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二十章 夢の跡地に‐Nirvana‐(11)

『ただ、幼すぎる故に、あやつの子共はその事実を受け入れられぬようだがな』
 ブレーズとクラウディアの顔が蘇り、アクセルは思わず視線を逸らした。
『だが、お前が気にする程の事でもない。あやつらもいずれ理解するだろう。それまではしつこいかもしれないが、適当にあしらってやれ』
 この言葉には頷く事も首を振る事もできなかった。
 ジーンはふっと笑みを零すと、また真面目な表情に戻る。
『それと、古傷を抉るようですまないが、あやつの最期について聞いても構わないか? 伝聞で事実を知ったとはいえ、詳細までは知らぬのでな』
「いや、大丈夫だ。ちゃんと俺が話すよ」
 今度は頷く。未だ完全には克服できていないものの、こちらについての心構えはアグハの林での一件からとうにできている。さりげなくターヤを制しつつ、アクセルはゆっくりと口を開いた。
「俺達が行った時には、とっくにアストライオスは闇魔に蝕まれてたんだ。まだ理性は残ってたけど、すぐに闇魔に呑み込まれちまった。その前に頼まれたんだ、自分ごと倒せって。だから、闇魔ごと斬った」
『そうだったのか』
「けど、アストライオスを倒した時は、俺の実力と言うよりはスラヴィの剣と、あの場所に助けられたような感じだった」
『おそらくはその通りだろうな。あそこは〈マナ〉の濃度が濃い聖域であり、だからこそ〈星水晶〉の生息地でもある。セフィラの使徒であるお前達には最高の場だったのだ』
 彼らの会話で、今になってようやくターヤは理解した。採掘所の中で上級魔術が使えたのも中級防御魔術で龍の攻撃を防げたのも、全てはあの場所だったからこそなのだ。故に、ブレーズ戦では全く持って通用しなかったのだろう。
 それを聞いたアクセルは自嘲するかのように口の端を持ち上げた。
「やっぱりな。俺はお伽噺の《龍殺しの英雄》にすら届かねぇんだな」
『いや、一概にそうとも言えない。私は初代の《龍殺しの英雄》を知っているが、あやつは言動、顔付き、雰囲気、使用武器とお前によく似た男だった』
「おっ、まじかよ。何だ、俺も結構凄かったんだな」
 だがジーンが初代の話を持ち出せば、途端にアクセルは鼻高々といった様子を見せる。何とも早い復活であり呆れるところでもあったが、ターヤは安堵していた。口にするのは少しばかり癪だが、やはりアクセルは明るい調子でいてくれた方が良い。
『が、容姿や力量に関して言えば、あやつの方が何倍も勝っていたな。おそらくは女の扱いに関しても、だ』
「って、上げて落とす作戦かよ」
 しかし続けられた言葉には、すぐに両肩を落としたアクセルであった。
 解りやすい様子を見せる彼にジーンは苦笑する。
『悪く思うな、率直に述べたまでだ』
「いや、別に。初代と似てるってだけでも儲けものだからな。それにしてもおまえ、初代の事をよく知ってるよな。知り合いなのか?」
 つい先程までの暗さなど微塵も感じさせず、アクセルはわざとらしい顔と仕草で答えてみせる。ジーンが気を使ってくれたのだという事には、とっくに気付いていた。
 ジーンもまた、そのままの流れに乗る。
『その通りだ。何せ、私とあやつは一人の女を巡って対立した仲だったからな。だが、結局あの女の心を掴んだのはあやつの方だった。それだけの事だ』
「へぇ、って事は振られたんだな?」
『返す言葉も無い。とは言えども、今ではすっかりとニルヴァーナに心奪われ、彼女にアプローチしている最中だがな』
 最早少しも引きずってはいないようで、ジーンはあっけらかんとした様子で言う。
 その反応にアクセルは相変わらずわざとらしい様子でつまらなさそうに肩を竦めてみせたが、寧ろこれにはターヤの方が両目を瞬かせた。
「え、ニーナに?」

