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二十章 夢の跡地に‐Nirvana‐(12)

 しかし、当の本人はその事には気付いていないようで続ける。
『そもそも、お前達は世界が幾つ存在しているのか、精霊界や魔界もこの人間界同様に惑星だという事を知っているか?』
「え、そうなの?」
「うん、ぼくたちが『太陽』って呼んでるのが世界樹の街で、『月』って呼んでるのが精霊界なんだって! ウンディーネたちはそう言ってたよ」
 ターヤの疑問に答えたのはジーンでもニルヴァーナでもなく、まさかのマンスであった。
『その通り。流石は精霊の愛し子だな』
 えへへ、と褒められたマンスは更に笑みを深める。
 少年の言葉が肯定されると、今度はアシュレイが口を開いた。確認を求めるように、視線だけをジーンに向けて。
「という事は、七大世界というのは七つの惑星がある、という事?」
 それは聖獣界に来た際にニルヴァーナが口にしていた単語だった。ちなみにそのニルヴァーナはといえば、ジーンが答え始めたのを良い事にすっかりと聞く側に回ってしまっている。
 そこに気付いているのかいないのか、ジーンは訊かれた事には答えようとしていた。案外彼は人が好きなのかもしれない。
『察しが良いな。お前の言う通り、この世は楽園――世界中の街を中心とし、その周囲を七つの世界に取り巻かれている。精霊界アルフヘイム、お前達の世界――人間界ミズガルズ、聖獣界アースガルズ、魔獣界ヴァナヘイム、小人界ニザヴェッリル、巨人界ヨトゥンヘイム、そして魔界という順にだ』
 どうやら今まで一行が居た世界には[人間界ミズガルズ]という名称があったようだ。モンスターやエルフなども住んでいるが、人間が圧倒的に多い事からそう名付けられたのだろうか、とターヤは考える。
 一方、彼女とは別の方が気になったアクセルは疑問を表に出す。
「魔界ニヴルヘイム、じゃねぇのか?」
『否、魔界にはそのような名は無い。そもそも魔界とは流刑地であり、氷結界ニヴルヘイムと灼熱界ムスペルヘイムの総称だ。かの二つの世界はギンヌンガガプという空間の裂け目で繋がれている』
「まじかよ、意外とややこしいんだな」
 頭をがしがしと掻いたアクセルに代わり、今度はエマがジーンへと問いかける。
「流刑地とはいうのは、どういう事なのだ? 闇魔を押し込めている場所、という解釈で相違無いだろうか?」
『そこについて詳しく話すとまた長くなるのだが、簡単に言うならば彼の地、というよりギンヌンガガプには《魔王》――終焉神ルシフェルが封印されているという事だ。お前の解釈も誤ってはいないが』
 次々と質問を向けられてもジーンは困惑も辟易も見せなかった。この問いについても、しっかりと返答してくる。
 この回答を耳にした時、ターヤは思わず胸元に手を当てていた。
「《魔王》……」
『おそらく人間界にはニヴルヘイムに関する情報しか伝わっていないのだろう。故に、お前のようにその存在を知る者でさえも、そこが魔界であると誤った認識をしていたのだ。お前は魔界が闇と氷に覆われた場所だと認識しているのだろう?』
「ああ。そうみてぇだな」
 今の今まで勘違いをしていた事に内心で若干の羞恥を覚えつつ、アクセルは表には出さないように努めていた。
「しかし『流刑地』だなんて、終焉神は争った際に神として非道な事でもしたのかい?」
 続くレオンスの言葉には皆が今になって気付かされる。確かに言われてみれば、なぜ『流刑地』なのだろうか。かの神が《魔王》と称される理由と密接に関わっているようにターヤには感じられた。
 この質問に、ジーンはすぐには答えなかった。口にして良いのか迷っているようだ。その視線は、なぜかオーラに向けられているようにも思えた。

