているような気もしたが、ほぼ言われている通りなので言い返す事はできそうにない。故にターヤは申し訳なさそうに苦笑するしかなかった。
「ご、ごめん……」
「解ってるのなら良いのよ。それを引き受けたのも、何か思うところがあるからなんでしょ? だったら、それはあんたに任せるわ」
 言い終えるや否やふいと顔を逸らし、アシュレイは背を向けて行ってしまった。
 彼女が察する通り、ターヤにはスラヴィとイーニッドを会わせたいという思惑があった。ヴィラではイーニッドが渋った上、逃げるようにして居なくなってしまったので叶わなかったが、やはり二人には再会してほしかったのだ。お節介だという事は重々承知だが、それでもこのままではいけない気がした。
 しかし、それとは別にターヤの脳内ではジーンの話がずっと駆け巡ってもいた。
(〈生命の樹〉は、わたし達の始まりになった人達を取り込んだってジーンは言ってた)
 聞かなければ良かったと後悔しても、もう遅すぎた。それはまるでゆっくりと浸食する毒の如く、彼女の中に広がっていく。自らが生じさせてしまった、謂われの無い不安と共に。
 そしてこの前のスラヴィの一件もあって、それは益々少女の中で現実味を帯び始めていた。
(それなら、ユグドラシルに言われた通り、なるべく世界中を回って闇魔を浄化した後は、わたしも――?)


「――以上が、今回の報告になります」
 とある場所にて、椅子に腰かけた中年男性へと、机越しに女性が何事かを話していた。
 女性よりも上司と思しき中年男性は、その報告に眉根を寄せる。
「そうか……やはり《エスペリオ》は既に現れておったのだな。ご苦労だった、アスロウム」
「いえ。では、私はこれにて失礼します」
 事務的な態度で女性は――セレステ・アスロウムは一礼すると退出していった。
 その姿を見送る事無く、中年男性は机に突いていた両腕に顔を預ける。盛大な溜め息を吐き、そして組み合わせている両手に力を込めた。
「未だ、あの若造の掌の上で踊らされている状態だとは……! やはり吾輩に無断でヴェルヌ達を動かしていたのは、これが理由だったという事か!」
 悔しげに、憎々しげに中年男性は心情がままに悪態を吐く。けれども、すぐに再度大きく息を吐き出せば、その時にはもう彼は落ち着きを取り戻していた。代わりに、その眼には強い眼光が宿っている。
「だが、このままでは終われぬ。そろそろ吾輩も本格的に動くとしよう」
 そう告げると、中年男性は――〔月夜騎士団〕の《副団長》ことパウル・アンティガは、ようやくその重い腰を持ち上げたのだった。

  2013.09.11
  2018.03.13加筆修正

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