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二十章 夢の跡地に‐Nirvana‐(13)

 しかしオーラは苦笑するだけだ。
「いえ、スタントンさんの反応が普通かと。それでは、長々と申し訳ございませんでした。ではジーンさん、本題を宜しく御願いします」
 最後は優雅に一礼して締め括ると、彼女はバトンをジーンへと渡す。渡された方は戸惑いながらもそれを受け取った。
『あ、ああ。それで終焉神ルシフェルが流刑に処された件だったが、彼は世界に対して反旗を翻したそうだ』
 衝撃的な話を続けてされてしまっていた一行はすぐには頭がついてはこなかったが、何とか意識をそもそもの本題へと戻そうとする。だが、こちらもまた驚愕の内容であった。
『その時には既に破壊神フレアと始祖神ミシェルは、どういう訳か眠りに就いていたそうだが、ともかく終焉神ルシフェルは《世界樹》と創造神スノウへと反逆した。そして破れ、自らが生み出した眷族――闇魔と共にギンヌンガガプに封印される事となったのだ。神は行動不能に追い込み眠りに就かせる事こそ可能だが、不死であり、この世から消す事など決して不可能故にな』
「闇魔が、終焉神ルシフェルの生み出した眷族……」
「だから《魔王》って呼ばれてるんだな」
 ターヤの呟きに応えるかのように、アクセルもまた思った事を口にした。
『そして残された創造神スノウもまた深手を負っていた為、眠りに就かざるを得なくなった。だが、四神が一人も居ないとなると《世界樹》に全てを負担させなくてはならなくなる。故に彼女は《世界樹》を補佐させるべく、自身の一部から《神器》を創り出したのだ』
 視線が、再びオーラへと集う。彼女は変わらぬ造り物の微笑みを浮かべていた。
 話すジーンもまた気まずそうだった。目は彼女に向けられない。
『だが、封印が不十分だったのか《魔王》は魔界から抜け出してきた。彼を再び封印する為に集められたのがセフィロト――お前達セフィラの使徒の起源だ』
「え、樹が?」

 思わず目を瞬かせる。樹を集めるとは、いったどういう事なのだろうか。確かリチャードは〈生命の樹〉は《世界樹》が創り出したと言っていた筈だが、とターヤは必死に思い出そうとする。
 ターヤの勘違いにジーンは即座に気付いた。ここは実に複雑な箇所であり、これもまたよくある御認識であるからだ。
『否、セフィロトとは《世界樹》により集められた生命体を指す。お前の想像している〈生命の樹〉は元々封印の為に用意された楔だ。とはいえ、最終的に彼らはその樹と融合して封印そのものとなったがな』
 瞬間、全身が震えた気がした。
「封印そのものになった、って、人柱になったって事……?」
 かろうじて絞り出した声に怯えの色は無かったが、呆然としたような声になっていたのは自分でも解った。
『そうとも言うだろうな。だが、彼らのおかげで今日まで《魔王》は封印されているのだ』
『けれど、今まさに《魔王》は復活の兆しを見せています。《世界樹》が不調なのが何よりの証拠』
 やはりか、とターヤは思わずには居られなかった。《世界樹》に頼まれ事をされた時から薄々と感じてはいた事だった。
 敢えて口にしなかったところを言われたジーンは、咎めるようにニルヴァーナを見る。
 けれども彼女はあっけらかんとしていた。明らかに確信犯だった。
『別に良いじゃないですか。どうせ、ターヤさんも《世界樹》から、なるべく人間界中を巡って闇魔を浄化するように言われているのでしょう?』
「!」
 どうして知っているの、とまでは言葉にならなかった。だが、見開いてしまった両目が明らかな肯定を示していた。
 皆にはまだ言っていなかった事なので、当然驚きと若干の非難を向けられた気がした。