 瞬間、ジーンが弾かれるようにして顔をターヤに向けてきた為、彼女は反射的に跳び上がりそうになる。そのような様子に気づいているのかいないのか、龍は彼女を見て心底羨ましそうに声を上げるのだった。
『何と羨ましい! その名で呼ぶ事を許されているとは!』
『ターヤさんは私の「トクベツ」ですから』
 まるで牽制するかのように、間にするりとニルヴァーナが言葉を滑り込ませる。
 それでもやはり、彼女の態度が理解できないターヤは首を傾げるのだった。
「でもわたし、ニーナと会ったのはこれが初めてだよ?」
『ええ、その通りです。けれど、今世でも、来世でも。あなたは私にとって特別な存在なのですよ、ターヤさん』
「はぁ」
 結局何と返せばいいのか判らず、ターヤは曖昧な言葉を漏らすだけだった。
「で、あんたの用はこれで終わり?」
 と、そこに僅かな怒気の籠った声が割り込んでくる。見れば、アシュレイがそれ程でもないものの、不機嫌そうな表情でニルヴァーナを睨み付けていた。茶番はそれくらいにしなさいとその顔には書かれている。
 けれどもニルヴァーナは全く動じていなかった。
『はい。私の用は一応ここまでです』
「だったら、今度はさっき有耶無耶にされた疑問に答えてほしいんだけど?」
 言われて思い浮かぶのは『聖獣界』と『七大世界』という単語だ。
「目的地はここで、用はもう済んだんでしょ? だったら、そろそろ答えてほしいわね」
『そうでしたね。では、まず皆さんは七大世界という言葉から何を連想しますか?』
「世界が七つあるって事だろう?」
 間髪入れず答えたレオンスにニルヴァーナは首肯する。
『はい、まさにその通りです。この世にはあなた方の住む世界も合わせて、七つの世界が存在します。ただし世界樹の街は別。あそこは全ての始まりの地ですから』
「七つか……俺達の世界と、精霊界、魔界、死界、あとはここしか想い浮かばねぇな」
 一本ずつ指を折りながらアクセルが知っている限りの名前を上げていく。
 その中に一つだけ聞き慣れない名があったので、ターヤはアクセルを見た。
「死界?」
「ああ、死界ヘルヘイムつって、死んだら行くって言われてる世界なんだ。まぁ本当は存在しないんだけどな。死んだらこんな世界に行くんじゃないかっていう、人間が考え出した妄想らしいぜ?」
 何となく聞き覚えのある説明だった。しかし、こちらの世界の事は教えられない限りは知らない筈なので、おそらくこれは自身の世界における知識なのだろうかと考えつつ、思ったままに口にしてみる。
「もしかしてそれって、天国とか地獄の事?」
「ターヤの世界ではそのように呼ぶのか?」
 すると逆にエマから問い返されてしまった。
「あ、うん。そうみたい。えっと、生前に良い事をしたら天国に行けて、悪い事をしたら地獄に行くんだって」
「へぇ、死界とは違ぇな。死界は良い奴も悪い奴も関係無く行く所らしいからな。まぁそれ自体も作り話なんだけどよ」
『いや、ヘルヘイムは存在する。無論お前の言う通り死界などではなく、七大世界にも含まれていないがな』
 物珍しそうに言うアクセルだったが、ジーンの否定が入った事で驚かずにはいられない。
「うえっ、まじかよ!?」
『まじだ。ただしヘルヘイムは不明界と呼ばれており、その名の通りいっさいが不明な場所ではあるがな。存在だけは確認されているようだ』
 真顔でおおよそ普段は使用しないであろう言葉遣いをしたジーンに、一行が思わず言葉を失ったのは言うまでもなかった。それにより、ヘルヘイムの説明が耳を流れていってしまいそうになる。

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