(オーラと、何か関係でもあるの?)
『ジーン、答えてあげても良いのでは?』
 ぐるぐると思考が渦巻くままにジーンを見ていたターヤに気付き、ニルヴァーナはさりげなく援護射撃を出す。彼女は結局のところターヤには甘いのだった。
『だが……』
 ニルヴァーナに言われてもジーンは渋る様子を見せ、オーラに視線だけを向ける。
 それを受けたオーラは首を横に振った。特段気にしたふうも無かった。
「私でしたら構いません。どうせ、いつかは知られてしまう事でしょうし」
『そうか』
 複雑そうにオーラを見るジーンとそれまでのやり取りから、他の面々もまた神と彼女の間には何らかの関係があるのでないかと勘付いていた。
 そしてそうなれば、アシュレイがこの好機を逃す筈も無い。鋭い眼がオーラを捉える。
「終焉神の話よりも先に、まずはあんたについてはっきりさせておきたいんだけど?」
「構いません」
「なら遠慮無く。前にも訊いたかもしれないけど敢えて訊くわよ。あんたは何者な訳?」
 上辺ではなく内側を曝け出せと言わんばかりの強さだった。彼女がこう問うたという事は、オーラや《情報屋》という曖昧な答えは許さないという意思表示だろう。また、今まで散々〔騎士団〕や世界樹の民、龍などが使用していた『レガリア』という呼称についても話させるつもりなのだ。
 オーラもそれは重々承知だったようで、逡巡はいっさい見せない。
「私は《神器》――《世界樹》を補佐する為に、創造神スノウの一部から創られた『器』です。そして、今はラセターさんの役目となっている《記憶回廊》を、本来ならば担う筈だった存在でもあります」
 寧ろそれまでの笑顔は仕舞い込み、ただ淡々と、あっさりと彼女は自身の正体を述べたのだった。
「それが、『レガリア』……」
 無意識のうちに、ターヤの唇からは言葉が滑り落ちていた。
 話題の中心人物が発した予想外且つ衝撃的な答えには、驚かない者の方が少なかった。例え後半部分については察しが付いていたとしても。ただし、レオンスは顔を伏せて左手で右腕を掴んだだけで、スラヴィと龍は知っていたのか特に反応はしなかった。
「残念ながら私は出来損ないでして、今は《世界樹》さんの御手伝いだけをさせていただいておりますけれど」
 何とも言えぬ微妙な空気になったかと思いきや、当の本人はコインの裏表がひっくり返されたかのように一瞬で元の笑みを浮かべたのだった。まるで何事も無かったかのように。
 再び聞いてしまった『出来損ない』という単語を、今回もターヤは理解できなかった。どうして彼女がそうして自分自身を当然のように嘲笑うのか、理解したくなかった。
 彼女の変わり身の早さにはアシュレイが息を吐く。彼女は敢えて触れない。
「なるほどね。けど、これであんたが《情報屋》と呼ばれてる訳も、いろいろとチート染みてる訳も理解できたわ。それに神に造られた器って事は、神を降ろす事もできる訳?」
「はい。とは言いましても、既にこの身体には破壊神フレアが降ろされていますが」
「「!」」
 さらりととんでもない事を言われた気がして、アシュレイやアクセル、ターヤにマンスどころか、エマまでもが固まる。
 レオンスは、更に右腕を強く握り締めた。
「とは言いましても、今は神としての力は万全ではなく、私に降りていなければ存在を保てない状態なのだそうですが。なので、私は彼女のことを『フレイミナ』と呼んでいます。今更ながら弁明させていただければ、採掘所の外でディフリングさんと交戦した時、彼らを殺そうとしたのも彼女の意思でした」
 言われてようやく、ターヤはあの時オーラが人が変わったようにブレーズとクラウディアを屠っていた理由に合点がいった。あれは、彼女の姿を借りた、彼女ではない存在の仕業だったのだ。
「……信じられないわ」
 他に言葉が出てこないとばかりにアシュレイが零した呟きも当然のものだった。確かにそう簡単に信じられる話でもないだろう。特に人一倍疑い深いアシュレイともなれば。

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