『《世界樹》が、セフィロトの後継者としてセフィラの使徒を――《世界樹の神子》を喚ぶようになった理由が、まさにそれですから。初代セフィラの使徒が集められたのは今からちょうど千年前だったそうですし、おそらくはその頃から《魔王》を封印しきれなくなっている事に気付き始めていたと思われます』
「だから、ターヤ達《世界樹の神子》に、なるべく人間界に現れた闇魔を浄化するように命じたのか」
 エマに頷く。
『おそらくは。きっと《世界樹》も全世界への〈マナ〉の供給と封印の維持などに手一杯で、他には手が回らないんですよ。ただ幸いな事に闇魔は人間界に最も出やすいですから、それを討伐する《神子》と世界樹の街を守護する《防人》だけを《世界樹》は喚び出せば良いんです。何せ、《魔王》を再びギンヌンガガプに封印したのは《勇者》と呼ばれる人間だったそうですから』
「人間が?」
 目を丸くしたマンスにも頷く。
『はい。かくして《魔王》は《世界樹》同様人間もまた強く憎むようになり、それに呼応してか空間の綻びなどを利用して別世界に出てこようとする闇魔が、人間界を選ぶ事が多くなったそうです』
「なるほど、そんな経緯があったんだな」
 神妙な顔付きでレオンスは熟考していた。その視線が、時おりオーラへと飛ぶ。
「しっかし、やっぱりセフィラの使徒の辺りはややこしいよな」
 一方でアクセルは大きく息を吐き出しながら、髪をぐしゃぐしゃにせんばかりに頭を掻き回す。
 ターヤも彼に同意だった。セフィラの使徒と〈生命の樹〉の辺りだけでも十分ややこしかったというのに、そこにセフィロトが登場してきては更に脳内での整理が付かなくなりそうだ。
『現実とは、そのようなものだ。物語のように簡潔には纏められぬ』
 とはいえジーンの発言は正しく、そしてその通りなのでターヤは反論する気も無い。アクセルも別に異論がある訳でもないらしく、ただ単に複雑な点を嘆いているだけのようだ。
 ただ、それとは別にターヤにはまだ七大世界について訊きたい事があった。
「ねぇ、ジーン。もう一つ訊きたいことがあるんだけど良いかな?」
『構わない。何だ?』
「さっき七大世界の話をしてた時にいろんな世界の名前が出てきたけど……じゃあ、異世界は? わたしが住んでいたっていう世界は、どこにあるの?」
 記憶喪失であるターヤに故郷の記憶は無いに等しかったが、それでも先程異世界には触れられなかった事が気になっていたのだ。例え覚えていなくとも、そこは自分の故郷なのだから。
 問われた方であるジーンは、一瞬だけ虚を突かれたような反応をした。
『異世界は、こことは異なる空間に存在すると言われている。この宇宙と表裏一体の世界だともな。だが、実際に訪れた事が無いので真実は判らぬ。この話題は《世界樹》の方が詳しいだろう』
「そっか……うん、答えてくれてありがとう」
 何となくそのような気はしていた。少しばかり期待はしていただけに残念ではあったが、詳しく知らない相手を責める事などターヤにはできる筈も無かった。
『いや、構わない。ところでずっと疑問に感じていたのだが、ニルヴァーナ、お前はいつまでその姿で居るつもりだ?』
『あら、そういえばすっかりと戻るのを忘れていましたね』
 今気付いたと言わんばかりにニルヴァーナは一行から距離を取ると、元のサイズに戻った。
 すっかりとミニサイズを見慣れてしまっていた面々が、元の彼女に違和感を覚えたのは言うまでもない。
『さて、これで用事は終わりなのですけど、最後に一つ頼まれ事をされてくれませんか?』
「何よ?」
 嫌な予感を覚えつつも、アシュレイは一応訊いてみる。
『機械都市ペリフェーリカに居るイーニッドという者に、これを届けてはくれまいか? あやつも忙しいのか、取りに来るのを忘れておるようでな』
 そう言うと、ジーンはどこからともなく本を取り出して差し出してきた。
 その名前にターヤは反応し、弾かれるようにしてスラヴィを見る。彼は無言だった。
 逆に、予想が的中してしまったアシュレイは思わず噛み付かんばかりに反論する。
「ちょっと、人を小間使いか何かだとでも思ってる訳?」

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